第1061話 放課後の影絵⑲コンタクト
と、アリがリュックから出てきた。ドアの方をじっと見つめる。
アリたちの出入り口が不意にあがって、アリと瓜二つのクイが現れた。
「クイ」
クイはわたしの胸に飛び込んできた。
「久しぶりね。元気そうでよかった。ベアも元気?」
『もちろん』
わたしに全身を撫でさせてから、もふさまに挨拶し、アリとも鼻をつけあって挨拶してる。
「ここまで来るの大変だったでしょ?」
普通なら寮間の移動だもの。クラリベルはどこからか聞いて、わたしが王都の家にいるって知っているかもしれないけど、クイが手紙を運んでいるとは知らないから、わたしがどこどこにいるはずなんて言ったりしないだろうし。
『匂いと魔力があれば辿れるよ。はい、これ声の大きいやつからだ』
と少し丸まって、どこからかメモ用紙を出してきた。
クラリベルからだ!
Rへ
次が決まりました。
連れてってもらうので、場所はわからないけれど、今までのより大規模なものだそう。
部屋の隅にいる人にも声が届くように、大きな声で堂々とするつもりよ。
そこで家名を言うことになるわ。
双子の片割れの様子が少しおかしいの。現実と演技の区別がついてないんじゃないかと思える時がある。
彼女のおうちのことだから黙っていたけれど、彼女、おうちのことで心配事があったの。悩んでいて、その原因は自分が不甲斐ないからだと思っていて、それで伯爵家の方と親しくなったり、上の貴族から任せてもらうような間柄になれば、お父上の考えも変わると思っていたみたいなの。でもそううまくいかなくて、なんだか演じてることに逃げているような、囚われているようなそんな気がして。
先輩は日に日に凶暴になっていくわ。昨日なんか練習中に2回も打たれた。
他の先輩もさすがにおかしいって言い始めたわ。
そんなところよ。
C
クラリベル。誰かに読まれても、なんのことだかわからないように隠して書いてくれてる。
今までのより大きな集会か。うちの家名も出るのね。
決定打は掴めてないから、まだ取り締まらないのかな?
ニーナ嬢は家庭の事情を抱えていたのね。
そういえばお父上のブルンツェワ男爵は、ロサの事業の砂糖の流通を狙っていたのよね。そのことと何か関係しているのかな?
ニーナ嬢も〝何か〟に染まっている気がする。彼女を先に払って上げて欲しいな。切羽詰まってる感じがするから。
でも兄さまは決して魔力が少なくないのに。その兄さまが枯れてしまうほどの魔力がいる……。
あれ、家宝を使うには魔力がいる……ってことは。だったら、わたしのプラスが少しは助けになるかもしれない。
カドハタ嬢は凶暴になっていくって……彼女も何かの力に触れているのかしら? 心配ね。
『どうだ、役にたったか?』
「うん、とっても。ありがとね。……クラリベルは辛そうじゃない?」
クイに尋ねる。
『声の大きいやつは時々泣きそうにしてる。似てるやつと、センパイが臭いからだ』
「似てるやつと先輩が臭い?」
似てるってのはニーナ嬢で、先輩はカドハタ嬢だろうな。
そのふたりが臭い? ん? 臭くて泣きそうになる……そんなひどいの??
あれ、でもクラリベルより魔物であるクイやベアの方が匂いに敏感なんじゃない?
「クイやベアは大丈夫なの?」
『鼻が曲がりそうだ』
えーーー、魔物にそこまで言われる臭さって。
『どんな匂いなのだ?』
もふさまが真剣な口調だ。
『腐った魔力でも、瘴気でもない。淀んだ……病気を詰め込んだような匂い』
え? それって。
「臭いってクイたちが感じてること?」
と尋ねると、クイはとても大切なことのように大きく頷いた。
魔物が感じる淀んだような匂いか。ふたりから……。
クラリベルは時々泣きそうで。クイとベアはそれが臭いからだと思ってるってことね。
「クイ、ふたり以外からもその匂いがしていたら教えてくれる?」
『いいぞ』
真っ黒のくりっとした目で、まかしておけと胸を叩いた。
ベアには蜜のケーキ、クイには温泉卵をお土産に渡す。
クイは大きい声のところに戻ると言って、出て行ってしまった。
クラリベルからもらった情報を兄さまを抜かしたみんなに飛ばした。
みんなからすぐに返信が届き、アダムからはフォンがくる。
まずわたしの体調を心配してくれた。
大丈夫とは言ったし、兄さまからもう平気だと聞いたみたいだけどね。
アダムはマハリス男爵弟家族のわかったことを伝えるためにフォンをしたと言った。他のみんなには伝え済みだそうだ。
「亡くなった弟ぎみは、当時30歳、マージ。夫人が25歳でクレア。長女5歳ネリー、長男4歳ユルゲン。行方不明の残った家族、現在夫人は35歳。長女のネリーは15歳で、長男のユルゲンは14歳だ。首謀者の中に誰かしらいるはずだ」
マハリス男爵弟ぎみの家族が企てたことなら、それもまた悲しいことだけど、アンチを増殖されても困るし。だからやっぱり対峙するべきだと思う。
お大事にと声をかけてもらい、フォンをきる。
そしてアリとも話をして思い出した。
精霊! トカゲなら精霊と話せたのに。
わたしがリュックから精霊を取り出すと、もふさまが不思議そうだ。
『リディア、どうした?』
あ、そっか。気絶したりなんだりで、もふさまに言ってなかった。
「トカゲだと精霊の言ってることがわかったの!」
『なんだと?』
「精霊はわたしたちの話すことはわかっていて、わたしたちに話しかけたけど誰も反応しなかったって」
目の前の透明のピンポン球の中で、精霊はたゆられている。
「こっちの言ってることはわかってる。トカゲになると戻るのが大変だからしばらくは話せないけど、Yes、Noのコミュニケーションは取れるはず。
精霊さん、今度トカゲになってゆっくり話すから。それまでは、はい、Yesなら頷いて、いいえ、Noなら首を横に振って。いいかな?」
精霊は水の玉の中で宙返りして、こちらをチラチラ何度かみてから、微かに首をコクンとした。
やったー!
とりあえず、精霊ともコンタクト成功!