第1044話 放課後の影絵②園内で
『リディア、目が覚めたか』
「……もふさま」
天井が寮でも自分の部屋でもない。
あれ?
「シュタインさん、目が覚めましたか? 入りますよ」
カーテンをかき分けて入ってきたのはメリヤス先生だ。ってことは保健室!
隣で寝そべっているもふさまを見れば、大丈夫だというように頷く。
「気分はどうですか?」
「問題ありません」
「何があったか覚えていますか?」
わたしはゆっくり起き上がる。
うん、頭が重たかったりもしない。
「ええと。ダンスの授業で転んで壁に当たりそうになったけど、お遣いさまと友達が助けてくれて当たらなかったところまでは覚えているんですけど」
メリヤス先生はふっと笑いを唇にのせる。
「とても驚かれたようですね。壁には当たらず怪我もしていませんが、気を失われたのです。そのまま4時間眠っていました。もう放課後です」
え?
わたしはメリヤス先生が目の前にいるにもかかわらず、心の中でステータスと唱える。
体力も魔力も減ってない。状態異常もない……。
今までに、自分では異常を感じていないのに、意識を失ったりしたことがある。
それは呪いを受けていたり、そのためにわたしの中で新たなスキルが生まれていたりした。
今度もその兆しじゃないかと思って、隅から隅までみていく。
新しいスキルの開花だと、前もってはわからないから、こうして見ても意味がないのはわかっているんだけど。
「大丈夫ですよ」
先生に優しく声をかけられて、わたしは視線をあげた。
「シュタインさんぐらいの年代は、体がぐんと成長をしようとして、体調が不安定になったりするものです。悪いところがあるわけではないと思いますよ」
そっか、1回目だしな。続いたら何かありそうだけど、1回ならただの不調ってのもあるよね。そう思えば心が軽くなった気がする。
「ありがとうございます」
先生にお礼を言うと、寮に帰るか、もう少し保健室で休むかを聞かれた。
「スッキリしているので体調は大丈夫だと思います。やることがあるので、そちらに向かおうと思います」
先生は悲しそうに笑った。
「貴族の子供たちは早く大人になろうとします。それは仕方のないことかもしれませんけれど、体が悲鳴をあげている時は、その声に従ってくださいね。あなたはまだ14歳なのだから」
先生は〝試験〟のことを知っているのかもしれない。それにわたしが参加していることも。それで頑張りすぎて体調を崩したと思っているのかもしれない。
だから丁寧にお礼を言う。
保健室を出ると、その壁に寄りかかってダンク・フレーザーがいたので驚いた。
「だ、大丈夫なのかよ?」
口が尖っている。……けど、一応、心配してたのかしら?
「今日のことであなたに落ち度はないわ。わざとじゃないのもわかってる。わたしがターンについていけなかっただけ。壁には当たってないし。怪我もしてない」
「じゃあ、なんで気を失うんだよ!」
ど、怒鳴らなくても。
「わからないけど。びっくりしたんじゃないかってメリヤス先生はおっしゃったけど」
「本当に怪我してないのか?」
「ええ」
「悪かった」
「え?」
聞き取れなかったので聞き返すと、彼は顔を真っ赤にした。
「ごめん! いつも堂々として偉そうだから」
なんだって?
「そんな小さくて、軽いようには見えなくて。ターンであんな吹っ飛ぶなんて。
本当に申しわけなかった!」
と深々と頭を下げた。
び、びっくり。
そしてわたしに背を向け、走り去った。
『何を笑っておる?』
「学園っていいところだって思ったの」
『今、思ったのか?』
もふさまは後ろ足で首のところをかいている。
「前から知ってたけど。しみじみと思ったの。
考えが違ったり、意見の相違で嫌な気持ちになる時もあるけれど、気持ちは変わっていくし、謝ることもできる。もしかしたら、仲良くなれることもあるかもしれない。そんなチャンスがいっぱいあるところなんだもの、父さまの言ってた通りだ」
『リディア』
もふさまに緊張した声で名前を呼ばれ、唸り声をあげた。なに?
そちらから歩いてくるのは女生徒の集団。
鑑定をかける。
B組の3年生を先頭に4、5年生、2年生もいる。
嘘、赤い点がひとつ。
『……しっかりとした悪意だ』
もふさまがこんなことを言うなんて珍しい。
保健室に戻る?
「唸るなんて、本当にその獣はお遣いさまなのかしら?」
失礼なことを言ったのは、先頭のヨハンナ・キース嬢。くるくる金髪、茶色の目。3年B組。
「わたしに何か用ですか?」
「あなた、自分の評判を知っていて?」
「評判を知ってどうするんです? あれは虚像で自身とは違うものなのに」
目の前の少女たちは揃って「え?」と言う顔をした。
「な、なにをワケのわからないことを。いいですか、あなたの評判は最悪なのです。市井の者たちもあなたに罰が下るよう祈っている人がいっぱいいるの」
「だからなんです?」
「だ、だからっ」
後ろの方で言葉が繋げなくて揉めている。
「あなたのような方が、王室に近くのは不遜だと申し上げてますの」
上級生の制服だ。
また鑑定をかける。
アンニャ・ホルン 5年A組。ロサたちと同じクラスだ。
「それはアンニャ・ホルン嬢が決めることではないと思いますが?」
名前を言ったからか、顔が青ざめた。ビビっている。
「あなたが自身で決めることだと仰りたいの?」
青白い顔でわたしに目を細める。
「王室については、あちらからお声がかかること、ですよね?
ホルン家では王族に自分からアプローチするんですの?」
睨まれた。
「あなたなんか、リノお姉さまに勝てることなんてひとつもないわ!」
インガ・レヴィ 2年A組。
彼女の言ったことで、リノさま関連かと想像がついた。
なんだ。
だから言った。
「わたしもそう思います」
無駄に緊張して損した。
集会系が学園にまで入ってきたのかと思って構えちゃったよ。
わたしが急に肯定したので驚いたのか、二の句を繋げなくなってる。
でも、赤い点はひとつ。
さて、どうしたものかと思っていると。
『リディア、その者が、刃物を持っている』
刃物?
え、生粋のお嬢さまが?
でもそれはアウトだね。
わたしは魔力を使ってわたしの周りに風の壁を作る。
キュインキュインと耳鳴りのような音が聞こえ、それがサイレンとなって聞こえた。
女子集団はわたしが魔法を使っていることには気づかないみたいだけど、サイレンに何事かとキョロキョロしだした。