第1050話 放課後の影絵⑧〝トスカ〟
「まさかバッカスと第四夫人に何か関係が?」
そういうこと? 直接的だとは思うが、他に思い浮かばない。
「疑うとキリがなくなる。第四夫人が関係していたら、自分の子供の名を入れるだろうか?と思う。でもそう思われるだろうから、あえて使ったのかもしれないとも思える」
陛下をよく知るわけではないけど、国の頂点の方だ。慎重であるはず。
そんな方が、そんな曖昧なことで疑う?
「バッカスが令嬢に名をつけた。それも王族の名前を。そこになにかしらの意図があったと思う」
そうかなー? わたしはピンとこない。
どちらかというと嫌がらせに王族の名前つけたれ、ぐらいのところじゃない?
生きている王族の名前を子供につけることはほぼない。同じ名をつけた子に何かがあった場合、どんな不敬となるかわからないからだ。たとえば病気を患うとか早世のような不可抗力なことでも、同じ名の王族を早死にさせたいのかのようなあげあしどりもあり得る。政治的なことに巻き込まれたくないから、普通は尊き名をご存命の時につけたりはしない。
商品とか、価値の高くなりそうなもので名前をあやかることはある。その時はもちろんお伺いを立ててオッケーをもらってからだ。
だからよけいに、嫌がらせじゃないかと思える。わたしが生きていて、記憶を思い出したら、トスカと呼ばれていたと知ることになる。それで王族と同じ名を使っていただと?とイラッとくる嫌がらせ。わたしの設定が何の力もなく親からも捨てられた惨めな哀れな子だから、そんな子が第三王子と同じ名という皮肉。でも、そこに意図があるようには……。
「リディア嬢は女の子。名前は女性名、王族の名から取るとしても普通は王女たちの名前だけ」
ま、そう言われれば、王女からとるならまだしも、なぜ〝王子〟から取ったのか……。
「外国でといっても第三王子の名前をつけてきた。これは宣戦布告に他ならない」
まぁ不思議だし、不敬は不敬だけど……それだけじゃない?
うーーん、裏切り者がいるってことには結びつかない気がする。
「〝挑発されている〟なら分かりますが、どうして王家の方の名前を使うことが、裏切り者がいることになるんでしょう?」
わたしは意味が分からなくて尋ねてしまった。
「リディア嬢は伯爵家令嬢。けれど〝トスカ〟が女名って知らなかっただろう? そのいわれも。
バンプーは男だ。その名前を、記憶を失くした女の子であるリディア嬢につけた。普通は男名だと思っているから、女の子の君につけるのはおかしなことなんだ。中庸であるそのことを知っている者は限られてくる」
「でも昔の姫ぎみにいらしたんですよね? それで知っている人もいるのでは?」
「確かに知っている人がいてもおかしくはないけれど、いや、だったら余計にバンプーの件を知っていると思える。だって姫君につけた名と知ったら、なぜ第三王子は王子なのに姫の名前がつくんだ?と考えるだろ」
あ、そっか。アダムの言う通りだ。
確かに昔のお姫さまの名前に関心があるような人が、現代の王族の名前をスルーしているとは考えられない。
「第四夫人の占星術に傾倒していることを知っている者、女性名だと知っている者、とすれば……バッカスに手を貸した、あるいはバッカスの裏にいる裏切り者は、王宮の中にいる可能性が高い」
確信している感じだ。
ああ、そうか。だから、バッカスに続くかもしれないこの件を、試験に絡めることにしたんだね。それがこの件を試験に選んだ意味だ。
ロサとバンプー王子を省みる試験の裏で、王宮の裏切り者をあぶり出す。
いや、本当はそちらが主かもしれない。
試験だと掲げておけば、王位継承権問題に気を取られ油断するだろうし。
参加者のわたしもまんまと騙されていた。
試験も本当にするんだろう。
その何事も無駄にしないように組み込まれているところが凄すぎる。
お茶会後のメンバー全員は試験に携わるメンバー。裏切り者の件はバッカスに続くことだから、あの時携わったここにいるメンバーが核となれってわけね。エリンとノエルは外の殲滅部隊だったから、呼ばれてないのかな。その代わりアラ兄とロビ兄がこちらに入った?
それは置いておくとして。
「陛下や殿下は、集会関係者はバッカスの者たちだと思っているんですね?」
王族の考えを確かめておく。
「影で糸を引いているのはバッカスの関係者、そして王族の裏切者だと思っている」
陛下が断言した。
「その中の一人が、マハリス邸関係者でもあるということですか?」
陛下は重たく頷いた。
狭まったんだか、広がったんだか……。
今までのわかっていることで、伝えなくてはいけないことは教えてもらったみたい。そこでお開きとなった。
わたしはいい機会だと思ったので、みんなの時間をもう少しもらえないかと聞いた。みんないいと言ってくれたので、元祖秘密基地に向かう。
思い思いにソファーへと腰掛ける。
「どうしたんだい、君から話って?」
「ずっと報告してなかったから、しておこうと思って」
家族からはずいぶん前にオッケーもらってたんだけど。
次から次へといろんなことが起こるし。
……覚悟が揺らぎそうだったことも要因かもしれない。覚悟が足らなかった。
信じ切る覚悟。
前からみんながわたしを大切に思ってくれているのも、行動してくれているのも肌で感じていた。知っていた。みんなの立場が変わったとき。未来のみんなまで信じられるかとかごちゃごちゃ思っていたけれど。
結局のところ、わたしはわたしが信じられなかったんだとわかった。みんなの信じるもの丸ごと信じる覚悟がないだけだった。
「報告?」
ルシオが不思議そうだ。
「瘴気のこと」
みんなで顔を合わせている。
「お、やっと言う気になったか?」
ブライが明るく言った。
「わたしのスキルなんだけど……」
わたしはミラースキルのことを話した。そして瘴気はやっぱり苦手なんだけど、封印された瘴気の部屋から少しの瘴気をミラーで持ち出し、玉に詰めたこと。家族総出でやっても結構時間がかかることなんかも。
聞き返して理解していき、最初は軽口を叩いていたブライも口数が少なくなっていって、みんな思い詰めたような顔になっていた。