第104話 肩の力を抜いて(後編)
「母さまは、何が楽しい?」
母さまはそうねぇと考える。
「! 編み物、楽しいわ。元々、裁縫は得意だし、好きなのよ。それから領地の方たちと一緒に食事の用意をするのも楽しかったわ。あんなふうに裁縫や、編み物を集まってするのも楽しそうだわ」
それ、いいねぇ。
「母さま、編み物や裁縫、先生する。いろんなの作る。売る。冬ごもり、家でできる、教える。得意な人作って売ったら、買える人喜ぶ。楽しい、喜びなるよ」
母さまが憂いのない笑顔をくれる。
「お嬢さま、私はお菓子を作るのがとても楽しいです。料理は元から楽しいですけどね」
「わたし知ってるお菓子、いっぱいある。一緒に作ろう」
「いいですね! それに、お嬢さまの使われている〝包丁〟や〝菜箸〟〝鉄板〟〝泡立て器〟〝型〟ああいったものも、みんな知ったら飛びつくと思います。便利な道具があると、調理時間も短くなって。簡単にできたり、やりやすいと、ますます楽しくなるんですね。使いたいし、人にも勧めたい。だって、お料理楽しくなるもの! 売っていたら買います!」
「調理器具、か。売れたら、いいかも!」
確かにやりやすいとか簡単って思うともっと楽しくなるよね。広まって、その先で〝おいしい向上〟に繋がるかな。おいしいは元気にもなる。そうやってどんどんスパイラルに〝楽しい〟がいいものになっていったらいいな。
「ロビ兄は、何楽しい?」
「もふさまと同じ感じかな? 魔物狩りやダンジョン楽しかった!」
ロビ兄って感じがする。
「アラ兄は?」
「ダンジョンも意外に楽しかった。統計とるのも楽しいけど、ハウスさんの魔法の使い方を見て、魔法に興味が出てきた。魔法を使うのも楽しいけど、どういうものかって調べたりできたら楽しいと思う」
「魔法、研究、したい?」
アラ兄は、それだとばかりに頷く。
「メインルームの本、読むのいいかも」
アラ兄はうんうん頷いた。
「兄さまは?」
「私は新しいことをするのが楽しいと思えるみたいだ。今は、ひとりで馬に乗ってみたい」
「あ、おれも」
「オレも、馬で走ってみたい!」
「……馬が届いたら、乗り方を教えてやろう」
父さまがニマニマしている。
アルノルトさんに視線を移す。アルノルトさんはコホンと咳払い。
「私は計画を立て、それ通りに事が運んだ時に喜びを感じます。時々思いもよらなかったことが起きて計画から外れても、それを何事もなかったかのように対処できた時も喜びを感じます。そういうことが楽しいのです」
子供たち、みんなで頷く。
楽しみも、本当いろいろあるんだな。
「父さまは?」
アラ兄が尋ねた。
「父さまは、みんなが楽しそうにしているのを見るのが楽しみだ」
「なんだよそれ」
と言いながら、みんなで父さまに群がる。
「いっぱい、案でた。あと、形してくだけ!」
兄さまが笑顔になった。
「リディーは何が楽しい?」
「わたし、遊ぶ、食べる、寝る、もふさま頬擦り、楽しい。作るの、考える、も、楽しい。きれい見る、かわいい見る、楽しい。魔法使う、魔法考える、楽しい。何か、知る、楽しい。出会う、楽しい」
「リディーは、いっぱい楽しいことがあるのね」
母さまに頷く。
「うん、嬉しい、楽しい、いっぱい。みんなが教えてくれた。嬉しい楽しい、いっぱいくれた!」
わたしには前世の記憶がある。でも前世のわたしをやり直しているわけではなく、今、わたしはリディアだ。前世では幼い頃のことはそこまで覚えていなかった。大人になってから覚えていたかったなと幾度となく思った。家族との会話だったり、初めての体験をした時に何を思ったのかとか。情報量が多かったからか、思い返して覚えようとしなかったからか、そういった記憶は埋もれている。
でも、今世ではそれを知っているから、わたしはなるべく覚えていようと思っている、家族と話したことを。表情を。何を思ったかを。
そうして子供時代を存分に楽しみたい。だってリディアの子供時代は一度しかないのだから。
もふさまがライオンよりちょっと大きいサイズになった。
『よし、空からきれいなものを見せてやる』
