第107話 ホリーさんとハリーさんのお礼
「リー」
「リー」
ライオンサイズのもふさまに抱きついてお昼寝していると、双子から起こされた。
「んー?」
目を擦って開けると、左右の手を双子に引っ張られる。
「ホリーさんが来た」
「馬車にいっぱい商品のせて」
「早く、庭に!」
交互に言う、双子の目がキラキラしてる。
もふさまにのせていた足を下ろして、ベッドから降りる。起きたてはふらふらする。双子を追いかけて走り出そうとして、もふさまに首の後ろのところを引っ張り上げられた。転びそうになっていたんだ。
「ありがと」
もふさまはわたしを離すとしゅるると小さくなった。
まだ走るのはおぼつかないので、気持ち早く歩く。
ドアを開けると、庭と外に合わせて3台の幌馬車が止まっていた。
姿勢のいい後ろ姿。
「ホリーさん!」
わたしは駆け出す。
くるっと振り返ったのはホリーさんだ。
ホリーさんと話していたのが母さまだと知り、わたしはストップした。
お昼寝でシワのついてしまったワンピースをできる限り上品につまんでお嬢さまの挨拶をする。
「ご機嫌よう、ホリーさん。また、お会いできて嬉しい、です」
「ご機嫌よう、小さなレディー。また一段とかわいくなられましたね」
なんでだろう、社交辞令なのはわかっているが、素直に嬉しくなる。
「ご機嫌よう」
後ろからぴょこっと顔を出したのはハリーさんだ。
「ハリーさん! わー、ふたりとも、来てくださった、ですね。嬉しい!」
「領主さまに許可をいただいたところです。これからシュタイン領とも取引をしたいとね」
そっか、それでこの大所帯。
ひよ ひよ
ん?
なんか聞こえる。
タタっと回り込む。
兄さまと双子が幌馬車を覗き込んでいた。
兄さまが気づいて、おいでおいでと手の合図。
わたしが行くと、兄さまが抱き上げてくれた。幌馬車の中の小さなカゴの中にいたのは黄色いほわほわの毛玉。
ひよこ?
「コッコの雛です」
細い目をますます細くしてホリーさんは微笑む。
「リディアお嬢さまは動物がお好きだと聞いたので、贈り物をコッコにしました。オスとメスが3羽ずついます。大きくなったら、殻が白いものと青い卵を産みます。白いものは無精卵で食べることができ、殻が青いものは雛に孵ります。あっという間にコッコ が増えます。領主さまに相談して、承諾いただいていますから、かわいがってあげてくださいね」
!
「触っていい?」
ホリーさんはカゴを取り出して、下におろしてくれた。
兄さまたちと覗き込み、ひよひよ鳴いて、口を開けてくる生き物にそっと手を伸ばす。
ふわふわだ!
餌をもらっていた名残か、上に手を出すと一斉に鳴き声を張り上げ、口を大きく開け、羽をバタバタさせる。かわいいーーーーーー。
「鳥小屋、作らなきゃ」
すくっと立ち上がると
「リディー、土魔法でアランとロビンにやってもらいなさい」
父さまに先回りされる。そうだ、わたし土属性はないことになってるんだっけ。
「アラ兄、ロビ兄!」
ふたりは頷いてくれた。6羽のひよこはぴょんとカゴを飛び越え、地面に着地し、コケる。どこか自分を見ているようだ。
ひよひよ鳴きながら、もふさまの体の下に入り込もうとする。
『な、なんだ。我は親ではないぞ』
もふさまは戸惑って逃げるが、ひよひよ、ひよひよいいながらもふさまの下に入ろうとする。
なんだ、羨ましいぞ。
畑のすぐ近くに鳥小屋は作られた。でももうちょっと大きくなるまでは部屋で暮らすことになるかも。もふさまについて離れないよ。
「ホリーさん、ハリーさん、ありがと。すっごく、嬉しい!」
「よかったです」
今日はホリーさんとハリーさんはウチに泊まってもらい、あとの商会の方たちは先にシュタイン領に向かうという。明日はシュタイン領で取引の話を進めるようだ。
ホリーさんには、いっぱいプレゼンするものがある!
