第1026話 省みる試験の始まり⑤水を差す大人
ロサは笑顔で対応。
「エステル夫人、どうかなさいましたか?」
「陛下、バンプーはブレドさまより3つも下なのです!」
そのお隣の第二夫人の目がスーッと細まる。
「エステル夫人、わかりきっていることを何故ここでいうのです? 試験はもう始まっているというのに」
エステル夫人はびくっとした。
「陛下! ブレドさまの味方の方が多いではありませんか! それにこれくらいの子供の3年の違いは大きいですわ! バンプーが不利です」
ああ、2年生が活気づいているときはよかったけれど、いざ、ではどうすれば?という段階で静かになったから、バンプー殿下のバックが弱いと思っちゃったのね。
「母上、やめてください!」
声をあげたのはバンプー殿下だ。
「あなたは黙っていなさい! 圧倒的にあなたが不利なのよ!」
「母上、王位についたときに年齢が免罪符になるとお思いですか? 民に言い訳を求める王がありますか? 母上が私を応援してくれる気持ちには感謝いたします。ですが、過剰になるのはおやめください。
それに試験ではあるけれど、この思想団体は何やら不穏です。もし思った通り危険となるのなら、民にとってよくありません。
私は王を目指すものとしても、王族に席をおくものとしても、この思想団体の目的を解明し、危険なら排除するべきだと考えます。そしてそれができるなら、誰がどのようにやるとしても、達成されるのが一番だと考えます」
拍手したい気持ちになった。
バンプー殿下、前から正義感強いと思っていたけど、まっすぐなのね。
ロサもちょっと嬉しそうに弟を見ている。
「陛下、お願いがございます」
立ち上がったのは第四王子のコリン殿下だ。
「どうした?」
夫人の訴えにはすぐに返さなかった陛下だけど、コリン殿下の言葉にはすぐに反応する。
「僕は決して王太子になりたいとは思っていません。でもこの国の王子として、民たちに降りかかる悪意は退けたい。そのために兄上たちを手伝いたいのです。僕も参加させてください!」
「なりません!」
いつもたおやかな笑みを浮かべている第三夫人・キャスリンさまが取り乱したように立ち上がる。
コリン殿下は一瞬怯む。
「……母上」
「王位継承権が絡んだ試験なのです。今までも継承権を破棄していると言っているのに、疑う人が出てきました。この試験に関与したら、どんなに否定しても王位を欲していると思われます!」
なんか、相当辛いことがあった感じだな。
「キャスリン夫人」
第二夫人・リリアス妃殿下が声をかけた。
そんな大きな声ではなかったのに、響いたように感じたのは気のせいか。
キャスリン夫人はハッとしたように妃殿下を見る。
「子供を止めるのは、悪いことをしようとしている時だけで十分ではないか?」
扇を開き、優しい声音で笑いかける妃殿下。目しか見えないから、本当に笑っているかはわからないけど。
「それから子供が自分で歩けるようになったなら、必要以上に手を差し伸べるものでもない。前もって道を用意するのも言語道断。そうは思わないか? エステル夫人」
妃殿下が夫人ふたりに釘をさした。ぐっと詰まるふたり。
「ただ、殿下たちを見守り、そのほかの厄介ごとから助けるのは女の役目。
キャスリン夫人の心配事ももっともであろう。ではどうするのがいいと思うか? リノ・セローリア公爵令嬢」
恐っ。いきなり婚約者チェック?
まぁ、ロサと結婚したら王室全体の奥のことを仕切らなくちゃならないわけだから、必要となる考えだろうけど。
「まず、試験が始まった時からのことは全て口外しないと皆さまに誓約していただきます」
「ああ、そうだな。コリン殿下が参加すると、誰にも知られていないままにできる」
リノさまの少し上がった肩が、ほっとしたように戻る。
「では、聖女・アイリス・カートライト男爵令嬢。そなたに策はあるか?」
え、リノさまは婚約者だからわかるけど。
厄介ごとから助けるのは女の役目っておっしゃったから、ひょっとして女子全員に聞くつもり?
アイリス嬢は口元に手をやり、可愛らしく首を傾げる。
「あたくしにできるのは、そのことで不安になる夫人に、癒しとなる祈りを捧げることぐらいでしょうか?」
にこっと微笑む。
最強。策じゃないけど、自分のできることを提示している。すげー。
「聖女に祈ってもらえたらキャスリン夫人も心穏やかになれるだろう。
アイボリー・フリート侯爵令嬢はどうだ?」
「誓約書が交わされ口外することもないのなら、今後は陛下との連絡係のように見せかけるのはいかがでしょうか?」
なるほどねー。
「そうだな、陛下とのやりとりであれば口を挟めるものはまず、いまい。
マーヤ・ハバー嬢はどうだ?」
「商人のやり方でいきますと、もっと目を引きつけることを起こします。気がこちらに向かないように」
なるほど。興味の対象自体を差し替えるわけね。
「面白い! 大商人の令嬢ならではの策じゃな。
リディア・シュタイン伯爵令嬢はどうだ?」
「コリン殿下にボス……コホン。この件の頭というか、見極め……審判に準ずるものを演じていただくのはいかがでしょうか?」
「審判?」
「ええ。試験でもあるので、試験の監視官でもいいんですけど、そんな立場だといえば、試験を受ける側とは一線が引けます」
「それは良い!」
扇が閉じて、小気味のいい音がした。
「皆さまの策をお借りし、まとめただけですが」
愛想笑いをつけ加える。隣のエリンが姉さまさすがというようにキラキラした目で見ている。その隣のノエルもだ。
いや、まじで皆さまの考えをまとめあげただけだから。
居心地悪く感じて、無駄に膝上のもふさまを撫でると、もふさまは足元に飛び降りて、首を後ろ足でかいた。犬っぽい。