第1043話 放課後の影絵①パートナー
わたしの大の苦手のダンスの授業。3年生ともなると、誰とでも踊れるようにと、パートナーはシャッフルされる。これが地道に堪えている。
D組男子たちは、わたしの運動音痴っぷりで諦めてくれる。A組男子は2種類いるんだよね。下手なわたしに手を差し伸べる紳士派と、全くパートナーのことを考えず自分の力量だけで躍り狂う輩と。
そして本日当たってしまったのは全くパートナーのことを考えず自分の力量だけで躍り狂う輩、だ。ダンク・フレーザー。伯爵家、次男。金髪に青い目。3年生の中で背が高く体格がいい。1年生の時、わたしに絡んで来てやっつけたビルダ・バンナのお仲間であり、どうやらリノさまのファンだったらしい。
ビルダ・バンナはコテンパンにやられ、D組に絡んだら騎士の遠征に参加させるよと言ってから、表立っては何もしてこない。
でも、わたしやD組の悪口は言っているし、何かにつけては敵視されているのは知っている。そして仲間に、ダンスの時や、魔法戦の授業のときに嫌がらせをさせたりするのだ。ちっちぇえなと思っているから放っておいているけど。
前にダンク・フレーザーと組まされた時、わたしうまく回れなくて転んだんだよね。その時舌打ちされた。今日のパートナーが張り出されている紙を見て、気持ちが重たくなる。先生もさ、もうちょっと体格差のことも考えてパートナーを組んでほしい。どんな相手でもという心意気はわかるけど。普通の一歩が激しく違う相手が、こっちのことを全く考えずに踊られると、吹っ飛んだりするのは当たり前だ。もうちょっと全員に紳士感情が目覚めてからのシャッフルにしてほしい。
今日は最初から魔法で転ばないようにガードしておこうっと。魔法を使っていることがバレないように、漂う魔素でね。
ああ、これから体を動かすダンスの授業だっていうのに、眠くなってきちゃった。昨日少し夜更かししただけなのに。
クラリベルが役者になるために何かできないかと考えていたら眠れなくなっちゃって。
眠れないのに眠らなくちゃって思うのもしんどいから、調べた集会のことで何かもっとわかることはないかと考えを巡らせてしまった。
いつの間にか寝ていたんだけど、睡眠が足りないらしい。
さて、わたしのパートナー、ダンク・フレーザーは嫌味を連発している。
聞こえてるよ。ダンスが苦手な人と踊ることほど辛いものはないと楽しそうに言い合っている。
まあ、そうなんでしょう。
あくびを堪える。
「リディア、気にすることないよ」
え?
「そうだよ。人には不向きなこともあるんだから。それを優しくカバーするのが紳士ってもんだろうけど、3年生にそれを求めるのも酷ってものかもしれないわ」
「紳士になりきれてないお子さまだからしょうがないのよ」
D組の子たちがわたしを慰めてくれる。
あー。誤解させたのかも。
あくびを堪えて涙目だったかも。
「わたしは大丈夫よ?」
「もうリディアってば優しいんだから」
いや、そうじゃなくて。
と言おうとしたんだけど、鐘がなり、先生が颯爽と現れて早速、実技に入る。
前半は他国に行った時のノーマルな作法だった。
ダンスの前の挨拶も国が違えば違ってくる。
わからない時は自国のマナーでいくけれど、「こちらの作法は知りません、あしからず」と共用の挨拶があるのだ。相手がどこの国出身かわからない時は、この共用マナーが大切になってくる。
「マリンさん、指の先まで神経を尖らせて」
「クラリベルさん、いいですよ」
「トレミくん、背筋を伸ばして」
「ヒックくん、もう少しゆっくり」
先生のチェックが飛ぶ。
ゆったりしたお辞儀の仕草だけでも何回もやらされれば疲れてくる。
やっと挨拶チェックが終わり、ダンスだ。
先週習ったダンスを今日は拍子を1秒早めた音楽にします、とにこりとする。
え。あのテンポでついていくのやっとなのに。
名前を呼ばれた5組が真ん中に進み出る。
音楽が流れ始めると、本当に早い。
でも10人は音楽に合わせ優雅に舞って、フィニッシュする。
「リノさま、上手だわ」
「あったりまえよ。殿下の婚約者だもの」
そんなささやきが聞こえてくる。
「シュタイン嬢、呼ばれましたよ、行きましょう」
珍しい。ダンク・フレーザーに声をかけられた。
行きすがら言われる。
「あなたはセローリア嬢に勝てるものが、ひとつでもおありか?」
「それを聞いてどうしますの?」
眠いのを押し殺して尋ねれば、驚いている。
「どうする、とは?」
「ですからわたしの思いが、あなたの覚悟の何かに関係ありますの?」
言ってやれば、気分を害してる。
でもそっちが言ってきたんだからね。
彼はリノさまのことが好きだったんじゃないかな。でも彼女はロサの婚約者になってしまった。他の貴族ならともかく王族なら歯が立たない。それでやさぐれている。
噂でリノさまの敵になりそうなわたしがいる。ダンスのパートナーだ。わたしはダンスが苦手。ケチをつけるいいタイミングだ。それで嫌味を言ってきたから、じゃあんたの思いはどうなんだよと思い出させてやったんだ。
リノさまへの恋心を気づかれて少しパニクってる。いい気味。
……なんて思っていたこともあった。
彼のステップは基本に忠実。相手を思いやることもなく、そのリズムでいかれると、ターンしきれなくてわたしは転けた。魔素で調整しておいたので、風の上に乗っただけで痛くも痒くもなかったんだけど、勢いがありすぎたので、かなり吹っ飛び、壁にぶつかりそうになった。
もふさまが壁との間に入ってくれて、アダムが瞬間移動したように激突から救ってくれた。手が離れてしまったダンク・フレーザーは蒼白になっていた。
わざと吹っ飛ばしたのかと思ったら、そうではなかったみたい。予想外に飛んで驚いたようだ。
風の魔法で防御はとっていたし、もふさまやアダムに止めてもらって少しも痛いところはない。ただなぜだかわからないけど、次に目を開けた時、わたしは保健室にいた。
なんで?