第1046話 放課後の影絵④呼び出し
寮に帰りると、寮母のロッティー女史が訪ねてきた。
秘密裏に王宮に向かうようにとのことで、馬車まで案内すると言われる。
普通の馬車だったけど、アラ兄、ロビ兄、アダムも乗っていたので、わたしももふさまと乗り込む。アダムも詳しい話は知らないそうで、緊急で呼ばれたと言った。
少し不安はあったけれど、皆と一緒だからそこまで深刻にならずにすんだ。
通された部屋には、ロサ、ダニエル、ブライ、イザーク、ルシオ、兄さまがいた。山のような食事が運ばれてくる。ビュッフェ形式で、好きなものを好きなだけたんと食べろということらしい。もふさまとアリの食事も、きちんと大肉盛りで用意されていた。
部屋の中はわたしたちだけになったので、アリも飛び出て、もふさまと並んでご飯を食べ出した。
挨拶もそこそこに、わたしもいくつか気になったものを選んでプレートを作り上げ、テーブルにつく。だって、お腹がすいた。
隣に兄さまが座り、果実水を置いてくれる。わたしのを持ってきてくれたみたい。
お礼を言っただけで、食べるのに集中。4分の3平らげたところで、周りにも目が行くようになった。みんな談笑しながら食べていた。
兄さまはお茶を飲みながら、わたしを眺めている。
「兄さま、食べた?」
「夕食は済んでいたんだ」
嘘だなと思った。多分、軽食をおやつの時間に食べただけだろう。
そして兄さまの前に置かれたお皿の上も、ほとんど汚れてない。ちょこっとしかよそってないに違いない。
「このソースの麺、兄さま好きだと思うよ。持ってこようか?」
「いや、いいよ。それより、リディーの好きそうなデザートがあったけど、持ってこようか? お姫さま」
それやったら、完全にパシりにしてることになるでしょ。
「自分で行くから、大丈夫よ。兄さまはなぜ呼び出されたか知ってる?」
「私も知らない。ね、リディー、スタンガンくんはどうだい? 君を困らせたりしていない?」
そこまで言われて思い出した。
「あ。兄さま、ごめんなさい、昨日は寝落ちしちゃって」
最初に思い出して謝るべきだったのに。挨拶もそこそこに食事に気がいっちゃったし。昨日は最初は普通に話していたんだけど、クラリベルのことが頭にあったから、途中からクラリベルのことしか話してなかった気がする。彼女の詳しい家のこととかはもちろん話してはいないけど、夢が叶わないだろうと思っている話はした。家に帰らないといけないだろうことも。
うん、なんか一方的にずっと話していた気がする。
兄さまはふふっと笑う。
「リディーは何かに一生懸命になると、その他のことを忘れるから。わかっていたことだよ。眠る前のリディーは甘えん坊になって可愛いし」
わたしは問答無用で兄さまの口を押さえる。
「兄さま、黙ってて」
兄さまはこくこくと頷いた。
ふぅーと息を吐いて、手を離す。
誰にも聞こえてないよね?
「へー、甘えん坊のリディア嬢か。なになに?」
「少し幼くなる感じかな。兄さ……」
わたしはなにをいうかわからない兄さまの口を再び塞いだ。
「ストップ! ブライこっちに来て。本人が〝甘える〟真髄を見せるから」
「え? なんか怒ってない? 甘えるって顔じゃないんだけど」
その時ドアがノックされた。陛下が入ってきて、みんな立ち上がり礼をした。
助かったな、ブライ。
「急に呼び出してすまない。昨日の報告を受け、来てもらった」
昨日の報告で?
それに試験のメンバー全員でもないのね。
まずは座ってと言われて驚く。ビュッフェスタイルのご馳走も、真ん中にあったテーブルの上もきれいになっている。
一瞬で会議室になる。お茶をみんなに配ると、使用人さんたちは出ていった。
陛下の近くになってしまった。
お誕生日席が陛下で、宰相が後ろに立っている。
陛下の右側の列がアダム、わたし、兄さま。アラ兄、ロビ兄。
アダムの対面はロサ、そして順にダニエル、ブライ、イザーク、ルシオだ。
「いっときは、箝口令を敷いてしまおうかと思った。このことだけは伏せるように。けれど、切り離せない〝原罪〟となるのだろう」
陛下が黙り込む。居心地の悪い時間。
原罪?
「いや、すまぬ。どう話せばいいかと思ってな。ブレド」
「はい」
陛下がロサを呼ぶと、ロサが返事をする。
「お前は公平さを求めるゆえ、此度のことに胸を痛めるだろう。これは余の過ち。それを忘れてくれるな」
なんか深い、怖いっぽい話だなと予想できてしまう。
「そしてリディア嬢。謝っても謝り尽くせぬが、王宮を束ねるものとして、君にここでまた迷惑をかけたことを謝罪する」
え?
また迷惑をかけたって、何?
わたしの膝の上の手に、兄さまの手が合わさる。
謝罪するって言われても、それが何かわからないと、何も言えないんですけど。
と外が騒がしくなった。
小さなノックの後、ドアが開かれる。
「誰も通すなと……」
「陛下、申し訳ありません。妾が無理をいいました」
第二夫人……。
陛下が立ち上がる。
「まだ寝ていなさい。顔色が悪い」
「いえ、妾のしたことです。伝える義務があります。あなたも入りなさい」
ロサが第二夫人に駆け寄って支える。そして夫人の後ろを見て、少し驚いている。
夫人は顔が青ざめている。手も小刻みに震えていた。
そして、その後ろに立ったのはリノさまだった。
宰相が陛下の隣に椅子を持ってきて、そこに第二夫人はお座りになった。
体調が悪そうなこんな時でさえ、背筋を伸ばして座れられて姿勢がいい。
その隣にロサが椅子を持ってきて、リノさまもお座りになる。
「夫人が、リノ嬢に聞かせたくて連れてきたのだな?」
陛下が念を押す。
「そうです。妾は過ちを犯した。こんなことが二度と怒ってはなりませぬ。まだ成人していない子たちに、容赦のない話だとは思いました。
けれど先日、第三王子殿下がおっしゃられた。出来事は年齢に合わせて訪れてはくれないと。次代の〝悪手を学ぶ機会〟になればいいと存じます。
……いえ、このせいで皆を巻き込んでいるのだから、それは悠長すぎるな……。
いや、妾は謝罪したいだけなのかもしれない」
なんか、とっても深刻??