第1045話 放課後の影絵③金で人は変わる?
『高魔力感知』
温度の感じられない声。
唐突に目の前に顔のない騎士たちが現れた。いつぞやのように白いマントをつけて浮いている。学園の警備兵。一瞬後にふっと現れたのは、またもやヒンデルマン先生。
「……シュタイン」
警備兵と先生が現れ、彼女たちは動揺している。顔色が悪い。
「何事だ?」
先生はわたしに聞いた。
先生はわたしが魔法を使っているのがわかるんだろう。
質問したのは、園内で魔法を使えばこうなることを、わたしは知っているから。
「先生、お遣いさまから彼女たちが刃物をもっていて、わたしを傷つけようとしていると言われました。ですので魔法で身を守りました」
「な、なにを言うんです? 先生、嘘です!」
「シュタイン嬢が嘘を言っているんです」
「先生に持ち物を調べてもらえば、どちらが嘘をついているかすぐにわかるわ」
わたしはにこっと笑ってみせる。
「先生、私は誇りを傷つけられました。ホルン家から正式に抗議いたします」
「まだなにもしてないだろう? 警備兵、刃物をもっているものを取り押さえろ」
すると、ひとりの女生徒が廊下にねじ伏せられた。
彼女たちはビクッとする。
「離しなさい!」
ジタバタするけど、それで緩めるような警備兵ではない。
他の子も抗議の声をあげる。
「なにをするんですか? 訴えますよ?」
「お嬢さま方、覚えておくといい。警備兵は学園の守りである聖樹さまの管轄。捕らえられている者は、学園の守り、つまり、守る対象から外されたということだ」
彼女たちの目が大きくなる。
「私たちはなにもしていません。ただ話していただけです」
「そうだろうな。そうじゃなかったら、お前たちは皆、怪我を負っていただろうから」
「な、なぜなにもしていないのに、こんな扱いを?」
「授業の一環の許された時以外、刃物の持ち込みは禁止だ。そんなことは1年生でも知っている」
「護身用です、近頃、物騒だから」
「だったら先に申請するべきだったな」
「本当になにもしていません!」
確かにそうだ。〝まだ〟なにも起きていない。
「シュタイン、お前のことだから、録音してたんだろう?」
「はい」
みんな揃ってわたしを見上げる。
別に睨まなくても良くない?
だって確かに、あなたたちまだなにもしてないんだから。
わたしはネックレスを外して、先生の手のひらに預けた。
先生が操作すると、
「唸るなんて、本当にその獣はお遣いさまなのかしら?」
録音ボタンを押したところから再生される。
ヨハンナ・キースは自分の声に驚いている。
そこから、間違いなくわたしに言いがかりをつけていたのが流れる。
先生の、お前のことだから録音してたんだろう?というセリフで、途切れた。
先生が集団を見下ろすと、彼女たちの顔が青ざめていく。
「ひとりに対して7人。それもシュタインが何かしたわけでもないのに勝手に突っかかり、刃物まで。刃物を持っていたのはひとりでも、これは悪質だ。ついてきなさい。従わないのなら、警備兵に連行させる」
「先生はなぜあの子の味方をするんですか?」
「その説明をしたと思うが、一度ではわからなかったか?」
「リー?」
焦ったような呼び声に振り返ると、ロビ兄だ。
「なにがあった?」
「ロビン・シュタイン、妹を任せたぞ」
「は、はい」
先生は女生徒たちを促して歩き始めた。その背中を見送る。
「なにがあった?」
「……刃物持ってた」
「刃物?」
同じ生徒同士にかかわらず、本気で傷つけようとしてくる人がいるなんて。
2年生で、そこまでセローリア家に尽くすってなんなの?ありなの?
「おい、リー。大丈夫か?」
肩を揺さぶられていた。
「ああ、ごめん。驚いたもんだから」
学園の中なら木漏れ日の間にも飛べるし、そこまで怖くはないけれど、やっぱりショックだ。
ロビ兄は別棟の部屋でみんなと今までにわかったことをまとめていたそうだけど、わたしがもう起きたかなと保健室を目指してきてくれたらしい。
ダンスで吹っ飛ばしたやつは誰だと聞いてきたので、謝りにきた旨を伝えた。
ロビ兄の怒りは収まらなかったけど。
スタンガンくんとからかさちゃんには、女生徒たちに絡まれたことをまだ知られたくないので話さないでといえば、不承不承ながら頷いてくれた。
「顔色がまだよくないね」
室に入れば、アダムに言われる。
「そんなことないよ」
否定して、壁にぶつからないようにしてくれたアダムにお礼をいう。
「気を失ったって聞きました。大丈夫なんですか?」
とからかさちゃん。
「ええ、もう大丈夫」
「リディア先輩ってどんくさいんですね」
スタンガン、わたしをいらっとさせる才能あるな。
わたしたちが調べたことはアダムがまとめ、上に提出している。
上の人たちがまとめ、アガサ王女がそれを清書して陛下に届いていることだろう。
わたしたち用のまとめということで、書き残しているみたいだ。
わたしはマハリス邸のメモをきれいにまとめ直しながら書き記す。
「やっぱり具合悪い? 筆が進んでないようだけど」
「そんなことないわ。ただなんか納得できなくて」
「納得できない?」
アダムが首を傾げる。
「ええ、だって。お金を貸してくれなくてさ、頭にきたとして。反射的に相手を傷つけるのはわかるっていえばわかる。大人まではわかるよ。でもさ、姪とか甥まで手にかける? 特に仲悪いとかじゃないんだよね? それをさ、いくらなんでも」
わたしはそこが腑に落ちない。
「でも金で人は変わるからな」
ロビ兄が深いことを言っている。
「加害者が亡くなったにしても、続報がなかったのは私も気になったよ。それにその弟家族はどうなったんだい?」
「え? 弟家族?」
「ああ、加害者の家族。加害者である、被害者の弟の本人だけが自殺したんだよね? 男爵家も二人子供がいたし、弟も所帯を持っていなかった?」
「……ごめん、気が回らなかった」
「謝ることはないよ」
アダムはそう言ったけど、わたしは節穴な目の自分を呪った。
記憶を辿る。
貴族名鑑は見た。そこには加害者、そしての加害者の家族の名前は記載されていなかった。そっかお家断絶だもん。まだコトが起こってない前の年の名鑑を見ないとだったんだ。そうしたら、自殺した〝弟〟の家族のことがきっと載っていたのに。
図書室に行こうと思ったけれど、帰り支度を促す鐘が響いた。