第1091話 駒にされた子供たち⑨自業自得
メイドはベッドに向かわなかった。
こちらにお尻を突き出して、机の上を見ている。
引き出しを開けた。
え?
ブライが何か持ってきてって頼んだのかな?
いや、部屋にはわたしと、今はいないけどもふさまもいたわけだから、人を呼び込むことはしないはず。
メイドは最初は恐る恐るだったけど、だんだん大胆に引き出しの中をあさり出した。
目標物を探しているというよりは手当たり次第、手がかりはないかと漁っているような乱雑さがある。
これって探ってるんだよね。これ敵の一味かも。見つかったらまずいやつだ!
って誰もトカゲがわたしだとは思わないはずだけど。
わたしはカーテンから顔を出して、メイドの奇行を見守った。
メイドが部屋から出て行き、しばらくしてからブライともふさまが戻ってきた。
ブライはシャワーを浴びてきたようで、上半身は服を着ないで、首にタオルをかけている。引き締まって割れた腹筋を惜しみなく見せていた。
「ちょっと、レディーの前なのよ、服を着なさいよ」
ピーピー騒ぐわたしが哀れだと思ったのか、もふさまが魔具を使ってブライに伝えてくれた。
「レディーってどこにいんだよ?」
と、わたしの鼻を人差し指で突っつく。
「自業自得ね」
わたしがため息をつくと、もふさまはそれも通訳してくれたので、ブライは首を傾げている。
「普段からそうやって裸で歩き回っているの?」
しかも今はまだ冬なのに。
「人聞きの悪いこと言うなよ。俺が裸で歩くのが好きな変態みたいに聞こえるじゃんか」
「あら、違うの?」
「突っかかるなよ。あ、腹減ったのか。それは悪かった」
「お腹は減ったけど、そうじゃなくて! ブライたちがいない間に」
メイドがブライの部屋を漁っていたと教えようとしたのに、今すぐ運んでくると部屋を出て行ってしまった。
あ、ご飯なら果物をとリクエストできなかった。
それ以外は食べるのがとても大変なのだ。
ある程度小さく切り分けてもらっても、そこから噛るのが大変。
ハンナはよくわかってくれて、なんでもみじん切りにしてくれるんだけど。
『我らがいない間に何かあったのか?』
毛繕いをしているもふさまに頷く。
「そうなの! メイドが来てね、机とか引き出しの中とか物色してた」
『なんと! 騎士団長の屋敷と聞いたが、そんな者を雇っておるのか』
「事情はわからないけど……」
と、勢いよくドアが開く。
大きなお盆に山ほど食べ物を載せている。
両手が塞がっているから、足でドアを開けたんだろう。
「朝飯持ってきたぞ」
ブライは床の上にお盆を置く。ひとつの丼にはお肉がマウンテンとなっていた。もふさまの目が輝く。甘辛いタレで絡めてあるのか、いい匂いだ。それと水。それから3斤はありそうなパンの塊に、お皿にはハム山盛りと葉っぱ野菜がこんもりと。蒸した芋も3つある。それからミルクの瓶に、コップがひとつと、小皿がふたつ。
ひとつにミルクを注いでくれる。
おお、喉が渇いてたんだ。
「パンはどれくらい食う?」
ブライは1斤分のパンを割って、わたしに見せた。
もしかして、それ全部食べるとか思ってる? わたしの体より大きいよね。
トカゲ化したわたしが5×5は入りそうだ。
わたしは両手でこれぐらいと示した。
「それしか食わねーのか。そっか。体小さいもんな」
そう言って、人型の一口分ぐらい、パンの柔らかいところをむしり取ってくれた。それをもう一つの小皿に置き、ハムもパンの半分ぐらい、葉っぱ野菜は少し多めに取り分けてくれた。
わーい、ご飯だ。
ブライは1斤のパンの半分ぐらいのところで少し割って、ハムと野菜を挟み、大きな口を開けてアムっと食べる。豪快!
わたしはお行儀が悪いけど、お皿の半分ぐらいまで身を乗り出して、ミルクをペロペロする。それからしゃりしゃりと葉っぱ野菜をいただく。ハムは顔の半分の大きさはある。カジカジしていくしかないので、時間がかかってしまう。おいしいハムだ。しばらく私たちは食事に集中した。
ブライは、パンを1斤ずつハムと野菜を挟んで食べる。大きく口を開け、4口で食べ終わる。吸い込まれるようにパンが消えていき、見ていて気持ちがいい。
「さて、腹がいっぱいになったところで、説明に入るか」
とブライが言った。
「その前に。ブライ、朝練中にメイドが入ってきたよ」
もふさまに通訳してもらう。
「ん? たまにしか帰ってこないし、掃除は自分でやるからいいって言ってあるのに」
とベッドを見て、少し変な顔をする。そりゃそうだろう、ベッドメイクされてないもんね。
「机とか、引き出しの中漁ってた」
ブライの表情が固まる。
「最後に、ブライの枕抱きしめてた」
ブライは身震いしてから両腕を擦った。
「マジか!?」
「マジ」
額を押さえて、悩んでいる。
メイドにふさわしくない人が、エイウッド家に入り込んでいるのは間違いない。
このタイミングでブライの部屋を荒らしたということは、わたしの失踪にブライが加担しているかと探りが入ったと、わたしと同じように最初は思っただろう。
けれど、最後の枕を抱きしめたことで別の意味合いも出てくる。
「無駄に筋肉見せてるから、そんなことが起こるんだよ」
ブライはジトっとわたしを見て、ため息をついた。
「厄介だけど、それは後で調べる。
それより、これからのことを話しておくな。リディア嬢に危険が及びそうになったらの案で、まだ大詰めまでできてなかったんだ。それが昨日急遽行動に移すことになったから、とりあえず俺んちきてもらったんだけど、今朝方針がはっきりした」
警備の目が厳しいはずの王宮で、ことが起きそうになってるわけだから、ブレーンたちも慌てたってことか。
「あ、ロサ殿下から伝言。セローリア嬢には話を共有するってよ」
問題ないので、うんとうなずく。
なんかまだ見られているので、何か言いたいことがあるのかなとじっと見ていると。
「リディア嬢が体調が悪くなってロサ殿下を呼び出しただろ? あれが城中に噂で流れたみたいだ」
一瞬、意味がわからなかった。
あの時、わたしは自分の手で負えない事態になったので、ロサに頼った。でも周りはそんな内情はわからない。
外側から見えることは、お城滞在中に体調が悪くなったわたしは、第二王子殿下を呼び出した。他の王族と一緒にいたのに。……そしてロサも呼ばれてすぐに来てくれた。
婚約者のいる殿下を、ああ、そうね、わたし呼び出したんだわ。