第1102話 Mother②望まれて
わたしは水色の卵に触れた。
「どうしたもんかねぇー」
『どうしたって眠るんじゃないの?』
アリが小首を傾げてる。
そうね、考えるにしても頭をクリアにしなくちゃね。今日はもう寝よう。
「そうだね、眠ろう」
『リー、歌って!』
クイからリクエストが入る。
『そうだ! 私たちが力になれたんだよな? 褒美に歌を聞いて眠りたい!』
レオがくりくりの黒目で要求してくる。
強い魔物たちが、ご褒美にわたしに歌ってほしいだなんて。胸がギュッとなる。
もふさまも口は出さなかったけど、尻尾がパタパタと床を叩いてる。
なんの歌にしよう。そうだ、あの歌に!
子守唄ではないけれど、とても優しい眼差しの詩。今もふもふたちと、ドラゴンの子供たちに抱いた気持ちとマッチする。同じだから、前世のその歌詞を思い出したんだろう。
チラリと幼体と卵を見る。
この子たちもあるべき場所で、きっと大切にされていただろうに。
主語を変えて〝ドラゴン〟にする。そして2+5+1+4で12の子だね。
卵や幼体の親は泣いてるだろうな。必死で探してる。
トカゲの姿で歌うと、二重音声で不思議な感じだ。
ゆっくり歌う。ドラゴンの子供たちも、きっと愛情を注がれるはずだったのに。
かわいい、かわいいと歌で繰り返す。
容姿ではなく、〝子〟だから。何もかもひっくるめて〝かわいい〟と愛情を注ぐ。わたしは親ではないし、連れ去られた子たちには人族が変化したトカゲの愛情で申し訳ないけど、届けと思う。
元の場所では生まれてくることを、元気に育っていくことを、みんな望まれていたんだと思いをこめて。
何度目かのループを終えると、みんな目を閉じていた。
大きなあくびをして、もふさまが抱えてくれてたベッドへと移動する。
わたしも枕に顎を置いて目を閉じた。
「リー?」
ん? 目をなんとか開けると、アラ兄とロビ兄だ。
もふもふ軍団がふたりによじ登っている。
「おはよう」
と挨拶をすると、もう夕方前だよと苦笑いされた。
あれ、わたしすっごく眠っちゃったのね。
目の前にそびえる幼体と卵の様子をみる。
変わりないね、大丈夫。
「みんなご飯は?」
ベッドから這い出しながら、もふさまともふもふ軍団に聞くと、朝ごはんはアダムが置いて行ってくれたもの、そしてアラ兄たちが持ってきてくれたものを今食べたとのことだ。
わたしに声をかけたみたいだけど、ぴくりとも反応しなかったという。
「体は大丈夫?」
気遣ってくれたアラ兄にうんとうなずく。
ウチはどんな様子か尋ねれば順調だとロビ兄が答えてくれた。
昨日の夕方、わたしの捜索を打ち切り、家で療養中とし、いくつかのところにその旨を伝えたという。
「他に動きはあった?」
と、もふさまに通訳してもらって尋ねれば、ふたりはニヤッとする。
「ブライのとこに今客が来てる」
「昨日の今日で、こんなにすぐ!?」
「朝方、ダメ押しに一芝居打ったそうだ」
『何を売ったんだ?』
アリがロビ兄の肩から尋ねた。
「登園したブライはいつものように生徒会にいった。けれどすぐに殿下と言い争いをしてブライは生徒会から出ただけじゃなく、家にまで帰った」
『そっか、喧嘩を売ったんだな?』
解釈の違いが少しあるような気もするけど、似たようなものか。
ロビ兄の後をアラ兄が続ける。
「家に帰ると2通の手紙、そしてお客さんが来たそうだ」
「3カ所からアプローチがあったのね?」
もふさまに訳してもらう。
『どこからだ?』
もふさまもうずうずしたようで双子の兄たちを促す。
「手紙のひとつはセレクタ商会。商品を買ってもらえないかと」
セレクタ商会といえば、最初の頃集会があった空き家の持ち主。
市場で物をばら撒いたと問い詰めたけど、最初の一回しかやってないと言って放免されたと商会だ。
「もうひとつはダナ侯爵から、長女のルイーズと婚約の打診」
このタイミングだから怪しいけど、普通の婚約の打診かもしれない。
『お客って誰だ?』
クイが待ちきれないように尋ねたのを、モフさまが通訳してあげる。
「部屋にいきなり現れたって。ストレートにリーをどこに隠した?って。
応戦しながら自宅療養中っていったら、シュタイン家のどこにもいないって言ったそうだよ。だから〝シュタイン家は秘密が多いからな〟と言ったら引いたらしい。ブライがそいつの腕を傷つけて、そこからバッカスの刺青が見えた。
それで咄嗟に、〝お前らがドラゴンの子を調達したのか?〟って聞いたら、ニヤッと笑ったそうだ。刺青のことは世間が知ることになったから、バッカスの者かどうかの決め手にはならないな」
そうだよね。悪いことをするときにバッカスの刺青をして、バッカスのせいにする人もいるかもしれない。
「ブライに怪我はないのよね?」
二人が落ち着いてるんだから大丈夫だったんだと思うけど。
もふさまの通訳に、ブライは無事だと教えてくれた。
ふぅと息が漏れる。よかった。
ウチにも、控え目に様子を知りたげな手紙が舞い込んでいるようだ。
花もいっぱい届いているというので、てっきりお見舞いの花かと思ったら、ロビ兄が口を滑らせた。
どうも様子からして、わたしの側室入りが決まったお祝いが届いているらしい。
わたしがお城でロサを頼ったのが、ものすごーく迅速に浅く広く伝わっている。合わせて、バイエルン家にも婚約の打診が殺到しているそうだ。
アラ兄はその意味でも、今トカゲ化していてよかったかもねと苦笑いしている。
「ばらまき犯を探した時、セレクタ商会を調べたのよね?」
「うん。彼らの話を尊重はしているけど、もちろん裏付けで調べたはずだよ。名前があがったところはアダムとダニエルも調べているはずだ」
そうなんだよな。調べても何も出てこなかったってところがな。
『じゃあ、そのセレなんとかに行ってくる!』
「え、クイ」
『一緒に行く!』
「アリまで」
『それはいいかもしれないな』
「もふさま……」
通訳なしなので、アラ兄たちは不思議そうにわたしたちを見ている。
『いつもいい情報を持ってくるからな』
と、もふさまが褒めれば、クイとアリの鼻があがる。
『リー、セなんとかの場所わかるだろ? マップで見せてよ』
あ、なるほど。わたしはマップと共に移動していないと地図を読めないけれど、もふもふ軍団は感覚でつかめるみたいだからな。
わたしはアラ兄たちにかいつまんだ説明をし、それをもふさまに訳してもらいながらマップをみんなに見えるようにして、タボさんにセレクタ商会を点滅させてもらう。
わたしも行ったことないんだけど、ばらまき犯の調書の現住所を見せてもらったので、タボさんがちゃんとマップにしてくれる。
アリとクイは建物の配置や、道の感じなどで、あのあたりとわかるらしい。ふたりしてマップをふんふん言いながらみたあと、「じゃあ、早速、行ってくるねー」と出ていってしまった。アリ、リュック背負ってた。精霊連れてった。
止める時間もなかった。素早い。