第1019話 コリン殿下のお茶会⑤女王現る
そこで考えた。わたしにでもできる刺繍。スェーデン刺繍か、クロスステッチしかない。
スェーデン刺繍は布目を数えながら布をすくって刺す刺繍のこと。図案に従って布目をすくっていく作業なので、仕上がりに不器用さは反映されない。
ここでわたしが呼ぶクロスステッチとは、布目をマス目と認識してドッド絵の要領で図柄をバッテン印に刺繍していくものだ。ドッド絵のような絵柄を刺繍していく。これもマス目にバッテン印のクロスステッチをしていくだけなので、器用さがそこまで求められるものではない。
どちらかというとスェーデン刺繍の方が向いていると思うので、針の先を魔法ですくいやすいように少し折り曲げた針も作った。そうしてできた刺繍は母さまの顔を綻ばせた。こういうのも素敵ね、と。
母さまの課題、刺繍、クリア!
そのスェーデン刺繍を施した布で、小物入れを作ったのだ。
お二人はそれに目を留めた。
わたしはおばあさまたちにスェーデン刺繍の説明をした。
するととても興味を持たれた様子。
刺繍用の布と糸と針を出すと大興奮して、熱中。
ふたりはぶっつけ本番で、不可思議だけどきれいな模様の刺繍をなさった。
「これはリディアが考えたの?」
「いいえ、前世でやったことのある刺繍です」
「この布は、この刺繍用に?」
「はい、均一な糸でそれからちょっと厚めの方がわたしはやりやすいので、選んだ糸で織っていただきました」
ふたりが尋ねるので、わたしははた織りの村のことを話した。
そしてふたりに尋ねたレース編みの図柄の件も、その村に関係しているのだと。
村には仕事がないからと出ていった若い人たちも戻ってきているんだけど、まだまだ少ない。力仕事に向いてない女性や支援団体の子供にもってこいの仕事だ。けれど村人の数を増やすのなら、その人たちを賄えるだけの収入がある〝仕事〟にならないといけない。柄織は珍しがられているけれど、その興味はいつ移り変わるかわからない。だから盛り上がっている今のうちに、柄織物で服を作るラインを作り上げてしまいたい。ただ、服を作るだけではすぐに当たり前になって、二足三文になってしまう。だからできれば貴族に満足してもらえる何かも作りたい。
貴族のドレス。柄織物も素敵だけれど、貴族用はそれにプラスアルファがないと始まらない。だからレース編みや刺繍なども施すつもりで、レース編みの図案を考えているのだと。
おばあさまたちは少し考えて、すぐに登録をするように言われた。
なんと図案までだ。
おばあさまたちは、報酬は図柄を図案におこしたものを登録し、それをライラック編みとして残したいとおっしゃった。ゆくゆくは刺繍も。
ライラック家だけでなく、わたしの親戚はフォンタナ家以外、子供が少ない。そしてその少ない子たちも幼い、もしくは若いうちに命を落とすことが多かった。世界から途絶える家門だと決められていたかのように。
子供が早くに亡くなったりして気力が薄れ、一時期はただ時が過ぎるのを待つように生きていたけれど、世界には知らないことがいっぱいあるって思い出した。
このスェーデン刺繍のように。
それで、楽しく暮せるようになってくると、その証を、自分たちがいた軌跡を残したくなってきた。
生み出した図案を売るのは少し寂しく感じていたから忌避があったけれど、わたしの図案をみて思ったそうだ。そうだ、これからだっていくらでも生み出していけるものなのだと。だから怖がらず、しがみつくのではなく、年甲斐もなくまだまだ未来を信じてみたくなったのだと。
だから図柄を登録して売るのもいいと思えた。それはライラック編みとして世界に残せるのだから。
そんな理由ではた織り村の事業には、ライラックのおばあさまたちが協力してくださることになった。まずは3年、独占的にレース編み、刺繍を使用することになっている。
「貴族用のドレスはライラック家が作るものではありませんが、ライラック編みやライラック刺繍と登録されたものを商品に施すつもりです」
「どうしたら予約できますの?」
第三夫人の目がきらりと光る。
「商会に問い合わせますが、まだ余裕があったはずです」
第三夫人のドレスを作ったとなったら、いい宣伝になるなーと思った。
夫人がライラック家のレースや刺繍に憧れがあったのなら、おばあさまたちが手をかけた刺繍やレースでないとしても、おばあさまたちが考えたものであるのだ。だから、いいマッチングになるかと思って。
「アガサと私のドレスが欲しいですわ!」
弾んだ第三夫人の声。
「あら、素敵なお話をしていらっしゃるのね。妾も混ぜていただきたいわ」
え。この声は。
わたしは振り返り、慌ててカーテシー。
「リディア嬢、お久しぶりですね。ご無事で何よりよ」
「ユオブリアの陽に照らされし月の君にご挨拶申しあげます」
ロサのお母さんの第二夫人だ。リリアス・パラ・ジュ・エリ・ド・ユオブリアさま。
「キャスリン夫人、王子の晴れの日、おめでとうございます」
第二夫人が第三夫人に声をかける。第三夫人のお名前は確か……キャスリン・アビー・エナ・グリア・ド・ユオブリアさま。
「リリアス妃殿下、コリンのためにありがとうございます」
第三夫人は第二夫人に丁寧に胸に手をやり礼をした。
「喪が開けるのを待っていたから、お披露目が遅くなってしまったわね。申し訳なく思いますわ」
「とんでもない。お披露目の機会をいただけて光栄にございます」
第二夫人が繰り上がり妃殿下になった。
〝王妃〟とは違うらしいけど、妃と夫人ではものすごくひらきがあるみたいだ。