第1037話 地道な調べ物⑤集会(後編)
その拍手が起こるまで、わたしはどちらかというと同情していた。
本当に手を払っただけなら、それは過失の事故だ。もちろん人が亡くなったわけだから重たく四方八方に残る痛みとなっただろうけど。暗い影を残すのは同じだとしても、そのとき本当のことが言えていたら、何かが違っていただろう。
それがとても残念に思えたし。告白するのはここでじゃないだろうとちょっと思ったりもした。
でも人は間違える生き物であることを知っているから、歪んだ方向にきてしまったのだとしても、それもまたこの人の生きる道であるわけで……。
けど、それを支持するような爆発的な拍手と、熱い瞳で皆が同じ方向に褒め称えようとしているのを見ると異常に感じた。
だって人の感情は千差万別。
故意に同じ方向へと持っていこうとしているのを見ると、わざとらしさ爆発と感じるのか嫌な気持ちになる。
告白した人はみんなに頭を下げ、お礼の言葉を呟き、涙を流している。
わたしは意地悪な気持ちで、あんたが謝る人は弟で、あったことを告白するのはこの場じゃないと思った。
誰かが青の術師の勇気をお祝いしましょうとグラスを掲げた。
そして乾杯とグラスをあおる。
次に中央へ進み出たのはクラリベルとニーナ嬢。
白い布をとっぷりとかぶっていて、長い金髪が時折見えるだけ。でもだからだろうか、ふたりの綺麗な金髪がより効果的に威力を発揮する。隠されている顔がみたいと。あの輝くような髪と同じに、とても美しい少女たちなんじゃないかとそそられる。
少女たちはこうしていれば怖いことなんかひとつもないんだというように、ギュッと手を繋いでいた。ふたりは息もぴったりにお辞儀をする。
「私たちは双子の姉妹です」
ニーナ嬢、いや、アニーが可愛らしい声で告げる。
グレーン酒を飲んでいた人たちの気持ちが中央に向く。
「2年前まで私たちは貴族でした」
今度はイライザ。
「幸せは、ある日唐突に終わりを告げました」
交互に台詞を言って、話が進む。
「それがある貴族に目をつけられ、平民落ちしました」
〝ある貴族〟。台本ではシュタイン家だと思ったけど。
白い布を被りながらも、カドハタ嬢が睨んでいるのがわかる。
でもイライザは気にしていないようだ。
「父も母も生粋の貴族で耐えられなかったのでしょう。毎日お酒を飲んでばかりで食べるものさえ買えない日々が始まりました」
「父や母は以前の癖でお金がなくてもツケで払うと言いましたが、それがいつまでも通るわけはありません。私たちでもできる仕事を探して働きましたが、すぐにお酒へと変わってしまいました」
「食事が取れなくなり、私は倒れ、足が動かなくなりました」
アニーは愛おしそうに自分の足を見てから、イライザを促す。
「私は自分だけが不幸だと思いました。姉が辛いことを思いやれず、足が動かなくなった姉の分も働かなくてはならなくなったから余計に。そんなとき、こちらの集会へと声をかけていただきました」
……クラリベルって、演技うまい。
クラリベルの演技を見たことがなかった。
いつの間にか引き込まれていた。彼女たちの話す素性に。
不運を嘆きたいけれど、我慢している声。集会で何か希望を見つけた声。
毎日発声練習を怠らない通る声は、気持ちを込めて真っ直ぐに聞くひとに届く。
「痛みを分け合う集会だと聞きました。気持ちがひねくれていた私はそれは不可能だと思っていました。けれど、ここにきて気持ちが変わりました。私はこの集会で救われたのです!」
みんながイライザから目が離せない。
あの少女からどんな奇跡が語られるのかと、前のめりだ。
「皆さまの優しさから学びました。姉の不調は私が不幸だとばかりに気を取られた私への罰だったんです!」
口元で握りしめていた手を前にだし手を広げる。そんなただの動作だったのに、……クラリベルは指の先まで使って演技している。みんながその指先に目を奪われている。少女の奇跡が見えるのではないかと期待して。
「私は祈りました。私への罰は私にしてください。姉を助けてって。私にはまだ世界からの声が聞こえませんが、世界は機会をくださいました。姉の足をこうして治してくださったんです!」
演技マジック!
わたし実はあの台本中途半端だと思ってたんだ。
アニーが一時的に足が動かなくなったこと、イライザが集会に行った後、バッチリのタイミングで回復につながったこと。それを思想団体の意に絡める。それがね、どうせならもっと感動的にやればいいのにと思った。
罪を告白する場だから、その罪をイライザが〝苦しんでいるアニーの面倒をみること〟を一瞬でも自分の不幸だと思ったことにしたんだろうけど。イライザたちを広告塔にするなら、もっときれいな存在のままでいいと思うんだよね。
わたしが台本を作るならそうした。
たとえばアニーと一緒に泣いて嘆いてばかりいて、何もしてこなかったとかさ。それで集会で話を聞いてもらって、教えてもらった足にいい民間療法をかたっぱしからやっていったらアニーの足が動くようになった。集会で話したことによって信じる心が戻ってきた。信じることができていなかったのですとか!
ハハ、台本に不満があったんだね、わたしは。
それがクラリベルが演じたらどうだろう。引き込まれて、そんな些細なことは頭に残らず、集会で得た奇跡にあった少女たちのこれからに、いいことが起こることをいつのまにか祈っていたよ。
やるね、クラリベル!
そうしてまたグラスグレーン酒が配られてみんなで祝った。
イライザたちはいく人もの人から声をかけられ、その度に役になり切って話を続け、その日の集会は終わった。
馬車に乗り、白い布をとる。
目の前のカドハタ先輩が鬼の形相だ。
クラリベルは白い顔ながら、笑顔を崩さない。
ニーナ嬢は震えている。