第1101話 Mother①卵
「明日からの学園はどうする?」
「どうするって、トカゲのまま行くかどうかってこと?」
わたしが尋ねるとアダムはうなずいた。
「わたしは家で療養中ということになるんだから、もふさまが学園にいたら変よね?」
聞かなくても答えは明白、もふさまが悪目立ちしてしまう。
トカゲだと、すぐ眠っちゃうしな。
「ここにいる」
「そうか、わかった」
もふさまに通訳してもらわないと伝わらないのは、いちいちストレスだ。
もふもふ軍団たちはいつもこんな思いをしてるのかな?
秘密基地にこもっていると、訪れた人から情報をもらうしかない。
アダムも明日からまた学園だし……、あ、そっか。ここから木漏れ日の間に行けばみんなと情報交換できるのか。それはありがたい。通訳は変わらず必要だけど。
もふさまに迷惑をかけるけど、引き続き通訳をお願いする。
「他に新たにわかったことってある?」
アダムは顎を触った。
「ロクスバーク商会。いまだ罠に嵌められたと、荷のことは知らぬ存ぜぬだ。セローリア家のことも一言も出していない。
ただロクスバーク商会を調べていったところ……。
2年前、第四夫人が怪しい動きをしたのを覚えているか?」
アダムは記憶にあるか尋ねてきた。
「うん。それで第四夫人は謹慎させられたのよね?」
「第四夫人はあの時デュボスト伯に唆されていたんだ」
あー、裏にいた人はそんな名前だったかも。ぼんやりと思い出す。
「自分の息子を王太子にするための資金集めに躍起になり、デュボスト伯の甘い言葉に乗った。デュボスト伯の懇意とする商会にずいぶん投資して、回収できないうちに陛下に見つかり商会は潰れ、デュボスト伯は中央から飛ばされた。
その商会が喧嘩を売ったのが第二夫人の実家のお膝元だったんだ」
そういえば、あの時陛下も「第二夫人に盾突くなと言っておいたのに」みたいなことを言ってた気がする。陛下が「今ここ来ちゃダメ」って言ったのにバンプー殿下がそれを破った。他の王子たちが何かをしていてそれを知らされていないから探りに来て。それは母親である第四夫人からそう助言があったのではと思わせた。
陛下の意に背いたことで罰はあるだろうけど、そんな沙汰がくだっていたとは。そんな背景があったのなら、第四夫人が少しばかり厳しく罰せられたのはうなずける。妃殿下の実家の縄張りを荒らしたってことになるんだろうからね。
「第四夫人もご実家もすっからかんになったそうで。さすがに気の毒だと思ったのか、飴と鞭の使い分けなのか、第二夫人が自分が目をかけていた商会を第四夫人に紹介した。それがロクスバーク商会」
今アダムがその話をするってことは……。
「第二夫人も疑う対象ってこと?」
「言ってはないけど、ブレドも気づいているはずだ」
「でも、第二夫人が息子であるロサの婚約者と婚約者の実家を襲撃なんて、それはあり得なさすぎでしょ」
「そうだとは思う。でも後手に回れば犠牲は大きくなる。それなら、疑うべき存在から外すなら、もっとしっかりした理由であるべきだと思うんだ」
「……今も第二夫人と商会は懇意にしていたの?」
「御用達の商会だから、その流れで会うぐらいだったみたいだけど、水面下でどうにでもできるからな」
ロサは自分のお母さんのことを疑わなきゃいけないなんて、辛いね。
「……ミューエ邸からは何か出てきた?」
「それが困ったことに何も出てこない。主犯でありそうなのに、本部はあそこではなかったみたいだ。だから拘留はあと1日か2日。出たら隠れられるだろう。カドハタ家とも婚約以外の繋がりの何かは見つけられなかった」
と、ため息。
カドハタ邸を捜索することはできないってことね。
捕まえたから、もっと進展すると思ったのに。
「ドラゴンの幼体や卵を手にすることができる人ってどんな人? そっから何か探れないかな?」
「それは今調べている。予想ついてると思うけど、バッカスが怪しいな」
「でもさ、依頼した人もバッカスもユオブリアの地から逃げてるのかね?」
「え?」
「セローリア家の荷で見つかったとして、国がドラゴンの幼体と卵を保護したとして、その先どうなると思う?」
アダムは重たい顔をする。
「どこも引き取らないだろうな。もし親が出てきたら一発で国ごと潰されてしまう」
「ロクスバーク商会に返すんじゃなくて、他大陸の支部にでも渡してやりたかったところよね」
他大陸のどこかが潰されてほしいわけじゃないけどさ。
「他の国とユオブリアの違いは聖女がいることって言ってたじゃない? 魔法士長さまはドラゴンの幼体にどんな魔法をかけたの?」
「とりあえず、聖女の力、女神の力を感じないように、魔力で包んだと言ってた」
そっか、眠らせたり何かを封じたら、起きた時にどんな副作用が出るかわからないもんね。だからシールドみたいなもので包んだのね。
アダムはどっさりと食べ物をテーブルの上に並べて、寮へと帰って行った。
ルームで繋がったおかげで、わたしは家にも他のところにも行くことができるから。
夕飯もしっかりいただき、それじゃあ眠ろうかということになった。
以前使わせてもらったわたしの部屋に行こうかとも思ったけど。
なんとなく、みんなで体育館に向かった。
幼体と卵は、何もないガラーンとした体育館の隅に整然と並べられている。
この子たちの親は、幼体や卵がなくなって、探し回り胸が張り裂けるような痛みを今も抱えている。
お母さんがわかっているのは銀龍だけ。
でもその銀龍の卵ってどれだろう?
真っ黒の卵がひとつ。白いのがふたつ、水色のがふたつ。
真っ黒はブラックドラゴンらしいから除外。
ブラックドラゴンも名前で怖そうだ。この子を返してあげられればいいけど。
卵といえば温めて孵化するのが定石だけど、ドラゴンは種族で違うみたいだから、一概に温めることもできないし。
卵がここにあるってわかって親ドラゴンたちが怒って国が潰れても困るけど、この子たちを放置して死んでしまってもやりきれない。
どうしたらいいんだろう。