わたしは兄さまと双子と目を合わせた。
4人でもふさまに乗り込む。
あ、部屋の中だったと思ったけど、大きなもふさまが通ってもドアに引っかからない。廊下も広がってる。
「ハウスさん、ありがと」
わたしがお礼を言うと、兄さまたちもお礼を口にした。
「いってらっしゃい」
母さまに言ってもらって、わたしたちも手を振る。
「行ってきます!」
もふさまはいつもより高い空へと駆け上がる。枯れているはずの森なのに、それでもいろんな色がある。色彩豊かに、森が、家が、領地が見える。
「あ、村だ」
ロビ兄が指を差す。
もふさまの一歩で足元の景色が大きく変わる。
「あの町、大きいね」
「塀で囲ってる、高い」
「上から見ると、こんなふうに見えるんだね」
あ、雨雲だ。
もふさまは雨雲をみつけると速度を早めた。
そして回り込み。
「虹だ!」
「キレイ」
触ることはできないが、もふさまがまるで虹の橋の上を駆けるように登ってくれる。
「ふわーーーー」
『楽しいか?』
「楽しい。キレイ! もふさま、最高!」
もふさまはビュンビュン駆ける。あまりの早さにわたしたちは掴まりあった。
それから山の上に行って、ベアを呼び出し、食べ終わったブンブンの巣をもらい、聖域に行った。聖域のお水をもらって、ブンブンの巣を浸けた。
石鹸のハーブもたんまりもらう。少しだけうたた寝して。起きると夕方だった。
兄さまたちは聖域を満喫していたようで、聖域産の果物をいっぱい摘んでいた。ちっちゃいイチゴみたいなのがあって鑑定すると〝ベアベリー〟で、食べることができ、糖度が高く、美味。
ひとついただくと、文句なくおいしかった。ああ、これでジャムを作って、おいしいパンにつけていただきたい!
家に帰って、もふさまに抱きつく。お礼を言った。
『今日は、よく、頑張った』
もふさまに褒めてもらって、わたしはますます嬉しくなる。
うん、頑張ったよね? わたし。
みんなが順番にお風呂に入っている間に、わたしは父さまを畑に誘った。
収穫を手伝ってもらう。
「どうした?」
父さまは話があるからだとわかっていたようで、すぐにそう聞いてきた。
「父さま、光の使い手、少ないの?」
父さまは頷く。
「他の属性から比べると、とても少ない」
「でも、いる。だよね?」
「ああ、ただ、属性があっても魔力が少ないとか、光属性なのに治癒はできないとか、そういう者が多いんだ。だから母さまの一族は本当に凄いんだ。女の子のほとんどは光属性を持っていたし、光魔法を使えた」
そうか、だからわたしには光属性はないけれど、その子供は光属性になるかもと望みを持つわけだね。
「父さま、王家、光使い手、執着するの、どうして?」
父さまが顔を上げる。ニンジの泥を手で払いながら言った。
「殿下が言っていたな、歴史を調べればわかるって。父さまもただ備えておくのに光の使い手をそばに置きたいのだと思っていた。考えてみるよ」
わたしも考えることにしよう。……でも、本当に父さま知らないのかな? 表情を盗み見たけれど、いつもの穏やかな顔に戻っていた。
「父さま」
「ん?」
「ロサ、言った。わたしが警戒するべきは、自分、違くて〝兄上〟って」
父さまが呆然として、そして動き出す。ニンジを落としたことも気にせず、わたしの手を持った。
「第一王子には、近づくな」
「……どうして?」
「……第二王子殿下が言ったんだろう? 警戒するべきは第一王子だと」
わたしは頷く。父さまの手が緩む。
「第二王子殿下は、今のところ、悪い方でもなさそうだ。その殿下が忠告してくださったんだ。意味があるだろう」
父さまは落としたニンジを拾った。そして収穫したカボッチャと、トマトンももいで、カゴに入れていく。
「さ、ピドリナに料理してもらおう」
出された手をとって繋ぐ。
王妃さまの子供だから? 王妃さまは母さまたちを嫌っている、だから子供のわたしを嫌いで、王妃さまの子供の第一王子も刷り込みされているのかな?
父さまは何かを知っている。
でも、今は、まだ話してくれそうにないね。
わたしは父さまをチラリと見上げてそう思った。