第1051話 放課後の影絵⑨瘴気案件
「なぜ話した?」
アダムが痛みを堪えるような顔で、声を荒げた。
みんな同じ顔してる。
「信頼して話してくれるのは嬉しい。けど危険だろ?」
そうやってまず心配してくれるみんなだから、話す気になったのだ。
「だからだよ」
「だから?」
「そう言ってくれるみんなだってわかってるから言ったの。みんなのことは信じている。けど、他の人に知られるのはちょっと怖いから言わないでね」
みんなのことは信じているけど。わたしは未来が怖かった。わたしの信じるみんなに大切なものが増えていくことが。でも……
「……でも、わたしの力で助けられることがあって、助けたいと思うことがあったときは協力するから言って。みんなを信じるから」
決めたんだ。わたしの信じるみんなが守りたいものは、わたしが守る、と。
「本当に君は大馬鹿だ」
やっぱりみんなはミラーのスキルは凄いけれど、とても危うさがあることに思い至ってる。
「なんて無茶をしたんだ! ひとりで瘴気のことを背負うなんて」
ロサは真っ直ぐに怒る。
「勝算があったの」
「そうだとしても、君が危険なのは変わらない」
「……その通りだった。だから今更だけど、力を貸して欲しい」
「それはもちろん。玉に瘴気を込めるんだね?」
剣呑とした雰囲気の中、ダニエルが優しく言ってくれる。
「……それもあるかもしれないけど。一緒にこれから考えて欲しいんだ」
アダムとロサが顔をあげた。
「そういう顔してないよね?」
「ああ。もう決めていることがあって、それに力を貸せって言ってるだろ?」
無駄に鋭い。
「お願いしたいこともあるけど、これからいい方法を一緒に考えて欲しいのも本当だよ」
「殿下もアダムも、そこまでに。リディア嬢の無謀さが、心配を通り越して怒りが含まれてくるのは同じ気持ちですが。ユオブリア民として、いえこの世界に生きるものとして、生きながらえる確率をあげてくれた令嬢に、心から感謝を。そして知られたら、どんな罪を被されるかわからない危うさを持つスキルを私に言ったことを、後悔させません」
……ダニエル。
「そうだな。俺でも無謀なことをって思ったけど。尊敬するよ。ありがとな。俺も力になれることがあるならなんでもやるぜ」
ブライ。
「危険な賭けともなるようなスキルを、なぜリディア嬢に授けたかと神に憤りを感じましたが、あなたならと思ったから、なのですよね。僕ももちろん協力します」
……ルシオ。
「一通り、みんなに怒られただろうから」
イザークはそう言ってわたしの前まできて、わたしの頭を撫でた。
「よく、頑張った」
!
そんなイザークを見て、みんな態度を改める。
「ごめん。最初に感謝するのが当然なのに」
そう言うアダムに、首を横に振る。
「君にこうして助けてもらうのは何度目だろう?」
頼りなく笑うから、わたしも返す。
「わたしはロサに数えきれないくらい助けてもらってる」
無謀だったので家族みんなに怒られたこともロビ兄が暴露して、みんな当然そうに頷いている。
そこで特にアダムとロサのすねモードが沈下されていった。
みんなは、スキルの件を黙っていたのは当たり前だと言ってくれた。
ただ瘴気が苦手なわたしが、未確定の状態で、誰にも頼らずぶっつけ本番で体当たりしていったことが、彼らの胸を痛めさせた。
みんなから、もう一度スキルのことを教えてと言われたので、ミラーのスキルについて話す。
そして瘴気の現状況も話した。
「リディア嬢は、今後も少しずつ抜き取っていこうと思っているんですか?」
「いいえ」
否定すると、兄さまやアラ兄、ロビ兄からギロっと見られた。
「いや、ほら効率悪いから、考えようと思って……」
また雰囲気が悪くなるんじゃないかと思ったので、慌てて言った。
「その割にキッパリした否定だったよね?」
兄さまの笑顔はブリザード。
「方向性は決めたよ。だってわたしのスキルだもん。わたしが一番考えつくでしょ。それで細かいことを相談しようと思って、今になったの!」
「そうだね。これからもそうするんだよ? そうじゃないと危なっかしい君を閉じ込めないといけなくなるから」
何気に怖い。
もちろんと笑っておく。
わたしだって反省しているから、事前に相談するつもりだった、本当に。
みんなの協力がいるから、その時まとめて相談すればと思っていたんだ。
「これからも瘴気を玉に込めることはしていくつもり。でもみんなに協力してもらったとしても圧倒的に効率が悪くて、とにかく時間がかかる。未来視通り2年後だったらかなり量自体は減らせるはずだけど、残量はそれでもあると思う。それで考えたんだけど……」
わたしが瘴気と向き合うのは難しい。体が拒否するからだ。
けれど、ミラーのスキルで瘴気部屋を作るのはなんの支障もなかった。
その時に落とし所だなと思った。スキルを隠すには玉に込めることが必要となる。けれどすべての瘴気を玉に込めるには、人手があったとしても時間がかかりすぎる。それなら小さな瘴気部屋を作っていく方が断然早い。
それにわたしは瘴気を扱えないけれど、瘴気部屋に仮想補佐をつけることができる。その仮想補佐に害にはならないくらいの瘴気を吐き出させるようにすればいいのだ。
ミラーで作ったものはわたしの魔力が行き渡っているうちは、暴走したりしない。
一箇所に大量の瘴気を囲っておいて、ひとりが守っているより、いくつもの場所に分割してちょっとずつ排出していく方がいい。
少量でも瘴気を排出ってどうなんだろう?と思うところではある。あまり良くないだろう。でも一気に大量の瘴気に覆われ、死の世界がやってくることを考えたら、少量ずつ排出し続ける方が絶対にいいと思うのだ。
世界が終焉に向かっているのは未来視でしか知ることができない。その大元がユオブリアにある瘴気だと信じてもらうところから始めたら、それこそ、終焉の方が先にきそうだ。ユオブリアを恨んでいる人や何か狙いがある人には弱点を教えることにもなってしまう。
ということは、これは国や世界議会など通すことなく、秘密裏にやっていくしかなく、もしバレて問い質されたら、あまりよくない結果と招くことかもしれない。
でも、陛下やロサが魔力が多いって理由で抱え込むことではないと思うのだ、わたしは!
できれば王族を巻き込まない方がいい。知られた時に責任の追求があるから。
何が言いたいかというと、わたしもいろいろ考えたということ。
それでダンマリで瘴気を少量ずつ排出していくっていうのが、一番いいんじゃないかと思うのだ。世界が終わる未来視が語られないのなら、よけいに瘴気が排出されていたってわからないと思う。特定の人たちにしか〝見えないもの〟みたいだからね、瘴気は。
それがわたしの計画だ。