第1065話 放課後の影絵㉓第三王子の賭け
「まさか!」
殿下は憤る。
「私はこの会に賭けているのです! 世界の終焉の話を聞き、身が震えました。この会の参加して不安が軽くなったというのを聞いて、私は歓喜しました。きっと私の不安も軽くなるだろうと。
けれど、聞いていると不安になるばかりです。
終焉の何にシュタイン家が関係しているのです?」
「やはりお前はシュタイン家の回し者じゃないのか?」
またまたホーキンスさんが声を荒げる。
「私の何を調べてくださってもいいですよ。私はシュタイン家となんの関わりもありません。
世界の終焉に本当にシュタイン家が関係するなら、捕らえるでもなんでもするべきです。でもそうもしない。シュタイン家令嬢の悪事を晒すと徳を積める。新しい世界でよく生きれるというが、そこら辺ははっきりしていない。
今日の告白でも後づけのようにシュタイン家の家名が出るだけ。それは徳を積むために家名を出しているだけですか?
誰かその答えを知っている方はいませんか? もっと深く教えてくださる方はいませんか?」
ふと俯いた人がいた。最初の告白者を支えた男性だ。線の細い若い男性。
「それは集会への貢献度が高くなり、位が青以上になれば、もっと教えていただける会へと参加できるようですよ」
線の細い男性は柔らかい口調でバンプー殿下にそう言った。
「あ、この男がカドハタ嬢の婚約者のヤコブ・ミューエだ」
ロサが教えてくれた。
この人が……。
それ以上の情報はナシ。
「後づけとはどうしてそう思われたんですか?」
同じ柔らかい口調でミューエ氏が殿下に尋ねる。
「まず、最初の告白者。
クレソン商会に勤めていたなら、そこで死者はいない。ペネロペ裁判の参考人として出た、元クレソン商会代表の調べに付随してあった資料を見たから確かだ」
バンプー殿下はハキハキと続ける。
「亡くなった人はいないはずなのに、それもありもしなかった毒薬で亡くなったというからおかしいと思ったのだ。ペネロペ裁判では、その毒について精査され、それもクレソン側がありもしないことに根深く食いついていたということが、裁判で証明された」
人々が息をのんでいる。
「……なぜシュタイン家の関係する裁判に、そこまで詳しんですか?」
「調べたからに決まっている。私の方が尋ねたい。シュタイン家が終焉に関わるほどの悪なら、それがどんなことで何を指すか、調べるのが当たり前。
シュタイン家と関わりがないため、外側からわかること、そういった裁判の記録などから探るしかないだろう?
ここにいる者は、終焉の先の世界を望む者ではないのか?
それならなぜ調べない? その方が私は不思議だ」
「そ、それでは2番目の少女たちの話はどうだ?」
これにはケチはつけられまいと言いたげに、ホーキンスさんが通る声で尋ねる。
「事実として受け止めようとしているが、矛盾点がいくつも。
君たちの身の上に起きた不幸は気の毒だと思う。けれど、平民落ちしたのはなぜだ?」
「それはシュタイン家に目をつけられたから!」
可愛い声でアニーが叫んだ。
「目をつけられたぐらいで、平民落ちはしない。目をつけられたことは気の毒だが、ご両親は罠にハマったりなんだりしたんだとしても〝何か〟をしたんだ」
「あんた、自分の親がそうなっても、同じこと言える?」
「あってはならないことだが、2年前そうなりそうになっていたことを知った。
もしそうなっていたら、私も罰を受け親と一緒に死んだことだろう」
殿下がそう言ったとき、会場の温度は2度下がったんじゃないかと思う。
この集会は外側から見ると〝てれんてれん〟としてる。
現実に向き合いたくない。だから日常を刺激してくるような、そんな非日常の集まりを楽しんでいるような……。
終焉だのなんだの言ってるわりに、思い詰めた感はあまりない。
告白者が言っているうちに感情が昂っている、ぐらいに思えた。
そこに〝ガチ〟がきた。本気で向き合っている人に疑問を投げかけられ、冷水を浴びせられたように感じたのではないだろうか?
そしてあのやってきた者が場違いなのではなく、今まで向き合ってない自分が場違いなのではと思えたのでは?
ここはそういう場で、世界の終焉の先に行きたい者たちの集まり。
自分は終焉を本当になると思っていただろうか?
ーーいいや、どちらでもいいと思っていた。終焉にならないなら、非日常の空間に身を置いただけ。
もし終焉が来るなら、ここで徳を積んでおけば困ることはない。
そんな安易な考えではなかったか?
それはわたしが思ったことだけど、当たってるんじゃないかと思えるぐらいには、みんなの顔が青ざめていた。
「私はそれから、兄が情勢に気を配るのを真似てみた。もし親が間違ったことをしたら、それは違うと申し上げるつもりだ。あなたがたは聞いたのか? どうして平民に落ちたのか。どこでどうして目をつけられ、それにどうやって争ったからそんなことが起きたのか?」
アニーが一歩下がる。
「あなたの足が悪くなったのは、恐らく栄養不足だ。全く食べられなくなったならともかく、着るものの様子からわかる。平民としての生活は保てたはずだ。貴族の食事と平民の食事は違うと聞く。あなたは慣れない平民の食事を食べられなかっただけなのでは?
推測で言っていますが、双子でもあなたの手は水仕事をしたこともない貴族令嬢の手。もう一人のあなたの手は生活を大切にしている人の手だ。家族の生活するための家事を一人で背負っているのでは?」
バンプー殿下はこの空間の支配者だった。
元々この会の参加者は頭を使っている様子ではなかった。ただ参加して話を聞き、その上っ面の話通りを楽しみ、グラスを重ね、非日常を味わっていた。
バンプー殿下の話も突っ込みどころはあると思うけど、誰も突っ込めないようだ。