第1020話 コリン殿下のお茶会⑥身分の高い女性たち
第二夫人は慈しみのある笑みをそのまま王女殿下に移した。
「アガサ王女、素敵なネックレスですね」
「リリアス妃殿下、ありがとうございます。……急にこちらに参加させてもらうことになったので支度が整っていなかったのです。そうしたらリディア姉さまが貸してくださったの!」
アガサ王女は無邪気に報告した。第三夫人と第二夫人もだけど、アガサ王女と第二夫人も関係は良好のようだ。
けれど……。
第三夫人は笑顔で許してくださったとはいえ、妃殿下となった第二夫人が許してくれるとは思えない……。奥のことを統率される方だから。
まさか第二夫人にバレることになるとは……。
「リディア嬢の……さすが一級品ですわね。今日はお茶会ですし、お兄さまの特別な日ですから大目にみますが。アガサ王女、王族はなんどきとも〝借り〟を作ってはなりませんよ。リディア嬢がいずれ親族になる……親戚であるなら話は違ってきますけれど」
と王女殿下にウインクした。
え。
「そうですわね、アガサ王女。リディア嬢はこれから親戚になる可能性がありますから、問題ありませんわ」
え。
振り返ると、今度は第四夫人、バンプー殿下の母ぎみ、エステル・コックス・ホール・ローク・ド・ユオブリアさまだ。
みんな一斉にカーテシー。楽にしてと声をかけてもらったので慌てて挨拶する。
「ユオブリアの陽に照らされし月の君にご挨拶申しあげます」
「何やら興味深いお話をされていましたね。私もライラック家の刺繍やレースに胸をときめかせたひとりです。私もぜひ、ドレスを予約したいわ」
えええ、第四夫人まで? さっき第二夫人も混ぜてって言ったよね?
「リディア嬢、〝予約〟はどのように手順を踏めばよろしいの? シュタイン領に問い合わせを?」
「い、いえ、よろしければわたしが承ります。わたしが間に入らせていただいてもよろしいでしょうか?」
だっていくらなんでも村の人に王妃殿下たちの採寸とか……あまりに酷だ。
なんか、大ごとになっちゃった。
「リディア姉さま! 姉さまは本当にわたくしのお姉さまになってくださるんですの?」
おっと、違うところで目をキラキラさせているアガサさま。
いやーん、すっごく可愛くて、わたしでよければ喜んで!と言いたくなるけど。
「我がシュタイン家が王族と親族になどおこがましすぎますわ。ありえないことです。わたしはアガサ王女さまをお慕いしているので、仲良くさせていただければとても嬉しいですわ」
「わ、わたくしも姉さまをお慕いしていますわ。ですから、これからも仲良くしてくださいね」
「はい、もちろんです」
「あら、シュタイン家は望めばいつだって王族に迎えられますよね、妃殿下」
「ええ、エステル夫人」
扇で口元を隠しながらも、第二夫人もにっこり頷く。
え、これって第二夫人もエリンをバンプー殿下の婚約者に迎えたいと思ってるってこと??
「王は後継者を残すために側室を迎え入れることもある。リノさま、ご承知よね?」
第二夫人は少し声を大きくする。
え、え、え、え、えーーーーーーーーーーーーー。
「……はい、お義母さま。心得ております」
キリッとした顔で答えたのはリノさまご本人。
こ、この流れってもしかして、いや、もしかしなくても、ロサが側室持つかもよ。その相手、わたしかもよ?ってやつ?
わ、わたし、どうしたらいいの、こんな時。
「母上、まさか我が婚約者や、シュタイン嬢を困らせているのではありませんよね?」
グラスを片手にロサが会話に入ってきてくれた時にはほっとした。
ロサも決めつけなかったけど、シュタイン嬢はこの場にふたりいる。わたしは婚約者ありなので、普通に考えるとエリンを指す。
会話していたのはわたしだけど。
だからうかつに話すと薮蛇になりかねないので、何も言えなかったのだ。兄さまもそうだと思う。わたしって限定されれば、婚約者の立場から言えることもあるだろうけど。チラッと見ると、無表情ではあるけれど、怒りが透けて見えている。
当のエリンはといえば、お酒入りのクッキーをたんまり食べている。エリンもノエルもお酒に強いけど、これから大事な話があるのに何あんなに食べてるのよ。
わたしはといえば、午前授業が終わったところで馬車に揺られてお茶会直行だったので、お菓子はいただいたけど、お昼ご飯を食べ損ねているのよね。
お菓子でもお腹は膨れるものだけど、ご飯といったら、ちゃんとしたものを食べたい。
はっ、そんなこと考えてる場合じゃなかった。この国でもっとも身分が高い女性5人を含み、会話しているところだった!
「そんなつもりはなくてよ? リディア嬢、妾は何か困らせたかしら?」
「いいえ、そんなことはございませんわ。殿下、お三方は商談に乗ってくださったんです」
わたしはロサに商談の内容を説明して、話題転換を試みる。
だけど、ドレスの件で間に入ると言ったのはしくじったと思った。個別で会った時、そんな攻撃されたら、面倒だな。返事は決まっていることだけどさ。
「それは人気が出そうだな。ライラック家のレースの図案が売られるのか? 外国からも人気が出そうだ」
「3年ははた織り村の独占になります」
「抜け目ないな」
ボソッとロサが呟く。
あったりまえよ、商売にするのなら、利益はしっかり取らないとね。たっぷり見せびらかして、欲しいと思わせて買ってもらうように仕向けないと。あんまり長すぎても興味を失ってしまうものだしね。だから手の届く3年というところを選んでみた。3年なんてあっという間だから。
「コリン殿下はいい子に育ちましたわね」
第四夫人が第三夫人に笑いかける。
「エステル夫人、ありがとうございます」
第三夫人は胸に手を当て、丁寧に礼をした。
「それにしても目の色は紫でよかったこと」
その一言で空気が凍る。第四夫人は気づいてないみたいだ。
この人、一言多い人なのかも。
第三夫人は表情を変えなかったけれど、まぶたがピクッとしたのをわたしは見た。
それにリノさまも表情が暗い。
結婚前の婚約中に側室を認めなくちゃいけないなんて。そりゃ、王族に嫁ぐのだから最初から覚悟はあっただろうけど……。そしてそれがシュタイン家からだと良さげに義理の母から匂わせられたら、すっごい嫌じゃない?
わたしたちは仲違いをしている演技をしている最中だけど、嫌われていく気がしてなんだか怖くなった。