第1027話 省みる試験の始まり⑥エリンの発言
「では、マヌエラ・メンター伯爵令嬢」
今度は大人しそうな茶色い髪に青い目の2年生だ。
「す、すみません、思いつきません」
「そうか、萎縮することはない。妾が興味があり、聞いているだけなのだから。気を楽にしてくれ。
ではナタリー・サンドロック侯爵令嬢」
明るい金髪をリボン型に結いあげている。
「リディア・シュタイン先輩の案がいいと思いました」
ぶっきらぼうな言い方だけど、声が可愛い。なんていうかアニメ声。
「そうか、ではミープ・ロイター伯爵令嬢」
灰色の長い髪はおろしている。前髪を作ってないからいつも見えるのは片目だけ。……ひどいこというけど、可愛いからかさお化けちゃんみたい。とっても可愛いんだよ、だけど、髪がこうお尻まで覆う感じに長くて、その隙間から目が見える感じが。
「私もリディア・シュタイン先輩の案に賛成です」
おっと、思ってなかったハスキーボイス。
さっき質問をしていたのは男の子ばっかりだったんだね。3人は話してなかった。妃殿下の狙いはそれもあるのかな。
「そうか。では次、エトワール・シュタイン伯爵令嬢」
「そんなの秒でぶっ潰せばいいんですわ。コリン殿下がなんだの言わせないうちに済ませれば」
発言と同時にハーフアップしている、おろしていた髪を後ろにパサっと払う。
……エリン。
面白がって顔がにやけているロビ兄と、頬を引きつらせているアラ兄。兄さまもどっちかというと引きつらせている側かな。
もふさまは笑ってるし、リュックの中からも笑い声が。
一瞬の沈黙の後、陛下が豪快に笑った。
「おお、そうか、ぶっ潰せば良い、か。
だが、エトワール・シュタインよ、もし、思想団体が悪いものではなかったらどうする?」
「姉さまを、……ユオブリアの伯爵令嬢に、悪いことの全てを押しつけようとするなんて、バッカスと同じ感じがします。
ううん、バッカスの残りカスたちが姉さまに潰されたって逆恨みして、宗教団体を作っているようにしか思えないわ! 姉さまを悪者にしようとするなら、絶対〝悪〟よ!」
エリンの声は通る。この子は女優にもなれると思う。うん、エトワール将軍ともてはやされたのがわかるよ。絵になるし、耳に残る。
「なるほどな。では秒で潰すといっても、まだ集会の背後にどれだけのものがいるかはわかっていない、どうするのだ?」
「集会は全てぶっ潰していけばいいの! ローラー作戦よ!」
「ローラー作戦?」
エリンはため息を落とした。
「陛下はローラー知ってます?」
やーめーてー。
陛下にそんな話し方しちゃ駄目でしょ。
「いや、知らぬ」
「コロコロのおっきいののことです」
「ころころのおっきいの?」
双子兄、兄さま、ノエルも、なんとも恥ずかしく、やっちまったなー感を漂わせ、あらぬ方を見るしかない。
エリンは頷いている。
「難しいな。シュタイン家の者、言葉を足してくれんか?」
「ローラーとは土地をならすときに使う重機を思い浮かべていただければと思います」
アラ兄が陛下に通訳をかって出る。
「してコロコロとは何に使うのだ?」
「掃除よ。ラグとかにも使えて便利なの!」
陛下がアラ兄を見る。
「ローラーを小さくしたようなものでして、粘り気のある樹液をシート状にしましてローラーに巻きます。ネバつく方を外側にして。それをウチではコロコロと呼んでおりまして、ホウキなどで取れなかったものを粘着力で貼りつかせます。座ったままその名の通りコロコロさせることでゴミが取れるところが手軽です。シートをつけ替えるのは少々面倒ですが」
「ほう。シュタイン領で売っているのか?」
「いえ、これはウチでだけ使用しているもので……」
「あ、そうなの? ごめんなさい陛下。コロコロはどの家にもあると思ったの」
エリン、自由すぎる……。今陛下は圧とか全然かけてないからかもしれないけど、怖くないのかな?
「良い良い。してローラー作戦とは?」
アラ兄が目でわたしに助けを求めてる。
「本で読んだのですが、熱で硬さの変わる鉱石を敷き、筒状の重機を転がして平らにならす方法があるそうです。熱いうちならどんなデコボコもローラをかけて真っ平。それにちなみ、隙間なくかたっぱしからひとつの落ちもないように調べつくすやり方をローラー作戦と呼んだ、とか」
アダムが笑いを堪えてる。ブライもだ。
「と言うことは、エトワール嬢はかたっぱしからひとつの落ちもないように潰していけばいいと?」
「はい!」
エリンは元気に頷いた。
陛下からすっと冷気のようなものが上がる。
「かたっぱしから。その判断に誤りがあったらどうする?
令嬢は何をもって、正しいとする?」
「姉さまが潰していいといえば、あたしは潰します。徹底的に」
そう言って、片方の手の拳をパーにした手にぶつけていい音を出す。
そんなパフォーマンス、どこで覚えたのぉーーーーっ。
陛下が魔力をのせている。
みんなその圧に押され顔を青くしている中、意気揚々と返事をするエリン。
圧を感じてないの?
「リディア・シュタインが誤ったらどうする?」
「誤ることがあるとしても、姉さまが誤ったことをあたしにさせるなんてことはありません」
ひっ。
エリン、あんたって子は!
子供だって王の臣下である王政の国で、なに姉が世界一で姉の言うことだけ信じますみたいな、たわけたこと言ってんのよ。
隣を見ると、エリンは尻尾があったら振っていそうな勢いでわたしを見ていた。褒めてと言わんばかりに。
「……陛下、妹は年齢よりさらに幼く、弁えておらず、わたしのことを好きすぎるだけなんです!」
だから罰するなんて言わないで!
「ふっ、はは」
え?
圧が消え、陛下が笑ってる。いや、陛下だけでなく、妃殿下も、夫人たちも、ロサ、生徒会メンバー、笑ってる。アダムなんかお腹抱えて笑ってるんだけど。
「いつも大人顔負けのリディア・シュタインだが、妹御の〝愛〟には心かき乱されるようだな」
陛下が悪い顔で、気持ちよさそうに笑ってる。
わたしはエリンの言葉で、エリンや家族の誰かが怒られてしまうんじゃないかと焦りまくったというのにっ。