第1072話 真っ直ぐな子供たち③積み荷
床板がポッカリ空いていて、そこから降りていくような階段。
幅もそうあるわけではなし、一人ずつしか降りられない。
荷物どうするんだ?と思ってしまったけど、そっか、大きい荷物はこんなところから運ばないか。多分船の側面に大きな荷物の下ろし口があるんだろう。ここは人間用の出入り口。
階段をつたって下に降りる。
上は区切られて部屋がいっぱいあったけど、下は広い広い仕切りのない倉庫のようになっていた。見えないけど、反対側あたりにも下への階段があるだろうから、ロビ兄たちは対角線上に降りてきているかも。
大小の違いはあるけど、木箱が積みあげられ並べられている。
内容物は木枠に書かれていて、宛先は色テープに商会名や家名があった。
でも、この量は。手分けをして探しても時間が相当かかる。
アダムは軽くため息をついてから、片っ端から見ていくしかないというようにチェックを始めた。
わたしも隣のブロックをチェックしていく。
『リディア』
「もふさま?」
『弱った子供の気配だ』
え?
探索をかける。
船の中央……真ん中のレーンの真ん中あたりに人だ。……木箱しかないのに。それに魔物の色もあるんだけど。
「アダム」
「あったか?」
「もふさまが弱った子供の気配があるって。真ん中のほう。それに魔物もいるかも」
アダムの顔色が悪くなる。
「お遣いさま、その箱を教えてくださいますか?」
もふさまは小走りに真ん中のほうに走っていく。
船賃が払えなくて荷物で入ったとか?
近い輸送でも3日以上はかかるはず。それをこの閉じられた空間で過ごしたわけ?
もふさまがこれだと鼻を近づけた大きな木箱。わたしの探索とも同じだと思う。ひと回りして見ても、特に空気穴のようなものはついてないんですけど。
「きっとこれだ」
アダムが顔を歪めた。
ブライとアダムの顔を歪めさせた色テープを覗き込むとセローリア公爵家の積み荷だった。
「どうする?」
ブライがアダムに指示を求める。
「ブライ、剣で中を見られるぐらいの穴を開けられるか?」
ブライは頷き、魔法をのせて剣をふるった。
何度も剣を正確に同じところへと突き出す。音もそう立てず。
板のつなぎ目の一部が外れ、その隙間を利用して木を切って三角の穴が空いた。
うっと鼻と口を塞ぐ。
異臭が。眉根が寄ってしまうような匂いが穴からしてくる。
アダムが中を覗き込んだ。
「だめだ、下のほうに何かあるのは見えるけど、よく見えない」
「ライト」
小さな光の球を出すとアダムもブライも目を見開いた。
ライトを穴の中にフヨフヨと移動させる。
アダムがもう一度覗き込み。顔を背ける。
そして拳を握りしめた手で近くにあった木箱を殴った。
ブライが覗き込み、そしてやっぱり近くの木箱を蹴りつける。
わたしも意を決して中を覗き込む。
折り重なるように……首輪をした子供? 虚な目で光の球を見上げている。どの子供もぐったりしていて。違う方の角には……子供サイズの爬虫類系の尻尾に見えるものが。小さな木箱もいくつか入っている。
違法物。首輪をして隠されたように運ばれるぐったりした子供。セローリア家を陥れるための荷……。
口にするのも嫌な想像が浮かぶ。
……生き物は収納袋に入れられない。
「どうする?」
ブライが尋ねる。
「悩んでも仕方ないな。連れ出す」
じゃあ、この箱をブライに壊してもらって……?
と思った時には、手を突き出したアダムがそこから光を放出。
木箱の上の方を壊していた。
壊せたのね。あ、そっか。中身がわからないから、ひとまず中身を見るために、小さく壊せるブライに頼んだのか。
派手な音。
「リー」
反対方向からロビ兄たちだ。駆け寄ってきた。
そうだよね、派手な音だった。
ってことは他の人にも聞こえたってことで。船員さんたちが集まってくるはずだ。
「収納袋に入れられないものだった。荷を全て運び出す。リディア嬢、なんでもいい。空箱にはせず、何かを入れて荷だと偽装してくれ」
わたしに指示を出すアダムの横でブライが中に入り、子供たちを救い出す。
子供は4人。虚な目を開けているのは3人だけど、されるがままって感じだ。
子供が抱えられる大きさの多分眠らされているイグアナみたいのが2頭。それから小さな木箱は開けると卵。こ、これも見つかるとまずい卵なんだろうな。
近くの木箱の持ち主を見たけれど、セローリア家のは他になかった。
箱は壊れてしまったけれど、中身がなくなっていたらそれもなんだったんだ?ってことになる。
よし、爆発には無縁な布にしよう。機織りの村で既存のものを説明するために取り揃えた布たち。説明を終え用無しだったけど、使い道もなかなかなくて収納ポケットの肥やしになっていたものだ。大量にあるから、この木箱にちょうどいい。
えい!
音がした→木箱が壊れている→中身はある。
なぜかわからないけど木箱が壊れた。中身は布だ。セローリア家と話し合い、どちらもそう被害がなければ、ただの話し合いで片はつくだろう。
アダムとブライがふたりずつ抱え、ロビ兄がイグアナと卵の木箱。エリンとノエルは卵を抱えている。
「お遣いさま、リディア嬢を頼みます」
わふっ。
アダムに言われて、もふさまが返事する。
「音? 俺は聞こえなかったぞ」
わたしたちが降りてきた階段の方から声がする。
アダムが逆方向に向かって走り出す。みんなそれについていく。
『リディア、いくぞ』
わたしもみんなの後を追った。
わたしだけ荷物は持っていないのに、差が開いていく。
それにどんだけ広いのよ、この船。
心臓がバクバクして、もう走れない。
『リディア、そこは見える、こっちへ来い』
ひとつ先のレーン側に入って座り込む。
む、無理。もう走れない。
『我が大きくなれば目立つし、何かしたとわかってしまう』
その通りだ。もふさまに大きくなって運んでもらったらバレちゃう。
探索でなんとかやり過ごすしか……。
わたしは四つん這いのまま、わたしたちが降りてきたのとは反対方向、そしてロビ兄たちが降りてきた階段になる方を目指した。
え。あれ?
そ、そうだ。お客さんの下船が終われば、次は荷下ろし。
船員さんたちが積み荷のある地下に集まってくるのは当然だ。
探索ではいっぱいの点がどっちの階段からも降りて来るところだ。
そのうえ、船の側面が荷の出入り口になる推察は大正解だったようで、桟橋の側面にも人が集まり始めている。
サイレン音。
な、何?
今まで壁だったところの上の方から光が漏れる。
ひょっとして、そこが出入り口で、今開こうとしてる??
ど、ど、ど、ど、どうしよう。
探索で逃げようったって、この人数からみつからないようには無理だ。
もふさまのため息。
『リディア』
わたしは追い詰められ、情けない顔をしていたと思う。
『トカゲになれ』