第1095話 駒にされた子供たち⑬派閥
馬車が動き出すと、ロサはポケットからわたしを出してくれた。
「その派閥が今ふたつに割れている」
「ふたつに?」
もふさまの背中の上で、なんでだろうと考える。
ロサを王太子にと掲げているのは同じなのよね?
「うーん、どこの誰があの噂を生み出したのかはまだわかっていないのだけれど、その……君が私の側室になるのを賛成する派と反対派で割れているんだ」
わたしは口を開けたまま固まる。
なぜありえないことなのに、本気に捉える人がいるわけ?
「賛成派がクロフォード侯爵、エドモン伯爵、ベケット公爵、セクストン伯爵。
反対派がローチ公爵、モンターギュ侯爵、ハインズ伯爵、グッドレム男爵。
襲撃は反対派のモンタギュー侯爵に取り入っている男爵家が、よく汚れ仕事をするときに雇う奴らで、君をさらって他大陸に連れていくつもりだったようだ」
もふさまが唸る。
『我は不思議なのだが、リディアはフランツと婚約をしている。人族は約束事に重きを置くのだろう? それなのになぜリディアが別の者に嫁ぐと思っているのだ?』
それはわたしも不思議だ。
「そうですね、噂というのは誰かの願望なんです。ひとり以上の」
噂が願望?
「ひとり以上が願うことなら、力ある誰かにかかればそれを事実にすることができる」
ロサは重たく言ってから、ガラッと雰囲気を変えて言った。
「王宮で流れる噂というのはそういう意味を持ちます。力を欲している人たちが集まってくるところですから」
力とはこの場合、権力だろうね。
『それなら、リディアを側室にしたいと発したものは何が狙いなのだ?』
「とても残酷になりますが、気を引き締めていてほしいので伝えます。
リディア嬢、君をとても邪魔に思っている者がいる。
君が側室になるという噂を出した本来の目的は……君の存在を消すことだと思う」
はい?
待って。〝側室にしたい〟がどうしてそうなるの??
「さっき話した派閥の賛成派も、是非とも君を側室にと推しているわけじゃないんだ。そうなっても反対しないという消極的な賛成。
なぜなら、セローリア家との絆がすでにできているからだ。大っぴらに君を推したらセローリア家に対して、立つ背がないだろう?
君が側室になることを積極的に反対する者。
まず、セローリア公爵家。側室にするには君の実家が力を持ちすぎているから。
第二夫人派閥の反対派はセローリア家と懇意か自分の娘、もしくは親戚に側室に推したい娘がいるからだ。
それからバンプーを推す派閥。こちらは第二夫人の後ろ盾がこれ以上強化されないよう気を張っているから、君が側室になるのを止めたいだろうね」
「ひょっとして第四夫人? 噂を出したのは?」
「……まだわかってない」
でも当たりなんじゃない?
わたしがロサの側室になってバンプー殿下のなんの得にもならないので、意味がわからなかったけど。わたしが側室になるのを阻止する派閥が生まれ、それにわたしが消されるところまで狙ってたとなると、そうじゃないかと思える。
多分エリンがバンプー殿下に嫁ぐとは思っていなかった。それはそれでいいとしても、他の王族にエリンやわたしが嫁ぐと後ろ盾が強くなる。いくら口で嫁がないと言ってもその可能性は生きているうちは続く。
わたしは何かと話題になり幾度となく狙われている。聖獣、神獣の加護もある。そんなわたしに仕掛けても、失敗してバレたらいいことはない。けれど煽るのなら? それなら簡単にできる。わたしがロサの側室になる、そんな噂を出せばそうなって欲しい人と、そうなって欲しくない人が勝手に動く。
セローリア家としては、ロサが側室を持つことは仕方ないとしても、自分のところより力がない家門がのぞましい。シュタイン家は爵位こそ公爵家には届かないが勢いのある領地。そして後ろだてとなる親戚は多岐に渡り重鎮が揃っている。それは多岐にわたって味方がいるということと同じだ。ウチは味方にすれば頼もしく、敵対すれば厄介になる家になってたんだ。
わたしが側室になるかもと噂を流せば、セローリア家、そしてロサがより強固な後ろ盾を持つことを嫌がる人がわたしに何かをすると思ったんだ。
ハッ。
もう何に怒っていいのかわからない。
第四夫人はわたしと笑顔でお茶を飲み、誰が動いているかと考えを巡らせていたんだろうか?
わたしの言葉に目を大きくしたり、細めたり、表情が読みやすかった。
他の方々の婦人への対応から見ても、元々〝裏表〟を作れない方なんじゃないかしら。そんな方が裏の裏を狙うなんて思いつかれるかな?
「まだ起こってないことが、さも未来になるかのように行動して人の命が消える。それが王宮だ」
ロサはフッと笑った。
「王宮に行くのが怖くなったか?」
「いえ、それなら余計に子供を巻き込んだことに腹が立ちます」
アハハとロサは声に出して笑った。
目の端に溜まった涙を指で拭いている。
権力を欲するのは個人の勝手だ。
でも年端のいかない子供に、道理を通さず利用していたなら許したくない。
「だから、君が好きだよ、リディア嬢」
ええっ?
全く軽口でそういうこと言わないでよね。トカゲの姿だけどドキッとしちゃったじゃないの。時と状態を忘れて。
トカゲでよかった。きっと顔が赤くなったもん。
思春期だから仕方ないのよ。惚れた腫れたには過剰に反応しちゃうの。
「私も学生を巻き込んだことに、腹を立てている」
ガッタン!
馬車が止まった。
ロサは窓の外を見て目を細める。
「お遣いさま、手のひらにおさまる大きさになっていただけますか?」
ロサは慌てていって、わたしを掬い上げ胸ポケットに入れる。
そして畳んであったマントのようなものの下に、小さくなったモフさまを隠下。
外が騒がしい。この馬車を守る騎士たちと誰かが言い争っている。
「何事だ?」
ロサが大声で外に尋ねる。
「殿下、クロフォード侯爵さまが殿下にお目通を願っています」
クロフォード侯爵ってことはロサのお祖父さんってことね。
ロサは開けろと指示した。
外から扉が開く。
「我が小さき太陽にご挨拶申し上げます」
わたしはそっとポケットから顔を出す。
胸に手をやる白髪のおじいさん。所作がきれいで、若い頃はさぞかしモテただろうなと思える。
「おじいさま、ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです」
ロサはわたしたちに話すのとは真逆に、冷たい声でそう言った。