第1062話 放課後の影絵⑳確認せよ
翌々日、朝も早よから木漏れ日の間にて、わたしたちはクラリベルが撮った映像を見ていた。
「いた!」
「どれ?」
「ほら、柱の横右側」
「確かに背はそれぐらいかもしれないけど」
「ほら、今髪が!」
「ああ、確かに金髪だった」
みんなして目を合わせ盛大にため息をつく。
まさかとも思いながら、未だ帰られてないわけで。
やはり、バンプー殿下が拐われたか、捕らえられたのは事実のようだ。
「あの馬鹿!」
ロサが堪えきれないように言って、隣でアダムも握り拳を固めている。
昨日の集会。まだわかっていないことも多いので、泳がせておくはずだった。それが夜になってもバンプー殿下がみつからないと連絡が。
午後の授業は具合が悪くて保健室に行ったとされていた。護衛にも眠りたいから下がっておけ、下校時刻に迎えにきてくれと言われ、保健室から離れた。
15分後、気分がよくなったから教室に戻ると殿下。保健医は護衛を呼ぶと言ったけれど断られ「学園内で授業に行くだけ、何が問題だ」と叱咤される。殿下はそのまま外に。
護衛は下校時に迎えにきて、保健医からすぐにここを出たと知らされる。学園内、寮、それから殿下が行きそうなところを探したけれど、どこにもいらっしゃらない。
殿下を見なかったかと生徒に聞いてまわり、辻馬車に乗り込んだところを見た者がいた。
辻馬車をかたっぱしから探していき、殿下らしい生徒をのせた馬車がみつかり、集会所の近くで降りたことがわかった。殿下はロサと同じまとめ役なので、〝王族の裏切り者〟以外の情報は知っていた。
殿下が集会に行ったのがわかったのは、ホーキンスさんが見たからだ。平民の装いをしていたけれど(制服は着替えたみたい)身きれいで品のいい子供が突っかかっていた。自分以外のスパイを忍ばせたか?という問い合わせが。
その日の集会の告白者に、帰り際、迫って何か言い争い、突っかかる子供が捉えられたらしい。
バンプー殿下は今もって行方不明。ただ今は騒ぐとまずいと、その件は伏せている。
そしてクラリベルから集会の映像を受け取り、集会に行き突っかかり捕らえられて帰ってこないのはバンプー殿下と同一人物かを検証することになった。
バンプー殿下らしき人を映像で見つけた。
「最初から最後までみよう」
ロサの抑えた声。さっきは馬車の中の場面を飛ばして、会場にバンプー殿下がいるかをまず探したのだ。
簡素なワンピースの3人。馬車に乗るところから映像は始まる。
馬車の中の空気は最悪。気まずさが画面いっぱいに溢れている。
「今日こそは家名を言うのよ、わかっているわね?」
「「はい」」
しおらしくニーナ嬢とクラリベルは答える。
顔色の悪いニーナ嬢は沈黙に耐えきれなくなったのか、会話を試みる。
「もうすぐ正式にご婚約なんですよね、おめでとうございます」
正式にはこれからなのか。
ニーナ嬢に少し遅れてクラリベルも祝いの言葉を告げる。
「おめでとうございます」
「なにそれ? 勝ったつもり?」
?
クラリベルも意味が分からないらしく眉根が寄った。
「どういう意味ですか?」
「あなたは平民にしては顔立ちがいいから珍しくて、ナギー先輩がちょっかいを出しているだけ。本気にしたら笑いものよ」
ナギー先輩??
「演劇部、4年生が先輩と呼ぶのだから、5Bのナギー・ブーチェか」
ダニエルが教えてくれる。
その人がクラリベルにちょっかいを?
「ちょっかいって……?」
ニーナ嬢がクラリベルを窺う。
「それってこの間、ナギー先輩と舞台を観に行ったことを指してます?」
クラリベルがハキハキと尋ね返す。
「「行ったの??」」
カドハタ嬢とニーナ嬢の言葉が揃う。
「ご家族が急に行けなくなったとかで、チケットが無駄になるから、平民の私に気を使ってくださったんです。他の方を誘ったら失礼にあたるのでしょう? 私もチケットが無駄になるのは悲しいし、実際舞台を観に行ける金銭的余裕はないからありがたく行きました。けれど、それだけです」
ニーナ嬢は好奇心って感じだけど、カドハタ嬢は明らかに嫉妬、よね。
でもカドハタ嬢って婚約者いるのよね?
「わかってるならいいのよ。ちょっとばかり見目がいいだけなんだから!」
カドハタ嬢の目には嫌な光が宿っている。
「卑しいったらないわよね。たかが小銭のために、大勢の前で友達を悪く言えるんだから。平民ってだから嫌なのよね」
!
断れないよう追い込んでおいて。
クラリベルが演じるのは報酬のためなんかじゃないのに。
サインをしてしまって。その後に配られた台本。そこから覆せるわけない。
わたしのところに、シュタイン家を悪く言う芝居をすることになったって言いにきた時も、覚悟を決めるまでに、クラリベルが辛かったのは表情で見て取れた。
わふん!
もふさまの鳴き声で、気が削がれる。
痛いと思ったら掌に爪の跡が深く傷になっていた。
「先輩は私とリディアが仲の良いことを知っていて、この話をもってきたんですよね? どちらが卑しいのかしら」
よく言った!
と思った時には、カドハタ嬢がクラリベルの頬を打っていた。
「あなた生意気なのよ!」
もう1発とばかりに手をあげたカドハタ嬢の手首をニーナ嬢が掴んだ。
「イライザに酷いことしないで!」
そういって、その持った手首に噛みついた。
「きゃーーーっ」
悲鳴をあげるカドハタ嬢。
「なにをするの!」
カドハタ嬢はニーナ嬢を払った。払われた彼女をクラリベルが受け止める。
「イライザに酷いことをするなら、集会に無理やり連れてこられてるって言ってやるから!」
ニーナ嬢のその目は本気だった。
芝居に入っているというより、クラリベルを双子の片割れのイライザと思っているという感じ。
ニーナ嬢の異常さでカドハタ嬢が正気に戻った感じ。
「……どこもかしこも、なんだかおかしなことになってるな」
イザークの呟きは、みんなが心の中で思っていたことだと思う。
3人が三様の思いで視線を合わせた時、馬車が止まる。
カドハタ嬢は白い布をふたりに渡し、自分も布を被りさっさと馬車を降りた。
その後をニーナ嬢、クラリベルが続く。