第1079話 真っ直ぐな子供たち⑩親心
「留置場ってどういうこと? あの子たち何しちゃったの?
居座ってたから通報された? あ、お腹が空いて、食べ物を盗んで訴えられたとか?」
学園の生徒が何やってんのよ! 王族の覚えもめでたい貴族子息たち。そのうちひとりは王子さまなのに……。
「違う、違う。捕まえてもらったんだ」
「捕まえて、もらった?」
わけがわからず眉根に力が入る。
「ロクスバーク商会の船に違法物を置いてきたとき、ミューエ邸の住所のメモを紛れ込ませておいたんだ」
え。
「ミューエ邸も一斉捜査が入って、中にいた殿下や2年生共々、ミューエ氏なんかと一緒にみんな捕らえられたってわけ」
な、なんで笑顔なの?
「な、なんで、そんなことを?」
「自主性が出て嬉しかったけど、これしきのこと1日で解決できないなら、できると思うこととできることの見極めができていないということだ。
騎士に回収してもらうなら、一番危険はないしね」
アダムは悪びれずに言った。
もふさまは興味がないというように大きくあくびをする。
「だからって留置場よ、みんな貴族のお坊ちゃんなのよ? そのうち一人は王子殿下よ?」
正気かとわたしは盛り上がっているんだけど、皆はなんでわたしがそんなに興奮しているんだ?という顔をしている。
もふさまも後ろ足で首をかいてる。
「罰を受けたり、牢屋ならともかく、男なら留置場に一度や二度は入るよ」
「入りません!」
「それは君の家だけだよ」
ええ???
「私とアダムも留置場に入ったことあるし」
「ロサがぁ!?」
みんな反射的に耳に手をやった。
ご、ごめん。自分でも驚くほどの大声になった。
でも、国の王子殿下が何やってんのよ!
「ブレドはまだユオブリアの留置場だったんだからマシだよ。僕は第五大陸で、あれは最悪だった」
思い出すだけで顔が青ざめるようだ。ずいぶんと過酷だったみたい。
「なんだってそんなことに」
思わず額を押さえる。
「陛下の親心だよ」
は?
呟いたアダムを目を見開いて見てしまう。
アダムは視線に気づいて、わたしを見据える。
「今回のこともそうだな。陛下という後ろ盾があるときに思い切りやれってこと」
後ろ盾があるときになんでもやってみろってこと……。たとえ留置場に入れられるようなヤンチャなことでも。
あ。
そうか、そういう思惑もあるのか。常に王はひとりきり。
何年か前に父さまがこぼしたのを聞いたことがある。王が生きている間に次の王へと引き継げる法案が出ていると。
わたしはそうするんで全然問題ないと思うんだけど。
違う考えというのは常に存在し、議案にはのぼるけれど未だ法は変わっていない。
そう、だから。その法律の下では王太子が王になったとき、前王は亡くなっているのが前提になる。政の舵をいきなりひとりでとることになるのだ。これってすごい怖いよね。
自分だけのことだって決めるのに覚悟がいるのに、それが民全員の何もかも背負い込むことになるのだ。
と考えると、陛下って本当にすごいな。今までの歴代の王さまたちも。
今まで陛下は王子たちに〝試験〟のようなことをよく科していた。
もちろん、臣下から王太子にふさわしいと思わせる布石の一環でもあるんだろうけど。
そうやって馴らせていたんだ。小さな揉め事を任せ、大人はほぼ手を貸さない。きっと牢屋に入るようなことになっても、その先の罰せられるギリギリのところまで見守って、仕方のないときだけ手を差し伸べたり、尻拭いをするのだろう。生きているうちしか、それはできないことだから。
王子殿下たちは〝試験〟が未来の政をしていくときのためになるってわかってたんだね。
うーーん、でも、牢屋に入るのは違うことのような……。
あ、牢屋じゃなくて留置場だからセーフなのかな?
「大丈夫だよ、リディー。貴族用の留置場だから、思い描いているのよりはるかにいい環境だと思うよ」
兄さまは優しく言うけれど。
「貴族と平民で分けてるの?」
「そりゃ、一緒にしていたら、そこで何が起こるかわからないしね」
ダニエルが教えてくれる。
「カドハタ嬢の婚約者、ミューエ氏も一緒かしら?」
みんなしてひと部屋……ひと留置場?(留置場ってなんて数えるんだろう)に入れられてるのかな?
「ユルゲンはバンプー殿下や2年生と同じだと思うけど、ミューエ氏は成人しているかな」
と言われて気づく。
そうだ! みんな子供だ。留置場に入れられるわけない。
「だ、騙したわね!」
「留置場などがある施設の特別室だ。それでもあんなところで過ごしたことはないだろうから、いい薬になっただろう」
何よ、みんなわかってたのね。ひとりで突っ掛かっちゃった。
「君さぁ、懐に入れた者には甘くなるだろ。それ、気をつけた方がいい」
アダムから苦い顔して言われる。
「たとえば?」
突っ掛かったようになったのを謝るタイミングを逸した居心地の悪さから、またまた突っかかるように聞いてしまった。
「たとえばスタンガン。説明会で吊し上げのように糾弾されたのに、心を許しているだろ? 優しいのは君のいいところだけど、誰に彼にも振りまかない方がいい。後で自分が辛くなる」
「わたしは優しくないわ。スタンガンくんにしても、いらっとさせる才能があるなと思っているだけだし。
……アダムはスタンガンくんがスパイかなんかと思ってる?」
「それはわからないけど、妙だと思ってる」
「はっきりしないことを口にするなんて、君らしくないな」
イザークが腕を組んだ。
「シュタイン家は過保護で甘すぎる」
アダムが断言すると、兄さまとアラ兄とロビ兄がピクッとする。
「何が言いたんだ? アダム」
ロサが落ち着いた声で尋ねた。
「フランツは退園。ブレドたちは今年卒業。僕も今期で学園に通うのは終わりだ。来年はまだアランとロビンがいるけれど、次の年は君はひとりだ」
みんなの視線がわたしに集中した。