ホリーさんたちはおじいさまたちと挨拶できなかったことを残念がり、アルノルトさんとピドリナさんを紹介すると、積極的に挨拶してくれた。
ひよこたちは、もふさまの後ろを離れないので、もふさまに任せた。もふさまを先頭にひよひよ、ひよひよ後を追ってくる。家の中にもそうやって入ってきて、ピドリナさんがもふさまが上に乗れそうなカゴを置くと、もふさまはそこに座り、ひよこたちは同じようにカゴに乗りこみ、もふさまに体を寄せた。
いいなー。
兄さまも双子も、わたしと一緒にもふさまの前を陣取って、ひよこに手を伸ばす。
まずはウエルカムティー。ピドリナさんが運んできたのはビワンの葉のお茶だ。
「これは魔の含蓄量がすごいですねー。どちらで買われたんですか?」
ハリーさんは一口飲んでほおーっと息をついた。
「ま、魔の含蓄量がすごいんですか?」
「ハリーさん、飲んで魔が入ってるとかわかるの?」
父さまとロビ兄が同時に尋ねる。
「古代の遺物を研究しているうちに、身についてきたみたいで、魔が通ったものはわかるようになってきました」
へー、そういうこともあるんだ。
「このビワンの葉は庭の木からとってきて、フランツが生活魔法で乾かし砕いています」
父さまがいうと、ハリーさんは目をパチパチさせた。
「フランツ君は魔力が高いんですね。それに土地にこんなに魔力が宿っているとは」
「……土地に魔力、ですか?」
父さまが尋ねた。
「ええ、フランツ君が魔法で手を入れただけでなく、葉っぱ自体に魔力が含まれていますからね。世界には魔素が溢れていて微量ながら全てに魔素は含まれますが、これは魔力になっています。この地に誰かが魔を付与したんじゃないかな。それぐらいの高い魔力を感じます」
ハリーさんはニコッと笑った。
ハリーさんも只者ではなかった。
「他言無用に願いますが、実は庭に不可思議なことが起こっていて困惑していたんです」
父さまは庭についてもバラすことにしたようだ。
「不可思議ですか?」
「困惑?」
ホリーさんとハリーさんが同時に言った。
「登録者以外には庭に目眩しをかけているのですが……、見てみますか?」
父さまがいうと、ふたりは頷く。
アルノルトさんが動いたから、ふたりにも庭の状態を見えるようにしたんだろう。
「来る時、庭、どう見えた?」
わたしは不思議だった。わたしには、草は青々として見えるし、同じ畑スペースで、実る季節が違うものも、収穫できる状態で常にスタンバッていると〝見える〟。これがどう見えているんだろう。
「気に留めていませんでした。普通の庭だったと思いますが」
ハリーさんが言って、ホリーさんが頷いている。
ドアを開け、外に出て、目を大きく見開いた。
「違く、見える?」
「特に記憶していませんが、土が見えていたと思います。夏前のように青々としていますね。それに、畑? あ、あんなに実っているんですか?」
吸い寄せられるように、ふたりは畑に近づき、声をあげる。
「トマトンとカボッチャが同時に」
「……収穫どきですね」
顔が引きつっている。
父さまは家の中へとふたりを促した。
「この家を買う時に、前の持ち主が〝魔使い〟だったと聞いたんです。そのためか破格だったので、こちらを購入しました」
「それはすごい買い物をされましたね」
「何か残っていたのですか?」
目を輝かせてハリーさんがいう。父さまは首を横に振った。すると明らかに落胆している。古代のもの好きなんだもんね。1200年前の本とか大喜びするだろうな、見せられたら。
ピドリナさんがレモンのパウンドケーキを持ってきてくれた。レモンピールを作って入れ込んで焼いた、爽やかでありながらどっしり甘いケーキだ。
一口食べて、ふたりは言葉をなくす。ハリーさんは無心に、ホリーさんは吟味するように無言で食べた。
「とてもおいしかったです。こちらは売り出すのですか?」
わたしは父さまと顔を見合わせた。