第1085話 駒にされた子供たち③違う景色
「世界の終焉と聞いて、アイリスさまが怯え大変なことだと思っているのに、わたしは思い描けないんです」
「はぁ」
小さなリノさまの間の抜けた相槌。
「どうしてかなってずっと考えていたんですけど、多分死ぬ気がしてないんだと思います」
「それは……リディアさまがいろいろ危険なことも体験されてきているから、今は違うと感じられていて、図々しいとは違うのでは?」
とても真面目に返してくれるリノさま。
「ふふ、ありがとうございます。でも、図々しいんです。
わたしこの歳で死ぬような悪いことはしてないって思ってるんです」
「え?」
「そういうものじゃないのもわかってますよ。
でもね、わたしやっぱり基本的にそう思っているんです。
もし命を落としたら、会えるんだかなんだか知らないですけど神さまだかなんかに文句言ってやります」
「……えーと」
リノさまは二の句を継げないようだった。
「おかしな感覚でしょう? ただ、これがわたしに合ってるんです。きっとそれで怖さが緩和されているんだと思います。何かあったら、神さまに文句言う気満々なので」
リノさまは笑い泣きのような複雑な表情になった。
「勤勉で真面目なリノさまには適した考えじゃないと思います。でもリノさまだけの何かいい方法があるはずです。
でも、怖かったら怖かったで、部屋から一歩も出ないのもアリだと思いますし。
もうそこは臨機応変で」
わたしはリノさまの手を握る。
「悪意は怖いです。当然です。当たり前です。慣れてもいけません。
でも思い詰めてもいけません。悪意は強烈でそれにしか目が行かなくなりがちですけれど、それは少数なのです。
……ロサ殿下の婚約者という地位は、セローリア公爵家のご令嬢というご本人の時と、相手の思いは違ってきます。王族に近づきたい貴族たちの思惑、外国からユオブリアへの敵視、王族となったリノさまにも悪意は潜むことでしょう。
それが辛ければ辛いと言っていいんです。リノさまの周りにはリノさまを思う方の方がいっぱいいるんですから」
ひと息いれる。
どうしよう、どうしようって思い詰めちゃうと、ギュッと固まって他のことが見えなくなって、道が見えなくなっちゃうんだよね。
そんなどうしようもない時に、わたしはもふさまやもふもふ軍団のものすごーくブレないマイペースなところを見て落ち着いちゃったり、実はトカゲ化もそれに似た効能がある。
トカゲ化すると人型リディアとしては動きを〝停止〟するしかない。兄さまに戻してもらうしか方法がないから。
どんなに人型リディアが必要だといっても、こればっかりは仕方ない。後からどうにか理由をつけて逃れるしかない。そこには時間が生まれる。人型に戻るまでのタイムラグ。その諦めっていうか、どうにでもなれっていう捨て鉢さっていうか、そうしてまた時が流れそこでの出たとこ勝負のノリでやるしかなくて。それがわたしにはちょうどよかった。
思い込みが激しいから、わたしも思い詰めがちだ。でもガッチガチに固まると周りが何も見えなくて、何も気づけなくなっちゃうんだよね。
わたしに悪意をぶつけてくる人も相当いたけれど、それだけに目がいくと辛くなるけれど。目をつむらずによく周りを見れば、それ以上にわたしは大切にされているってことに気づいた。
リノさまもガッチガチになっちゃっているから今は見えなくなっているだろうけど、いろんな方法があるし、味方はいっぱいいることを思い出して欲しいと思う。
だからペラペラと思い浮かぶままに、いくつもの〝風景〟を話しておく。
ガッチガチが溶けた時、リノさまは顔をあげ、その景色に気づくはず。
「ロサに頼るのもいいかもですよ?」
「ロサさまに?」
わたしは部屋にはわたしたちふたりともふさましかいないのに、声を潜める。
「男性って女性に頼られるのがお好きなそうよ」
え?とリノさまは頬をピンクにした。
あはは、いい反応。
「怖いから今日一日一緒にいてとかいって、ふたりでラブラブするのはどうですか?」
「ラ、ラブラブ!?」
「お部屋デートです。リノさまが怖いことを全部話して、それからロサに聞きたいことあったら聞いちゃうのがいいですよ? 案外、想像で当てはめていたことがあって驚いたりもするから」
「それはリディアさまが経験されたってこと? ということは、フランツさまが想像と違ったんですか!?」
ちょっとリノさまが元気になった気がしたので、わたしは調子に乗ることにした。
「兄さまって家族には優しいけど、小さな子とか見てもキッとした目で見るし、口調も変わらないしで、子供好きではないかと思っていたんです」
リノさまはうなずく。
「たわいない話から将来の屋敷の話になって。なんだか部屋の数やいろいろ多すぎて、広いのが好みなのかなと思いながら聞いていたんですけど。どうやら、子供がいっぱいいる家庭を想像しているみたいなんですよね」
ウチが6人も子供のいる家庭だったから、刷り込まれているのかもしれないけど。
「まぁ、意外ですわね。リディアさまを独り占めしたいタイプかと思ってました」
!
リノさまは目を見開く。
「リディアさま、なぜ顔を赤くしているんですの? 今の言葉のどこに? 白状なさいませ」
「少し、思い出したんです。兄さまは乳母や侍女はいっぱい雇うって、そのために稼いでおくから任せておけって。わたしは兄さま専属だそうです。そうでないと子供に嫉妬しちゃうからって」
兄さまがそういったときは、驚いたし、笑ったけど。こそばゆく嬉しかった。
「まぁ、まぁ、まぁ! フランツさまはリディアさまが大好きですわね」
「……リノさまも思い描いたのと違うロサを見つけてください。
どんな思いもロサさまは受け止める度量のある男だと思いますわ。
そして忘れないでくださいね。
リノさまがどんな未来を選ぼうと、わたしはリノさまを応援します!」
「……リディアさま」