第1055話 放課後の影絵⑬寝る前に
それからわたしたちは奔走した。
毎日やることがいっぱいで、学期末の試験勉強をする余裕もない。迫ってきているというのに。
と、思えば。このテストが終わり試験休みを挟んだら、ロサたちは卒業してしまうんだと気づいて、落ち着かない不安な気持ちになった。
アダムは終焉のことが終わるまでは王都にいるような口ぶりだったけど、今期で学園は辞めると言っていた。
……みんなに頼りきっていたんだな。こんな不安になるなんて。
『どうした、リディア』
「試験勉強してないことを思い出した」
もう一度机に向かおうとすれば、もふさまとアリから怒られる。
わたしは寝不足になると体調を崩すから、眠る時間だけは削るなと言われてしまう。その通りなんだけど。
ベッドに入り直す。目を閉じてみたけれど、心がざわざわしている。
奔走した甲斐があり、情報は集まってきている。
集会に参加した人たちを探れたのは大きかった。
ただ繋がりはまだ見えていない。
集会の乾杯をする人たち、これは一般的に下級と呼ばれる貴族の人たちが多かった。それか裕福な商人のような平民。集会に参加する以外は特に変わりあるとこはなく過ごしている。
集会でグレーン酒を配ったりする人。これは〝青〟以上の位になった人の持ち回りで、もっと上の人がグレーン酒を用意して集会の前に持ち込まれているようだった。すべて用意されていて、役目を与えられた人が全うしている感じ。
グレーン酒や布などは集会の始まる1時間前に、配達業者から届けられる。
告白する人たちは主に平民。クラリベルたちのように演技させられているのか、本当にあったことを言っているのかはわからない。
グレーン酒をあたったところ、グレーン酒には他の成分は見あたらなかった。てっきり何か出てくると思っていたので、そこも痛かった。
配達業者に届くグレーン酒もその時に売られているものらしく、銘柄とか作り手とか無作為に選ばれていると思えるそうだ。
みんなのかぶる白い布、アサネリヤはどこから得ているかはまだわかっていない。
クラリベルたちに演技を強要しているリン・カドハタ。カドハタ家には怪しい動きはなく、リン嬢の急に決まった婚約者ヤコブ・ミューエがもちかけてきたのではないかと思われている。その婚約者のことは調べている途中。というのも、ミューエ家自体の情報が薄かった。
情報は集まってきているものの、取締るような悪事が出てきていないというのが現状だ。
別に集会を開くのは悪いことじゃないからね。同じ空き家を使っていたら、不法侵入だと訴えるだろうけど、毎回場所が違うから。家主も過去に一度使われていただけのことを訴えたって、ただ集会をしたぐらいならそこまでの罰にならない。となれば訴える労力の方が大きくなる。とくれば当然そんな訴えはしない。
わたしたちも今引っ張っても、何も出てくることはないから何もできない。
リノさまの方は。
リノさまの実家へロクスバーク商会から送られたグレーン酒、こちらも何も問題なかった。おかしいのは時間軸だけ。
リノさま宅に御用達商会が行った日は、エリンの婚約の手紙が届く前だった。
当事者であるウチに手紙が届く前に、ウチはエリンとバンプー殿下の婚約を断ったことになっていて。その理由も姉妹で敵対する王族に嫁ぐのは嫌だから。わたしがロサに未練があるから、と公爵さまに告げたみたいだからね。そこは踏み込めるところだ。だけど、それだけじゃ弱い。これじゃあただ悪意あることをセローリア公爵家に吹き込んだに過ぎない。
そしてもう一つの理由は、ロクスバークは第四夫人が懇意にしている商会だ。2年前謀反事件があった時、第四夫人は怪しい動きをしていた。バンプー殿下を王太子にするために資金集めに力を入れていた。そのブレーンになってくれたのがデュボスト伯で、伯爵が懇意にしている商会にずいぶん投資したようだ。陛下の怒りをかった商会は結局つぶされ、デュボスト伯は中央から飛ばされたそうだ。
第四夫人は実家と共に資金不足。それに手を差し伸べたのが第二夫人。ロサのお母さま。自分が目をかけていた商会のひとつを紹介した。それがロクスバーク商会だった。ロサも調べて驚いていた。
ロクスバーク商会は今は第二夫人より第四夫人にべったりだそうだ。
なぜうちとセローリア家を仲違いさせようとする発言をしたのかはわからないけれど、王族の裏切り者に関係している危険性があるので、今は泳がせている。
リノさまは気丈に過ごされている。
わたしへの襲撃?騒動で胸を痛めているそうだ。
謹慎処分の生徒たちに生徒会が調書を行った。
みんな一様にリノさまを心配されていて、わたしの悪行で苦しまれるのはわかっているといきり立っているそうだ。わたしの悪行とはなんだというと、……わたしは彼女たちの彼や婚約者を奪いまくったことになっている。
刃物を持っていた退園となったレヴィ家の令嬢は、わたしに婚約者を奪われ、リノさまもきっと同じ目にあうと泣いたそうだ。
ギョッとしたのは同席していたレヴィ家の当主のお父さん。
「婚約者……お前は何を言っている?」と困惑。
どいつだ? どいつとお前がいつ婚約などしたのだ? そのうえ婚約者を奪われたとはどういうことだ?と逆上。
当主の知らないところで、インガ・レヴィ嬢はナ・フィリップ男爵家次男と婚約し破棄されたと思い込んでいた。
すぐにレヴィ家当主が調べたがフィリップ家の次男はシム氏22歳。すでに婚姻していることが判明。当然あちらも困惑。レヴィ家との婚約とは何のことだ?と。うちには13歳の女性対象になるような男子はいない。誰かがフィリップ家を名乗ってとも思われたが、令嬢を問い詰めると、容姿やら年齢やら、どこでいつ会った、奪われた経緯など具体的にどんな状況でと質問を続ければ、答えはあやふやになっていき、令嬢もわけがわからないとパニックになり、でも私はシュタイン嬢に婚約者を奪われたの!と部屋に閉じこもったという。
出会ったのも婚約したのも、そして奪われたのも時期が全部一緒。令嬢の妄想としか思えないという。
当主は娘がこんなに病んでいたとはと、真っ青になったそうだ。
あー、思い出したら疲れてきた。もふさまたちの言うことを聞いてベッドに入ったのは正解だ。
もう考え事してないで早く寝よう。頑張って寝よう、と目を閉じた時だった。
スキル 呪詛回避・発動ーー
頭に声が響いた。
え? 視界が赤く染まっていく。
精神体への攻撃を回避するため、変化の尻尾切りが施行されました。
え。