第1084話 駒にされた子供たち②危険な地位
近況など話したところで、静寂が訪れる。
ロクスバーク商会のことには一言も触れなかった。
子供に探りを入れるのは普通の大人ならしないと思うけど、ガラットーニくんは使っているみたいだからね。それに第四夫人が指示した背景であろうがなかろうが、かの商会を王室御用達にしたのは第四夫人だから、あんなことがあれば何かしらのペナルティーがあるだろう。それにしては、全然焦っていなくて悠長な気がする。
「今日は確か元々お城にあがる用がおありだったのよね?」
来たか、と心の中で姿勢を正す。
「はい」
短く答えて、お茶をいただく。
こちらからはあまり情報を出したくないから。
第四夫人の眉がピクッと動いた。
そうか、ここで引き出せると思ったのね。
それにしても第四夫人は顔に出るタイプなんだ。分かりやすくてありがたい。
「もう少しお話ししたいわ。遅れると伝えましょうか?」
なかなか策士。
お願いすれば、わたしの相手が誰だかわかる。
もし断れば、時間に遅れることはできない人ということで、第四夫人より上の身分となる。陛下か第三夫人か第二夫人と狭まるわけだ。
ガラットーニくんからは第二夫人にリノさまとの対立のことで話をすると聞いているはずだから、本当だったようねと思うだろう。
どうしようかと考えて、決めた。
ぶっこんどくか。夫人にどう思わせるのがいいかしら?
「実はこれからセローリア嬢のお見舞いに行くのです。お見舞いなので、時間ピッタリに行きたいと思います」
にこっと笑う。
「セローリア嬢のお見舞い?」
第四夫人は思うはずだ。わたしとリノさまは対立している、と。
その相談を第二夫人にするはずじゃなかったの?と。相談をしないで会う、それはおかしい。すでに相談をして知恵を授けられた?
第二夫人はこの子たちをどう扱うつもりなの?
聞きたくて仕方ないはずだ。
わたしはスッと立ち上がる。
「そういう理由ですので、今日はこれにて失礼いたします。お時間ありがとうございました。ご機嫌よう」
ドアのところで振り返ってカーテシー。
第四夫人の顔は引きつっていた。
バンプー殿下を王太子にするために、第二夫人に敵対心を持っているみたいだ。でも今はロクスバーク商会を気にするところだと思うけどなー。
そのままリノさまのお部屋へ。
すぐにメイドさんが部屋へと通してくれた。
ベッドの中で横になっていたリノさまが起き上がろうとする。
「リノさま、そのままで」
リノさまの顔色は良くなかった。
メイドさんがリノさまの肩にショールを掛け、ベッド横のテーブルにお茶の用意をして部屋から出て行った。
静けさが舞い降りる。
かなり参っているのが見て取れる。
「リディアさま、私はだめですね。殿下たちに助けていただいて何事もなかったのに、怖くて仕方ありませんの」
顔を両手で覆う。
「覚悟していたつもりでした。新年に襲われた時もとても怖くて、あの時の令嬢の恐ろしい顔が頭に焼きついていて、未だ夢に見るのです。それでも、なんとか立っていたけれど、またあんなことがあって……」
リノさまの頬に涙が流れ落ちた。
「ロサさまが守ってくれると信じています。
皆さまを信じています。
それなのに、部屋から出るのが怖いんです」
わたしはベッドに片足を乗せて半分身を預けた。そして泣きじゃくるリノさまを抱きしめる。
怖いよ。物理的に狙われるのも。悪意を向けられるのも。
リノさまは怖い思いを押さえて、今まで頑張ってきたんだね。
「部屋から出られない。公務をこなせません。
心が弱い私はロサ殿下の婚約者の資格がありません」
あーー、辛くなっちゃってるな。
何も言わずに背中を優しくトン、トンと叩く。
「私には無理だったんです。王族の婚約者なんて!
ロサさまたちはもっと怖い目にもあっているのに、それでも堂々と立っていられるのに、私はもう人の目が怖い。何を考えているのか、いつ何をされるかわからなくて、怖いんです」
思いを吐き出しちゃえと思いながら、背中をトントンする。
「こんなんじゃ、ロサさまの隣に立てない。ロサさまをお守りすることもできない……。怖くて恐ろしくて、胸がギュッとなって突然泣き叫びたくなるんです!」
……わかるよ。怖かったよね。
「落ち着くまで休むように、ロサさまも第二夫人も優しくしてくださいます。
でも、落ち着く日がくるとは思えないのです」
思い詰めて、余計に自分を追い込んでしまっている。
「……リディアさまは何度も怖い目にあって、どうやって乗り越えたんですか? どうしたら私は抜け出せますか?」
真っ赤に泣きはらした目で、ひっくひっくと涙を止めようとしながらわたしを伺う。
「わたしが乗り越えているかは、どうでしょう? それに人により対処法は違うと思うんですよね。
わたしの場合、父さまが……」
「伯爵さまが?」
「ひとつひとつ対処して一緒に終わらせようって。それはいつかの力になるって。そう言って一緒に終わらせました」
涙目でリノさまはわたしを見つめる。
「対処して終わらせる……」
「わたしの場合、わからないのが怖いです。少しでもわかれば対処法が探せるかもしれないから和らぐんです。怖いのは〝わからない〟から。〝名前がない〟から。だから怖いことがあったら仮定するんです。とりあえず名前をつけて、固定するんです。そして怖くなくなる方法を探す。わたしは何かしていると少し落ち着きます」
「……リディアさまは強いですね」
「うーーん、そういうことにしたいですが、わたしは強いんじゃなくて、図々しいんだと思います」
目を見開いている。驚いたみたいだ。ショック療法になったのか涙が止まってる。
「リ、リディアさまが図々しいですって?」
わたしはうなずく。