第1081話 真っ直ぐな子供たち⑫チャンス
アダムはわたしを見ないようにして続ける。
「集会、裏切り者、なぜかどちらもシュタイン家、ひいてはリディア嬢を狙っている」
「どちらだかわからないが、セインが関係しているようだったな」
ロサがセリフと同時にため息をつく。
ああ、リノさま襲撃の外国人が元セインの人だった。
「ニーナ嬢の父上の砂糖のこだわり。砂糖騒動と言えばセイン。大方入れ知恵でもされたんだろう」
あ、そっか。ニーナ嬢の父上の件。それだけなら、そんなとこによく目をつけたね、だけど、セイン関係が同時期に2つ揃えばそれは後ろに手を引く何かを疑わざるを得ない。
「誰から知恵をつけられたのか吐かせよう。そのときにフランツ、ニーナ嬢を払ってやれ、深刻そうだ」
兄さまが頷いたのでほっとした。
よかった。
あ、話が逸れちゃった。
わたしから目を逸らしているアダムをもう一度見て、胸の内をみんなに話すことにした。
「話が逸れちゃったけど、アダムもみんなも卒業してからのことも、心配してくれてるんだよね」
試験で大変なときなのにさ。
「わたしもちょっと不安。みんなに頼りきってたなって思ってたとこ。でもね、だからわたし同時に確信してるの」
「何を?」
ロビ兄が首を傾げる。
「わたしたちは幼なじみだけど、最初から最高に仲がよかったわけじゃない。いろんなことを経験しながら今のわたしたちになった。確かにわたしは敵が多いけど、味方もいっぱいいる。そして経験した分、きっと誰かと仲良くなれる。みんながそれを証明してくれた」
いつもわたしを大切にしてくれる友達、家族。
「そういってくれるのは嬉しいけど、そんな〝気持ち〟は敵の防御にはなり得ないよ」
アダムの反対意見。
「うん。でもわたしはずる賢いの」
アダムがわたしを見てくれた。
「わたしじゃ考えが及ばないから助けて。アダムはそのいやったらしいことを考えた人が見えてるのよね?」
「……まだ見えてない。けど、わかったって、どうするつもりだ?」
「親しくなくても〝騙されて駒になってた〟こと。敵はわたしを攻撃するために子供をそんなふうに扱った、そこにダメージを受けると思う。だからね、ダメージにならないように仕掛けるの」
「……今回成功してたまたま回避できても、結局何も解決していない。これからのことを僕は言ってるんだ」
「わかってる。わたしはきっと今後も気づけない。
でも今回アダムが気づいてくれた。そんなふうにね、きっとこれからもわたしの築いた仲間、……わたしを思ってくれる人たちがいるから、大丈夫だと思うのよ。
それでこぼれ落ちた何かに傷つくなら、それはそれでいい。わたしが至らなかっただけだから。でもそんなことにならないように精一杯やる。でも絶対にこぼれ落ちることはあるでしょう。それを甘んじて受けるわ。それがわたしの覚悟だから」
わたしはもふさまをテーブルの上において立ち上がり、みんなにカーテシーをする。
「だから気づいて助けを求めた時は、どうか、助けてください」
しばらく続けていると、誰かがクスッと笑う。ロサかな、と思う。
腰に手が添えられ見上げると兄さまだ。
「当たり前だよ」
「そうだよ、リー。オレたちがいる」
「そうだよ、リー」
家族はそう言ってくれたけど……。
「ほら、アダム。私たちを代表して、彼女に答えを」
ロサに促され、アダムが立ち上がる。
「君は甘い! 極甘だ!」
みんな苦笑い。
ま、そうだよね。心配してくれるみんなに、友達を他にも作ってきたから、これからも助けられながら切り抜けていけるはずって宣言したようなものだもの。その根拠はわたしの気持ちにしかない。
「だけど、何をどうするんだ? たとえばスタンガンに後ろ盾がいたとして、気づかずに加担しているとしよう。騙されているからと助けるのか?」
アダムがわたしの前に歩み寄る。背が高いから見上げることになる。
「もちろん事実を話して選んでもらう。あちらにつくなら道が違ったってことだし、こちらにつくなら協力してもらって助ける方法も考えるかもしれない」
「《《チャンス》》をあげるんだ?」
「わたしも世界からチャンスをもらったから」
「世界から?」
「わたしをもふさまと会わせてくれた。だから母さまを助けられて、わたしは閉じこもることもなくこうしてみんなと仲良くなれたし、学園にも来れた。
もしもふさまと出会う奇跡がなかったら、わたしは現実に打ちのめされて家から出られなくなっていたかもしれない」
母さまのいない現実では未来に希望が描けず、砦での心に蓋をし続けた気持ちを奥底に抱えながら、その傷が露出しないよう、何もせず、ただ時が過ぎるのをひたすら待ったかもしれない。
そうしたらわたしは今まで出会ってきた人たちと出会えず、今まで経験したことを経験しなかったことになる。その差は天と地ほどもある。
何より、ここにいるみんなと知り合えなかったら……。
「わたしはチャンスをもらってみんなと出会えたから、ありがたいから、感謝してるから。一度くらい誰かのチャンスになれたらと思う。だから選択してもらう。選んでもらう。何がチャンスになるかはわからないから、わたしがその時一番いいと思うことを提案する。選ばれなくてもそれは後悔しない。わたしはできることをするだけだし、誰かもその時の精一杯で選んだことならそれがいいと思うから」
アダムはため息をついた。
そしてわたしをじっと見てから、いきなり片膝をついた。
自然にわたしの手をとって、その甲に口を寄せる。
「レディ・リディアの御心のままに」
ロサたちも胸に手をやってアダムの言葉を復唱する。
「「「「「レディ・リディアの御心のままに」」」」」
アダムが立ち上がると、兄さまは「失礼」と言って、わたしの手を丁寧にハンカチで拭いた。イザークが吹き出すとみんな笑った。アダムは憮然とした表情。
「人を汚れものみたいに」
と拗ねたようにいうのがおかしかった。