第1094話 駒にされた子供たち⑫袂別
ロサがやってきた。王宮のスペシャル馬車で。
誰が見ても王宮から騎士団長宅に馬車が来たのがわかるように。
ロサは応接間に通された。そうだよね、王子殿下だもの。
騎士団長が挨拶をして、少し話してからブライとの会話になる。
ロサは盗聴防止の魔具を設置した。
「どうだ?」
「はい。うまく行っていると思いますが、ひとつ不安要素が。ただいま確認中です」
ロサは頷いて、紅茶を美味しそうに飲んだ。
もふさまにおろしてもらって、テーブルの上をぺたぺた歩く。
「ロサ、リノさまは大丈夫? ごめんなさい。わたし昨日呼び出しちゃって」
もふさまが通訳してくれる。
「なぜ謝るんだい?」
「わたしロサに頼りすぎてた。甘えていたみたい」
ロサは王子殿下だ。それも婚約者のいる。
わたしは今まで距離が近すぎた。
今同じ件で動いている同士だ。相談したり報告したりはもちろんある。早急案件もあるだろう。今回はそれに当てはまるかもしれない。
でも問題はそこじゃなくて、わたしの気持ちにある。
近過ぎたのだ、本当に。切羽詰まってたところもあるけれど、ロサを呼ぶことになんの躊躇いもなかった。一国の王子なのに。王太子になるかもしれない方なのに。そう口にして、思い描いてきたのに、本当の意味でわかってなかったんだ。
考えを改めないと、同じ過ちをおかす。それはきっと誰かを傷つける。
「今回の判断は本当に感謝している。被害者も出さず、首謀者を欺けた。リディア嬢がアズと酒の意味に気づいたことを公けにしていたら、ただ逃げられてしまう。伝えず、飲み物と食べ物から遠ざけ、私に判断を委ねてくれた。リディア嬢の機転がなかったら、どんな悲劇が起こっていたか……」
ロサはわたしを掬い上げた。そして目の高さまで持ち上げる。
「感謝しています。私の家族を救ってくれてありがとう」
ロサは究極の王子さまスマイル。わたしの申し訳ないムーブを笑顔で一掃した。それならここで言うのは謝る言葉じゃないね。
「こちらこそ、ありがとう。短い言葉で全てを察して、みんなを守ってくれて」
わたしたちはお互いにお礼を言い合った。
「……リノさまは大丈夫?」
「まず、君のことを心配したよ。
後始末や陛下への報告に行っているうちに、君が私の側室になるようだという噂が聞こえてきたんだ、短時間で。これはもう広めた者がいるはず。今、その線からも追わせてる。アズと酒の手配した者のこともリストアップしている。毒味は別のものがやったから、被害にあったものはいなかった。
あ、リノ嬢のことだったね。噂を知って、体調を崩している彼女も耳にしているかもしれないと部屋に行ったんだ。
ドアを開けた途端、君が私を呼んだなんてとんでもないことが起こったに違いないと、君の無事を確かめてきた。君の機転で無事だというと、胸を撫で下ろし、さすがだと称えていたよ」
そしてロサはメイドを下がらせて、情報を共有したそうだ。わたしのトカゲ化は伏せて、これからのことを話したらしい。セローリア家に押し付けられそうになっていた荷のことでは顔を青くしていたという。
リノさまに怪我を負わそうとしていただけでなく、実家を攻撃されたと知って、恐怖再びとなってしまったのではとわたしは思ったけど、逆だった。
私だけならいざ知らず、家族にもそんな罪を着せようとしていたなんて!と憤られたという。
リノさまが辛くならなくてよかった……。
「そして伝言だ。ガラットーニ子息と第四夫人のことは進めるから心配しないでほしいとのことだ」
リノさまは新たにでた噂をわたしが気にしないように気遣って言ってくださってる。不快だったろうに、優しい方だ。わたしがリノさまにできることは、そんな不安をもう味合わせないように心構えを変えることだ。
「ねぇ、帰りの馬車が襲撃されること、なぜわかっていたの?」
「君が城に来ることで、すまない、私を王太子に望む派が何かしそうだとは薄々思っていた。それで各方面に人を忍ばせていて怪しい動きがあったんで、君を私が送るつもりだったんだ。言うなれば第二夫人派閥だから私の馬車なら襲えないだろうからね。
ところがその前に、君を狙ったのかあの場にいた他の誰かを狙ったのかはわからないけど、新たな敵が出てきた。それで急遽こちらのプランに移行したんだ」
「第二夫人派閥って?」
「その詳細は馬車の中で話すよ」
わたしからブライへと視線を移す。
「ブライ、母上の派閥の奴らを任せていいか?」
ブライは茶目っけたっぷりに胸に手をやる。
「御意」
「ブライ、怪我しないでよ」
なんとなく怖くなって、そんなことを言ってしまった。
ブライとのやりとりは伝達魔法、それから木漏れ日の空間と、そこからの秘密基地で話すことになる。
ロサはブライと話し合いが決裂したと思わせるための証拠作りに来た。あんまり長くいても短すぎても不信感を植えつける。
ロサは決裂したフリをすると短く宣言。
わたしを胸ポケットへと入れた。もふさまを抱えていいかと確認をとってから、もふさまを抱える。
……ロサ、もふさまを抱っこしてみたかっただけだなとポケットから顔を出しながら思う。ロサの頬緩んでるもん。
そして立ち上がり踵を返した時は、厳しい顔つきだったけどね。
一言も話さず廊下を歩き、馬車に乗り込む。
振り返ることもしなかった。
ブライが胸に手をやり頭を下げているのに。
ロサが乗り込むと、控えていた騎士が扉を閉めた。6頭の馬で馬車を守っている。
ロサは馬車が走り出す前から、説明を始めてくれた。
「まず、私を王太子にしたい派閥は母上の実家のクロフォード侯爵家を筆頭として、ローチ公爵、モンターギュ侯爵、エドモン伯爵、ハインズ伯爵、グッドレム男爵、ベケット公爵、セクストン伯爵とその取り巻きが絡んでいる」
「そーなんだ」
初っ端からの家名の多さに、わたしの頭は覚えることを拒否した。