第1080話 真っ直ぐな子供たち⑪罰は決して軽くない
確かにその通りで、わたしも不安を感じていた。
「でもなぜそれを今言うんだい?」
ダニエルがアダムに尋ねる。
「私たちの卒業だって、アダムの今期で学園を去ることも、リディア嬢が優しいのも、シュタイン家が甘いのも、今始まったことじゃない」
ダニエルは、兄さまと双子とわたしのじとっとした視線に気づいてビクッとする。
「間違ってはいないだろ?」
ダニエルは体勢を立て直し、にこやかに確認してくる。
そりゃウチは多少甘いかもしれないけどさ。
わたしたちの反論なしの表情を見てか、ダニエルはアダムに視線を戻す。
「急にどうしたんだ?」
「急ではないけれど……。
リディア嬢、君以外にどこかで直接的な被害はあったかい?」
わたし以外に直接的な被害?
ハッとする。わたし以外、シュタイン領や商会のことだ。すっかり抜け落ちてた!
「大丈夫。父さまやウッド家が目を光らせていて何も起こってないよ」
アラ兄が目を和ませる。
よ、よかった。
「攻撃されたことは? フランツは知ってるんだろ?」
「ああ、大丈夫。攻撃自体なかったよ」
どういうこと? と思って兄さまを見上げれば、集団がシュタイン家を陥れるようなことを言っていたところで、兄さまも目を光らせていたという。
そうだったんだ……。考えが及んでなかった。
領や店に被害が出てなくてほっとする。
アダムはウチが甘いと言っていた。
「アダム、領地や店が危ないってこと? それで甘いって言ってる?」
アダムはフルフルと首を横に振った。
「警戒は続けるべきだけど、これからも領や店に被害が出ることはないだろう、今起きている団体に関しては、だけど」
「どういうこと?」
「今までシュタイン家にいろいろあったと思うけど、たとえばヴェルナー。君と婚姻を結びたがった。発端はドナイ侯爵からの指令。侯爵家はアランの技術を欲していた。ヴェルナーは欲を出した。君と婚姻を結びぬいぐるみの雪くらげやシュタイン家の特許を丸ごと自分のものにしようとした。けれど君に断られ、君の店や領地に挑んで行った。
それが普通の考えだ。
目当てがなかなか手に入らなければ、その周りから攻めようと思うもの」
「それはそうかもしれないけど、あの集団は周りには攻めていないから変だって言いたいのか?」
イザークの目は納得いってない。
「集団が持ち出す言いがかりにはシュタイン領という言葉も出てきているのに、シュタイン領や店などには攻撃していない。それに君自体も注視されてない」
え?
「それは学園にいるから、注視しようがないんじゃない?」
ルシオが声を上げる。
「集団は徹底的な何かをしないだろう? あやふやなことをしているだけ。シュタイン嬢が悪いと名を出してきても、だからって君に直接は仕掛けていない。
でもそんなことあるはずない。だってあれだけ君に執着しているんだから、君を困らせるようなことを絶対にしているはずなんだ」
「リディア嬢への心理攻撃ってこと?」
アダムは頷いた。
「多分、それが組み込まれているんだろう」
……心理攻撃。わたしに効くやつ、どんなのがある?
スタンダードなところで
「……裏切り?」
みんなちょっと反応したけど、アダムは頷いた。
ああ、アダムの言いたかったことがわかった。
「アダムはスタンガンくんか、からかさ、じゃないロイター嬢が裏切るだろうから、気を許すなって言いたかったのね?」
すっきりした。そうはっきり言ってくれればいいのに。
「リディア嬢はあんまり驚いてないようだな。スタンガンやロイター嬢が怪しいと思っていたのかい?」
ダニエルが首を傾げてる。
「怪しいというかあからさまだと思ってた」
だから信頼はおいていない。〝手先〟だと知ってもやっぱりねと思うぐらいだ。
「わたしは、生徒なら駒だと思う。だから不思議なのよね。誓約魔法を交わしていたら、後ろで操っている人に言えないでしょう? だからそんな事できないかーと思っていたんだけど」
誓約魔法がネックになると思うのだ。
試験にかかわる一切合切は、関係者以外に言ってはいけないとされている。
ちなみに父さまは学園生ではないエリンとノエルの保護者なので、承諾を受けるときに関係者になっている。
さらに言えば、各貴族の所属長クラスより上、宰相、騎士団長、魔法士長、ユオブリアの神官長など、つまり5年生生徒会役員のお父さんたちも関係者だ。
「聞き方で誘導できるし、そこから想像できることはある。
話を戻すけど、僕が思っている〝裏切り〟はもっとイヤラしいものだ」
イヤラしいもの?
やっぱり眉根が寄る。
「お前がそんなふうに言うっておっかねぇな、どんなのだよ?」
ブライは知るのも嫌だけど知らないのはもっと嫌か、と言いたげな顔をしている。
「裏切られてもリディア嬢はそいつを捨てきれない。そこをついてくるはずだ」
え?
「そうか、捨てきれないところを狙う、か」
ロサが考え込む。
え。頭の良いみんなの眉根を寄せさせるような策。巧妙か、慈悲のない非情さゆえか。
「アダムは想像がついているのね」
アダムの眉根がよる。
「裏切り者は裏切っていることに気づいていないとしたらどうだ?」
ん?
そんなことってある?
「裏切り者とみんなの前で吊し上げられて、当人も自分が誘導されて裏切っていたことを知る」
え、それは裏切っているのとは違うのでは? 騙されていたってことだよね?
「彼らは優しい君にすがりつく。知らなかったのだと。君は揺れる。けれどこれは誓約魔法まで与した陛下も気にかけている〝試験〟だ。規律に反した者は罰を受ける。その罰は決して軽くないだろう」
騙されようがなんだろうが……規律に反したら罰が待つ。決して軽くはない罰が。
そこまで親しくはないスタンガンくんやからかさちゃんの顔が青ざめるさまが見える気がした。自分が駒だったと気づき、浅はかな自分に打ちひしがれるさまが。そんな未来が見える気がした。気がしただけで、心をギュッと潰されそうになっているようなそんな被害妄想まで出てくる。
なるほど、なかなかの心理攻撃だ。ちっとも親しくないけれど、それはどこかに罪悪感を落とす。
落ち着け、自分。