第102話 ファーストコンタクト⑬交渉(後編)
ロサの発言は気になるが、今は取引の方が先決だ。
「契約書、作ろう」
わたしが提案すると、ロサは首を傾げた。
「契約書?」
「書面にしとかないと、途中、契約、替えられても困る」
ロサが立ち上がった。
「私を誰だと思っている? ユオブリアの第二王子だぞ? そんな卑怯なことはしない!」
あ、怒った。やっぱり、魂熱い。
「じゃあ、簡単なので、いい。お互い、書いて持つ。5年、口で言ったこと、記憶、危うい」
「私は忘れたりしない!」
「本当に? 一言一句、違えず? 言ってみて」
促すと、ロサは何か言おうと口を開きかけたけれど、ギュッと口を結んでから、いう通りにすると言った。
わたしは部屋に戻って、紙をとってきた。
ちゃんとしたのを大人に作ってもらう方が楽なのにと思って、ふと考える。
待てよ、わたしとロサで考えるのなら、有利でなくても、不利にはならないよう持っていけるはずだ。
ニヤつきそうになるのを抑えて、ペンと紙をロサにも渡す。
〝契約書〟と見出しをつけて、日付を記す。
ロサもわたしを真似て書き出す。読みやすい字だ。
契約書なんて1年に一度、仕事の更新をするのにお世話になったぐらいで、その時はもちろん読んでいるが、文言とか覚えていない。甲とか乙とか、あの時点で気持ちが萎えるんだよね、飲み込むのに時間がかかりそうなイメージがあってさ。それに契約書というより、覚え書きだけど、覚え書きとすると何かが〝落ちる〟気がする。
まぁ、1行目は前文だよね?
【ロサとリディアは5年の間、リディアは領地を発展させ、ロサはその対価としてリディアの家族と婚約者を守ることとする。詳細を以下の通りに契約する】
そして話し合いながら、契約したいことを箇条書きにして、書いていくことにした。
まず、ロサの望む〝成果〟が、「利益を前年度の倍にする」だったので、早速、異議を申し立てた。
「2年、倍でいい。その後は、前年より上で」
「甘くないか?」
「100歩譲って、収益ならわかるけど、利益、横暴」
「収益? 利益?」
こいつわからないで言ってたのかよと呆れて見たら、わたしのいう通りでいいと目を逸らした。考えると課題を出されたばかりで勉強し始めたばかりなのかもしれない。7歳だもんね。
ってことは……チャンスだ。
第一条は、リディアは領の利益を2年は倍に、次の年からは前年度より利益を上げること、で話がついた。
わたしは、成果を出せば、家族に、婚約者に危害が加えられないようロサが阻止続けることを申し立てる。オッケーが出た。
お互いに決まったことを書いているとロサが言った。
「リディア嬢、文字が大き過ぎないか?」
「紙、いっぱい持ってきた」
文字を小さく書くのはまだ苦手だ。ロサはなんとも言い難い顔をした。
ロサは自分が呼び出したときにごねずに応じろよと言い、わたしはその場所は領地や家以外でねと返した。
課題に協力しろと言うから、主語が広すぎと抗議した。ロサはウチの領地に関わることだけ、課題に協力しろと訂正する。
すぐにこちらの提案をのんだり、やはりロサはピュアだ。口約束だと何年か後に〝言った、言わない論争〟になるのではと思って書面にしとくかと思ったんだけど、疑いすぎて悪かったかなとチラリと思った。
でも、それはそれ。契約はきちんと詰めておかないとね。
それからもお互い望むことを言い合っていった。
「ロサ、確認。この契約、秘密?」
「そりゃ、そうだろ」
そうか。
それは大変と思い、わたしと会うときは、兄さまたちの友達だから会って、そのついでだと偽装するよう言った。
「なぜだ?」
「秘密、なんでしょ?」
ウチの家族にはまるっと知れているだろうが、それは不可抗力だ。
「秘密だと、なんでリディア嬢に会うのに偽装するんだ?」
「わたし、婚約者いる。なのに、ロサ、会ってたら、変」
そうかと素直に頷くのを見たら、老婆心がおきる。
「本命にも、秘密する?」
「ん? 課題のことは言ってはいけないからな」
あっけらっかんと言う。ダメだ、コイツわかってない。芽生えかけた優しげな気持ちが消えた。誤解が誤解を生む、悲惨な未来が目に浮かぶ。
わたしは項目を増やす。本命にわたしとの仲を勘繰られたり、ましてやわたしに被害が及ばないよう気をつけるように、と。
「は?」
ロサは品よく首を傾げる。
「お子さま、わからないだろうけど、女心、複雑。わたし、被害こないよう、がんばれ」
ロサは訝しげな顔をしているが、いずれわかるよ。
王位を継承するための課題、その結果をだすのに会っているんだ、ということを隠したら、残るのは会っている事実だけ。本命に勘違いされないよう、頑張りたまえ。
わたしの方が願い事が多かったので、ロサは会うときには手作りのお菓子を持ってくることだの、料理を用意しろだの、変な条件が紛れ込んできた。大したことではなかったので放っておいたが。
本当のところ、わたしは家族に手を出すなというのを守ってくれさえすればいい。前提としてロサとは婚約しないし(なぜなら婚約済みだから)、できれば家には来ないで欲しいけど。それから、本命を安全にする目眩しにするな、それだけだ。けっこうな項目か?
利益は毎年アップしていこうじゃないか。元々この契約がなくてもそのつもりだった。
お互い出尽くしたと思えたところで、5年の間、ふたりで話し合いお互いが納得すれば、契約条件を増やしたり、なくしたり、変更したりする旨を条件に入れた。
お互いのサインを入れ、書いたものを交換した。
ロサはすぐ折りたたんでポケットに入れた。
「読みなよ」
「なぜ?」
「わたし、わたし都合いいよう、書いてたら、どうする?」
ロサはハッとしたようにわたしを見てから、大人しく畳んだ紙を広げた。
上から読んでいく。
ロサが書いたものは5枚だが、同じことを書いたのに、わたしは字が大きくなったりするので13枚になった。読むのも大変そうだ。
読み終わると、ロサは今度こそ、きちんと折りたたんだものをしまって、クッキーを口の中に放り込んだ。
契約書も交わしたし、取引は終了だ。
その後、すぐにロサたちは出立した。
父さまにも、わたしを危険な目に合わせて申し訳なかったと頭を下げた。
ロサからは最後に置き土産をくらった。
いろいろ言い当てられたのが悔しかったのか、最後の最後にわたしに耳打ちした。
「ずいぶん楽しませてくれたから、ひとつ、いいことを教えてあげる。君が警戒すべきは、私じゃない。……兄上だ」
ラスボスですか!? 驚いたのが伝わったようで、ロサはいい笑顔になり、わたしの後ろをちょっと見てから、サッとわたしのほっぺに口を寄せた。当然、触れてはいないが、当人以外には口をつけたように見えただろう。
え?
またわたしの後ろを見て、ニッと笑った。
ロサはローブを翻して馬に乗る。
「それでは、リディア嬢、成果を楽しみにしているよ」
馬を走らせる。
ほっぺをゴシゴシ擦られる。兄さまが腕のところで拭いている、けっこう長く、強く。
「触れてない」
思わず告げると、兄さまは母さまのようににっこり笑った。
「もちろん、触れていたら、許さなかったよ」
誰を? 静かな怒りを感じた。
普段優しいだけに、めっちゃ怖いんだけど。
わざとだ。ロサのやつ、許すまじ!