第1096話 駒にされた子供たち⑭政治的に
「殿下おひとりですか?」
クロフォード侯爵は探るような声音だ。
ロサは馬車の中を振り返る。
「誰かいるように見えますか?」
「偶然、殿下のお付きの者を見ましたので、無礼になると思いましたが声を掛けさせていただきました。近頃、殿下は忙しくて私と会う時間を取れなかったようですから。できましたら馬車の中で、少し話をさせていただけませんでしょうか?」
ロサは少し考える。
「いいでしょう。短い時間で良ければ」
侯爵は胸に手を当て、頭を下げた。
それから馬車に乗り込んでくる。
ロサと向き合う形で侯爵は座った。
わたしはポケットから顔だけ出して動かないようにする。
ロサはわたしをポケットに入れて移動することもあると考えていたのかも。今日はふんだんに緑を取りいれた衣装だった。胸ポケットからも緑のポケットチーフを出している。わたしが顔を出しても気づかれないようにの配慮かな。そのほかアクセサリーも大小の輝く緑が使われている。
「騎士団長の家に行かれたと聞きました」
「偶然ではなかったようですね」
さっきは偶然ロサのお付きの人を見たって言ったのに。
切り返しパンチもクロフォード侯爵は気にしない。
「シュタイン伯の長女は見つかりましたか?」
「……どこまでご存知ですか、フォードじぃ」
クロフォード侯爵は少し目を大きくした。フォードじぃとはロサだけに許された侯爵の愛称だろう。
「そう呼ばれなくなってどれだけ月日が経ったことでしょう。殿下は忘れてしまわれたのかと思っておりました」
そう微笑んだ侯爵は、本当に嬉しそうに見えた。
「唯一のお祖父さまを、どうして私が忘れられましょう?」
そうか、陛下のご両親はすでに亡くなっているものね。第二夫人のご両親が唯一の祖父母。
「それなら嬉しいです。何を知っているかとお尋ねになりましたね。
たまたまローチ公爵に頼み込んでいるのを耳にしましてね。モンターギュが単独で出し抜こうとやったことらしい。捕まった奴らを逃すのに協力してほしいと騒いでいました。断られていましたけどね。
王宮で馬車に乗るところをしっかり見ていたそうですよ。そしてどこにも止まらず、ずっと馬車を見ていたのに、馬車を襲撃した時には令嬢はいなくなっていたと。
側室になるのはやめた方がいいと脅すつもりだったと言っていました。王宮の怖さを教えてやれば、城には近寄りたくなくなるだろうが自論のようでした」
クロフォード侯爵は口の端を少しあげる。
「聖獣と神獣の加護のある娘に何かできると思っていたなんて、モンターギュは本当に覚えが悪い。
馬車の中にいたのは令嬢と騎士団長の次男。令嬢は無事でしたか?」
ロサの膝の上の手がピクッとした。
「お祖父さまは騙されています」
膝上の手がズボンを掴み握りしめられる。
「令嬢は元々その馬車には乗っていなかったのです」
そう言ってから視線を逸らした。
そう思い込もうとしているみたいに。
そっか。そういうことにするんだ。
ブライに会うまではロサもブライと一緒に王宮を出たと思っていたし、そう公言している。
今日ブライに会って〝元々令嬢は馬車に乗っていない〟と聞いたとなるわけね。そしてロサはそれに納得していないのが丸わかり。
「では令嬢はどちらに?」
「……シュタイン家が全力で探していると聞きます。すぐに見つかることでしょう」
ロサはのろのろと顔をあげる。
「すみません、お祖父さま。王宮に戻り、やるべきことがあります」
「貴重なお時間をありがとうございました。……令嬢はきっと無事です。思いつめられないように。それからご存知でしょうが、私は令嬢を側室にするのはよい縁だと思っています。一度、直接お会いしたいものです」
顎を触りながら、侯爵は腰をあげる。
ロサは表情を崩さなかった。
わたしの無事がわかっていないのに、会いたいだとか言って、ロサの反応を試したんだろう。本当にわたしの生死を知らないのかを。
「それでは、妃殿下にもよろしくお伝えくださいませ。近いうちに謁見を申し込みますゆえ」
侯爵は馬車を降りた。
馬車が走り出してから、もふさまの上のマントを取り、わたしのこともポケットから出してくれた。
「窮屈な思いをさせてすみません」
ともふさまに謝る。そして、馬車から降り秘密基地に行く時も誰にも見られないようにしたいので、そのサイズのままでお願いしますと付け加えた。
「リディア嬢、侯爵は何を確めにきたと思う?」
え?
「えーと、ロサがわたしの失踪にかかわっているか? ロサが企んだことかどうか?とか?」
もふさまが通訳すると、ロサが吹き出す。
え? 笑う要素あった?
「ちょっと、なんで笑うのよ?」
ロサは目の端に溜まった涙を拭いて、形だけ謝る。
「ごめん、ごめん。エイウッド家が君を側室にすることに反対していたのかを確めに来たんだよ」
ブライがかかわっているかどうかではなく?
かかわっているのは決定事項なのね。その行動が反対派となったかどうかを見極めに来たということ?
「確かめてどうするの?」
ロサはちょっと考える。
「そうだなー。君が現れたところで私の側室に迎える材料にするぐらいだと思うよ」
ちょっと待った。何平然と言ってんの?
「侯爵は消極的な賛成派じゃなかったの?」
「……政治的な観念からみれば、君が側室になれば私の地位はより強固なものになる。それは明白なこと。セローリア家と婚約を結んでそんなに経ってないし、王太子となったわけではないから側室を持つのは早すぎるけど、賛成派は隙やら何かあれば君を側室へと狙っていると思うよ」
「ロサは……」
尋ねようとして口を閉じる。
これはロサ個人の問題で、わたしが問いかけるようなことじゃない。
ロサは側室を持ちたいのか? リノさまとそこら辺話あったの?とか聞いてしまいそうだった。
けれど、ロサの立場なら、ロサの思いだけではどうにもならないことがある。
それがわかっているのだから、尋ねるのは土足で入っていくような無粋さがある。
「私が側室を欲してるかどうかについて聞きたい?」
ロサはお見通しだ。
わたしは首を横に振る。
ロサは軽く目を閉じて続けた。
「私は君の側室話が出た時、悪くない話だと思った。君のことはよく知っているし、リノ嬢とも関係は悪くない。シュタイン家の後ろ盾はとても安心できる。君の加護は外国から国を守る最大のアプローチとなる。
でも君はフランツと結ばれるからそんなことは起きない。だから何も心配することないよ。あり得ないんだから」
ロサはそう言って、わたしの頭を撫でた。