第1093話 駒にされた子供たち⑪決闘
「エトワール嬢、君の大切な人を巻き込んだことは詫びよう」
「それなら態度で示してくださいませ。本気で戦ってください」
エリンてば何言ってるの。
これはもう間違いなくブライと本気で手合わせしたかったんだ。
ブライは少し考える。
「では、魔法は禁止。剣をはたき落とせた方が勝ち、ではどうだろう? もしどこかに傷をつけたらその時点で負けが決まる」
エリンは目を細める。
「いいでしょう」
朝練は終わったと思うけど、また人が集まり始めていた。
そりゃそうだ。いい娯楽になりそうだ。
エリンもバッカス討伐で顔が知られているし、ブライはもとよりここのご子息。
興味を持って見守っている。
ノエルが始めの合図を承ったようだ。
「始め」
高く響く声。
エリンとブライの剣先が合わさりカン、カン、カン、カカカーンと高い音が響いた。
一緒にダンジョンには行くから魔物とエリンが戦うところは見たことがあるけれど、対人は初めてみる。エリンは臆してなかった。
けれどお互いサッと一歩下がり睨み合うと膠着状態となった。
「もふさま、ふたりとも、どうしちゃったの?」
『隙に打って出ようと思うから、動けなくなったんだろう』
お互い隙がない状態ってことね。
ブライが重心を移した。
それが隙なのかはわからないけれど、エリンが動く。
カン、と音がしたと思ったらエリンの剣が飛んでいた。
「負けました」
エリンの剣を弾いたのに、負けたと宣言したのはブライだ。
「なんで?」
もふさまの背中で呟いたわたしの声が聞こえたはずはないけれど(聞こえてもぴーだし)ブライが理由を告げる。
「髪を少し落としてしまった。俺の負けだ」
エリンの腕から下が震えている。あれは癇癪が起こる前の症状……。
あの子の癇癪は竜巻が発生するのよね。
ダンジョンの中じゃない、こんな街のお屋敷の中でそれは困る!
もふさまにどうにかしてもらおうとお願いしようかと思った時、声が上がる。
「ブライ兄さま、次は僕と戦っていただけますか、同じ条件で?」
あらやだ、ノエルが珍しく本気だ。
それに驚いたのか、エリンの癇癪は発動せずおさまったみたいだけど。
本気のノエルもタチが悪い。冷酷さが顔を出すのだ。
「もふさま、やめさせて。あの子本気だわ」
『それもよかろう。エリンもノエルも本当の強さを知っておく方がいい』
「それって……」
『エリンとノエルもあの年で嘘のように強い。けれど慢心が目立つ。敵わないものが世の中には溢れていると知ることは、いい薬となるだろう』
ってことは、エリンとノエル、相当強いって思ってたけど、ブライの方が強いのね、圧倒的に。
驚いたことに、エリンよりノエルの方が動きが早かった。エリンは行動が派手だから目につくけど、ノエルもすごい。……というか、やっぱりエリンの前で本気を出さないようにしているんだと思えた。なぜなら自分が勝てないとエリンは余計に凶暴になり、しつこいから……。
それでも離れず一緒にいるんだから、ノエルは嫌じゃないんだろうけど。
どちらも引けを取らないように見えたけど、一度剣技が途切れた後に、ブライがノエルの剣を弾いた。
「負けました」
荒い息でノエルが宣言する。
「「ブライ兄さま、本気で戦ってくれてありがとうございました」」
双子は声を揃えて同じことを言った。
悔しそうな顔をしているけれど。
「「では、失礼します」」
そう言ってチラッともふさまをみた。わたしを目で探してた。多分わたしは見えなくなってる。
最低限の関係者にはこの作戦を今日の朝伝えたというから、二人とも父さまから聞いているはずだ。わたしは無事だと。
そしてシュタイン家は今日一日わたしの捜索を続け、それからわたしは家で療養中というていをとる。
エリンたちはシュタイン家の者が、ブライに突っかかった事実を作りに来た。
ここにいた騎士たちは意味がわからないでしょうね。エリンとノエルが急に言いがかりをつけて乗り込んできて、勝負をして出ていった、だけ。
騎士団長のご子息が絡んでいるから、何があったかも口をつぐむだろう。意味がわからないし、なんだ? 腕試しか?ぐらいに思っているかもしれない。
でも外側には、朝早くからシュタイン家の者が騎士団長宅に訪れたことは伝わっていくだろう。
決闘の後、わたしたちはブライの部屋に戻った。
「ブライって強いんだね」
というと、ブライはスッとこちらから目を逸らす。
「魔法使われたら勝ち目ねーけどな」
と笑う。けれど、それは嘘だなと思えた。
あの子たちの魔法は規格外だ。だけど、なんだかんだいって、ブライはそれさえも飄々と参ったといいながら、負けないんじゃないかと思える。
水色の鳥がやってきた。もうすぐロサが来るという。
その前にさきほど話に上がったメイドの顔を見ればわかるかと聞かれたので頷く。わたしはブライの胸ポケットに入る。
ブライは屋敷を歩き回った。メイドを見つけるつもりのようだ。
料理の補助をする人たち、掃除をする人たち、洗濯をする人たち。
洗濯を干している中に見つけた。
ブライは仕事を労いながら、浮かない顔。そりゃそうか。
「3年前から働いてくれてたんだ」
ブライはわたしをもふさまに預けると、騎士団長さまにこの件を報告するからと部屋を出て行った。
部屋に戻ってきたブライはやっぱり浮かない顔をしていた。
「何してたんだ?」
「部屋見てた。飾り気ないね」
「去年、ほとんど捨てたからな」
「え、そうなの? なんで?」
「もともと物に執着はないけど、身軽にしとこうと思ってさ。ほら、人っていつ何があるかわかんねーし。何か執着してて、それを手にとどめたくて何かを失くしても嫌だしさ」
「そういうのなんか死んじゃいそうで嫌なんだけど」
というとブライは笑った。
断捨離も大事ではあるけど、この歳からそんな老成しないでよ、怖くなる。
「ま、いーよ。ブライのことは特別にわたしが守ってあげる」
ブライはとても驚いた顔をした。
「リディア嬢が俺を守ってくれるって?」
「そうだよ。みんなのことも守るけど、なんかブライはあぶなっかしーから目をかけてあげるよ」
そういうと、ブライは吹き出した。
ちょっと失礼なんじゃない?
腕っぷしはそうでもないけど、魔法を使ってよければ、わたしだって強いんだから!