第1030話 演技指導とご褒美(後編)
「この鞄、バレたら実はダンジョンでドロップしたものって言ってね」
「へ?」
クラリベルは首を傾げる。
「ちょっと大きくするから」
「大きく? 鞄を?」
「そ。クラリベルが手を入れた時だけスペースを発揮する大きい鞄よ」
「え?」
「ベッドぐらいの容量があるわ」
「ええ?」
「他の人が開けてもちょっとしたものしか入らない鞄に見えるわ。奥に入れた物はクラリベルしか取り出せない。盗まれてもこれはクラリベル専用の鞄だから戻ってくるわ」
クラリベルはうっすら口を開けて黙って聞いている。
「それって、ひょっとして収納袋ってこと?」
「そう。潜入が終わるまでは、この鞄は普通のだと思わせて」
「……そこにみつかったら、探っているとわかってしまうものを入れるのね」
勘がいい。
「これは録画と録音ができる髪留めよ」
「録画と録音?」
市井で売っている平民が買うどこにでもある髪留めだそうだ。そのきれいな石をはめ込んだ部分に細工して魔具を入れ込んだ。
「いい? この後ろの留め金になる部分を押しながら石の部分を押すと」
「外れた!」
「そう。このチップに録画されたデータがはいるの」
「でーた?」
チップを渡すとクラリベルは掌の上にのせてまじまじと見ている。
未使用のチップを渡して、入れ替えを何度かやってもらう。
すぐにできるようになった。
「カドハタ先輩のところに行く時は必ず録画をして。そして部屋で一人になった時、このチップをベッドの上に置いて、〝リディアに届けて〟と言ってちょうだい。チップもだけど、何かあったら手紙を書いて。封書に一緒にチップを入れて。わたしに届くから」
クイかベアがわたしに届けてくれる。
収納袋にしたバッグにレターセットも入れておく。
「なんでも相談してちょうだい。いえ、相談じゃなくても、普通に今日あったことでもいい。クラリベルが元気か確認したいから」
「うん、わかった! ね、録画って髪飾りにつけたら、この方面しか撮れないんじゃない?」
クラスの子にはわたしの持っている魔具を披露したことがあるから、その仕組みを覚えていたみたいだ。
「進化したの」
「進化?」
だってわたしにつけていて動くと、録画画面も揺れるから見る時揺れていて酔いそうになるんだもん。ビクッとしたのとかもそのまま映り込むし。それで〝視点〟を追加したんだ。カメラワークモードにしておけば、会話をしている人たちをアップにしたりと、クリエイティブな仕事をしてくれる。〝映画やテレビを撮るような技術〟の記憶があって良かった。もちろんどうやるかという細かいことは知らないけれど。どう見えるのかを〝知っている〟ので問題なかった。
お茶会とその後の様子をもふさまの首のリボンにつけてみた。
しっかりした〝視点〟機能で、映画みたいな仕上がりになっていた。全部は見てないけど。
今度なんでそんなことできるの?と突っ込まれたら、改良のスキルがあると言ってみようっと。
「だから、どんなふうにつけても機能には問題ないから」
「え? 2つ?」
「ああ。ほらニーナさまと双子役なんでしょ? 同じものをつけた方がいいということになったら、お揃いでつけて。ちなみにどちらも録画の魔具だからどちらをクラリベルが持っても大丈夫よ。〝開始〟さえしなければ髪留めと変わりないから。交換しても大丈夫だから、怪しまれることもないと思う」
クラリベルはこくこくと頷いた。
「それからこれね、持っている人がどこにいるかわかるものなの。ただ魔力を遮断されたり、魔力の多い人がそばにいた場合、機能を発揮できなくて万能というわけじゃないんだ。
ないとは思うけど、クラリベルと連絡がつかなくなったりしたときに、わたしはこれでクラリベルの居場所を追跡する。この指輪は鎖につけてネックレスにして、服の中に。これはね、靴につけておいて」
「靴?」
「うん、これも靴をぬがされたら意味なくなっちゃうけど」
クラリベルにオッケーをもらってから、靴の内側に張り込む。
「リディアって今までに何度も危険な目にあってきたよね?」
「え?」
ははっと頬をかく。
「私でこんなにいくつもなら、リディアってどれだけつけてるの?」
「……居場所が分かるのは靴とアクセサリーと制服とだいたい3つに、収納袋の中に山ほど。そのほかにも家族から魔法で探れるサーチをつけられたりとかいろいろしてるよ」
「そ、そんないっぱい? え、でもリディア、誘拐……」
「持ち物取られたら意味ないからね。魔法の探索もわたしの魔力を遮断されたら意味ないし。収納袋は意識があれば手にできるけど、記憶がなければ意味なかったし。何かあった後、対策は考えているけど、こっちが進化してもあっちも進化しているのよねー。いたちごっこよ。
いつだって相手が違うから、それなのになんでこんなことが起こるんだろうって思っていたけど……」
大元が同じなのだとしたら説明がついちゃうな。
「リディア?」
いつの間にか自分の考えに入り込んでいた。
クラリベルの気持ちを軽くしたかった。危険にも備えているのをわかってもらうためだったのに、全部明かしてちゃ駄目なのに。
「私怖くないよ」
「え?」
「いや、怖いのは怖いけど。リディアたちがそうやっていろいろ考えてくれて。ジェインズさまにお会いできたり、こうして守ってくれようとしていて。
だから、怖くない」
ニヤッと笑った。
「リディアってあれだよね。なんだっけ、ジョセフィンたちが言ってた。足すの簡単に書ける記号!」
「プラス?」
「そうそう、それ! こんないっぱいくれてさ。でもね、物だけじゃなくて、リディアは気持ちにプラスをくれる! 今も今までもいーっぱい!
だから私、今度は私がリディアのプラスになるよ。任せておいて!」
クラリベルはバッグに入れた魔具たちの使い方をひとつひとつ確かめている。
クラリベルはホーキンスさんの演技指導や、身を守るために渡した数々の道具をご褒美だと喜んだけど、褒美をもらったのはわたしの方だ。
ギフトだけでなく、プラスを届けていたのなら、とっても嬉しい!
すっごく嬉しい!!