第1048話 放課後の影絵⑥選べなかった選択肢
「そうだ。妾は諫めるべきだった。
陛下の決断に背いた王妃さまを糾弾し、そして第一王子殿下を苦しめた一端を担ってしまった一族として、妾も罰を受けるべきだった」
きっと罰を受けるのが第二夫人だけで済むのなら、夫人は罰を受けただろう。けれどロサのことを考え、罰を受ける決断を躊躇した。
「それなのに妾は異を唱えなかった。
弟ぎみは自分が命を断てば家族には手を出さないかと念を押して、妾にも、見届けて欲しいと願い出た」
マハリス男爵の弟ぎみも家族を守るために覚悟を決め、そして王妃さまだけでは心許ないから、第二夫人にも家族を守ってほしいと慈悲を願った。
「王妃は軽く請け負った。そして恨むのなら、シュタイン家を恨めと言った」
へ?
なんでウチが出てくるの?
え? 恨む……10年前の10月……。
5歳になって魔が通り、母さまにかけられた呪いを解いた……。
「シュタイン家が生意気にも思い通りにならないから全てが余計に憎い、と。
あの日、王妃さまの腹心の者に連れられて屋敷へと戻り、誰とも話すことなく命を絶ったと聞いた。真相はわからずとも、誰かの思いついたことが事実のように語られていった」
陛下がその後を続ける。
「余は男爵家、そしてその弟が亡くなってから話を聞いた。その後から廃妃は体調を悪くして、王子と同じようにベッドの上から起き上がれなくなり……。起きていればおかしなことしか言わず……。その頃、廃妃の実家の勢力が大きくなり困っていたから、廃妃を外に出すなという条件のもと、勢力を押さえる罰を与える代わりに、余に歯向かったことも、マハリス家のことも不問に付すことにした」
「そうするのが都合が良かったからですか?」
ロサが静かに尋ねる。声が微かに震えている。
「ブレド!」
第二夫人が諫めるように名前を呼んだ。
「良い。……その通りだ。廃妃のしたことを公けにし罰すれば、廃妃の実家が押さえていた勢力が暴れ出す。目をつむった第二夫人も罰することになり、第二の実家の勢力も削がれる。上2つの押さえが効かなくなったら、なにが起こるかわからない。そのまま伏せておく方が都合が良かった。
弟の家族を保護しようと探したが、国から出たようで見つけられなかった。
けれど、昨日お前たちから報告書が上がってきて、マハリスの家名を見たときに、あの時のことを知るものが首謀者の中にいると確信した。シュタイン家の令嬢を目の敵にしていることからも、な」
母さまがよく言ってた。
王室と相性が悪いって。
わたしは嫌いだというのを、ふんわり遠回しに言ってるんだと思っていたけど、合点がいく。
王族とうちは本当に相性が悪い。
10年。10年だよ。そりゃ、被害者にすれば起こったことが色あせないのを知っている。母さまが呪われたことは、今でも忘れられないし、ショックな出来事だから。
けどさ、うちも被害者なのに、ウチを恨めとそんな言葉を残してくれたもんだから、同じ被害者から目の敵にされるってなんなの?
なにしたって、しなくたって、悪い方に転んでいく。これは相性が悪い以外のなにものでもない。
「王宮の総力をあげても、マハリス家の方たちは見つけられなかったのですね?」
アダムが確かめると、それには宰相が頷いた。
「どうされるのですか?」
ロサの尋ねたことの意味を受け取り、陛下は苦痛に顔を歪める。
ロサが聞いたのは、これからのことだろう。
わたしたちは集団のことを調べている。いつか首謀者にたどり着くだろう。っていうか、たどり着かないと困る。
そして見つけたとき、どんな罪を犯しているかわからないけど、その場合どうするのか、ということだ。
犯罪に走った下地が詳らかにされ、それが10年前王族のしたこととなる可能性が出たわけだから。
「お前はどうしたい?」
「すべてを詳らかにし、罪には罰を。私が受ける罰があるのなら、それも受け入れます」
ロサはどこまでも真っ直ぐだ。
「リノ・セローリア。そなたはどうしたい?」
「私はいかなる時も殿下と共に」
リノさまは胸に手をやり、陛下に頭を下げる。
覚悟が決まってる。
そう。もし首謀者が王族とウチへの復讐をしているなら、10年前こんなひどいことがあったんですーって明かすだろうね。
王妃は廃妃となった。第一王子殿下はもういない。けれど黙認した第二夫人、鉱石はロサの名にあやかったものだし、すべてを知っているはずの陛下はご存命だ。
世論だって、ユオブリアや王族に何か思うことがある人たちには、王室を責めたり罰するチャンス。陛下までいけなくても、第二夫人とロサに大打撃を与えることができる。ロサは王位継承権が危ぶまれ、もしそうなったらその婚約者であるリノさまも状況が変わってくる。
それでもロサは詳らかにすると。自分にも厳しい。
「リディア・シュタインはどうする?」
それ聞く?
「そうですね……。もし鵜呑みにしてわたしを攻撃していたのなら、お門違いだと言ってやりたいです」
なぜか、みんな笑った。
な、なんで? 笑う要素なくない?
第二夫人がわたしの前まで歩いてきた。体の向きを変えると、わたしの頬を両手で挟む。
「シュタイン嬢、笑ったりして失礼した。思わずほっとしてしまったのだ」
ほっとして?
「生きている関係者の中で、罪がないのは其方のみ。そんなシュタイン嬢が素直に、……被害を受けながらも怒りを露わにするのではなく、お門違いだと事実だけを言ってやりたいと言った。その、本来の人のあり方に、その優しさに、罪深き妾は救われた。ありがたくて、ほっとして、笑ってしまったのだ。
……優しい子」
第二夫人は座っているわたしへと身を屈めて、優しく抱きしめた。