第1054話 放課後の影絵⑫粘り気と行動力
お開きにして移動すると、玄関先でロサとアダムに青い鳥が舞い込んできた。
ふたりは鳥から封筒になった封を開けて怪訝な顔をする。
「君、今日、女生徒に襲われた?」
え?
あ、そんなこと、あったなぁ。
ロビ兄と目が合う。
いろいろありすぎて遠い昔のような気がするけど。
「襲われたって?」
いたっ。
兄さまに手首を掴まれる。
もふさまが軽く吠えて、兄さまがハッとする。
「ごめん」
手が離れる。
「大丈夫」
「けれど、どういうこと?」
「ひとり退園。他の6人は今期謹慎となった」
ロサが手紙に目をやりながら教えてくれた。
今期ということは試験を受けられないということだ。
けっこう重たい処分。
ロサは生徒会長だから学園からそういう連絡が入るのはわかるけど。
アダムも連絡がきてるの?
あ、兄さまが静かに怒りを蓄えている。
わたしは慌てて言い募った。
「何もなかったのよ。いきなり女生徒の団体が前から来て、もふさまが悪意があるって教えてくれたの。少し話したらリノさまを盾にしての団体ってわかって。ひとりが刃物を持っているのがわかったから、わざと魔法を使って防御した。
魔力感知で警備兵とヒンデルマン先生が現れて、なぜ魔法を使ったか聞かれたので説明した。録音していたからそれも提出して。先生が女生徒たちを連れて行った。
その時ちょうどロビ兄が迎えに来てくれて。後輩たちには知られたくないからその場では話さず。寮についたら呼び出されたでしょ?」
それで〝イマココ〟と状況を説明。
「セローリア嬢を盾にした団体が動き出したってことか?」
イザークが腕を組んだ。わたしは首を傾げる。
「どうだろう? 刃物を持ってる子はいたけど、その他の子は難癖つけてくるだけだったし。刃物もあの場では出されなかったし。
でも、あの時わたしが保健室にいて、人とは一緒にいないのを知っていて、待ち伏せていたと思うから、それぐらいの粘り気と行動力」
「ね、粘り気って」
ルシオが嫌そうな顔をしている。
「刃物を持ってたのは誰?」
「インガ・レヴィ。2年A組」
尋ねたダニエルはちょっと考え込んでいる。
「ロサ、このことを知ったらリノさまは自分を責めると思うんだ。リノさまは悪くないって思えるように慰めてあげてね」
ロサはふっと苦く笑う。
「何気に難易度の高い要求だな」
「レヴィ家はそこまでセローリア家に傾倒してたかな?」
ダニエルはそこが納得いかないみたい。
「純粋なファンなのかも。あなたなんか、リノお姉さまに勝てることなんてひとつもないって憤ってたから」
「それで刃物を?」
理解できないというようにイザークが目を細める。
「ねぇ、みんな、エリンだかわたしが王宮に入るみたいな噂聞いた?」
「エトワール嬢がバンプー殿下に請われているというのは聞いたけど、打ち消すように断ったって聞こえてきたよ」
やっぱり、そうだよね。
「リノさまから聞いた時も不思議だった。
エリンにオファーがあったのは確かだけど、そこまでなのよね。それがなぜ、わたしも組み込んだ話になっていくのかわからないのよ。それにそう噂にもなってないのに、レヴィ嬢たちはどうして信じてるの?」
「先導者がいるってこと?」
導き出したルシオに同意。やっぱりそう思うよね?
だとしたら、その辺りから探っていけそうだ。
「リノ嬢が直接、君に伝えたいと言っていたのだが、その前に何かあったら伝えて欲しいと言われていた」
リノさまが? とロサを見上げる。
「リディア嬢と協定を結んだ後、彼女はすぐにシュタイン家とのことを口にしてきた令嬢たちをリストアップした。そしてお父上の公爵さまとしっかりと話をしたそうだ。噂でリディア嬢との関係をどう流されようが、自分が解決するから見守っていてくれと。絶対にシュタイン領にも何もかも、手を出してくれるなと。公爵さまを頷かせたそうだ」
真っ向からいったのか、リノさま。真っ直ぐさはロサといい勝負だね。お似合いだ。
「公爵さまはその時話してくれたそうだ。リノ嬢がリディア嬢の側室話はどこから聞いたと尋ねると……」
ロサがリノさまから聞いたことを教えてくれた。
公爵さまがその噂話を聞いたのは、王室御用達の商会からだった。
夫人たちがそれぞれ懇意にしている商会がある。それらは王室御用達という名誉あるキャッチコピーをもらっている。
で、その王族が気に入った貴族やお礼などするとき、その商会に〇〇を送ってとか、このラインナップから選んでもらってとか命を受ける時がある。
今回もその習わしで〝王室〟から第二王子殿下婚約者の実家に〝春〟の祝いにとやってきた商会だった。
これは王室からの季節の挨拶、お中元みたいなもの。受け取り、商会の人たちを労うことが王室への感謝を表すことになる。
なので当然公爵さまも商人たちを労った。日があるうちだったけれど、お酒と食事でもてなした。2つの商会は老舗だったけれど、ひとつは王族御用達になり2年目。第四夫人、つまりバンプー殿下のお母さまが贔屓にしている商会だった。
それがロクスバーク商会。
聞いたことあるような……。アダムと目が合う。あれだ!
父さまにエリンの婚約話ってどういうことってフォンで尋ねた時。父さまは今日第四夫人から手紙が届いたといい、でもその2、3日前から各地のシュタイン領の商会にお近づきになりたいと自分のところの商品をお土産にやってきて、そしてうちの商品を大量に買い込んだ商会があって、訝しんでいた。
公爵さまは、その初見のロクスバーク商会がグレーン酒を持ってきていて、シュタイン家は野心がありすぎて好きになれないからこちらを応援しているというようなことをこっそり言ったという。
どういうことだ?と尋ねると、王族が第四子を婚約者にと言ってくださったのを断った。どうも第三子が第二王子殿下を諦めきれないらしいとか言ったようだ。
公爵はわたしや父さまとも会ったことはあるし、わたしには婚約者がいる。それも一度破棄してもう一度した婚約だ。といっても親しくない世間的には、バイエルン侯爵とフランツ・シュタイン・ランディラカが同一人物とはわからないだろうから、二度目の婚約と思われていることが多いだろうけど。
公爵さまはまさかと思いながらも、その時ロクスバーク商会が出してきたお酒を飲んでいて、第四夫人の御用達の商会だけに、あり得ないとは思い切れなかったそうだ。
ロサはそのグレーン酒は普通のグレーン酒か調べた方がいいとリノさまに助言したそうだ。それからロサの方でもロクスバーク商会を調べている最中だと。
リノさまは今度会えたときにその話をしてくれるそうだったが、そちらに動きが出たので、ロサが話した方がいいと判断したようだ。
と、結局また長話になってしまい夜も更けたので、わたしたちは慌てて寮へと帰った。