第1016話 コリン殿下のお茶会②初顔合わせ
「アガサにリディア嬢、ご機嫌よう」
うわっ、正装だ。正装してバッチリ決めキンキラに輝いているロサが近衛騎士団を従えていた。
「ブレドお兄さま!」
アガサさまは嬉しそうに微笑む。
「ユオブリアの小さき太陽にご挨拶申し上げます」
わたしはカーテシー。ロサはわたしに笑ってから颯爽とマントを翻す。
「さ、もうすぐ時間だ。会場に入ろう」
振り返り、自然にアガサさまに手を伸ばす。
あ、ロサはアガサ王女をお茶会に呼びたくて、わたしを餌に使ったんだなーと思い当たる。
「お兄さま、わたくしは呼ばれていないのです。それにわたくしもまだお披露目していませんし」
「何言ってるんだ。私の妹だ。何の問題がある?
裏で話し合いが持たれることになるが、これはコリンのお披露目なんだ。わたしたち兄妹だけでも祝いたいと思わないか?」
アガサさまは一瞬考えられたけれど、覚悟を決めたように首を縦に振った。
そして素早く自分のドレスをチェックして、眉が微かに下がる。
多分、人目につかないようにおとなし目の格好で来たんだね。
わたしは制服に隠れているネックレス型録音機を取り外した。
録音性能だけしっかりしていればいいとわたしは思ったんだけど、伯爵家の令嬢が持つものだからとアラ兄の気合が入り、ネックレスとして親族を頼り特別に発注したもので、機能なしでもきちんとした可愛いものなのだ。宝石が上品に散りばめられているのでキラキラもしている。
「アガサさま、もしお嫌でなかったら。ライラック家のデザイン案にウッド家が見合う素材を揃えて作ってもらったものなので、物としては悪くないのです」
「え、でもそれではリディア姉さまのアクセサリーが……」
「これ実は録音機でもあるので身につけているだけで、制服ですし」
制服にこのネックレスは似つかわしくないので、下に仕舞い込んでいる。
「まぁ、こんなに美しいのに、そんな機能が備わってますの?」
ロサまで覗き込んでいる。
わたしは他にも録音や録画の魔具かなり持っているし、困らない。
今日の録画魔具本体はもふさまの首のリボンに仕掛けてある。もふさまは視界が下となるって思ったでしょ? ところがどっこい……。
コホン。ま、音が拾えるだけでもいいしね。それから今日は録画するとちゃんと伝え済みだ。
気に入ったようなので、どうかな?と差し出す。
「では、お借りしてもいいでしょうか。目立たないようにと思って、何もつけてこなかったのです」
王女殿下が格下のわたしからの借り物って、本式だったらいろいろまずいだろうけど。お披露目だけどあくまでお茶会だからね。
「どうぞ」
ロサも〝よし〟と判断したようで、わたしの手からネックレスを取りアガサさまの首にかけてあげた。
宝石は一級品だし、デザインも芸術のライラックが受け持ちだ。
気品のある方におさまると輝きが増した。
アガサさまも嬉しそうにしている。
アガサさまは飾りたてなくても、そのままで十分可愛らしいけど。こういうのって要するに自信を持つため、なんだよね。自分は適した格好をしている、とか。何か礎になるものを持つことは、不安にならないためのお守りだ。
ふふ、役に立ってよかった。
ロサにエスコートされるアガサさまに続き、温室へと入っていく。
奥の方に楽団がいて、心躍る音楽が小さく流れていた。
「姉さま!」
エリンとノエルが飛びついてきた。
「エリン、ノエル、ここは王宮よ。マナーを守ってね。父さまと母さまが笑われてしまうんだから」
「はーーい」
「はい」
絶対わかってない返事をするエリンとノエル。
ロサがふたりに声をかけてくれたので、エリンとノエルも挨拶を返せた。
「アガサ王女殿下、紹介させてください。わたしの妹と弟です。アガサさまと同い年です。エリン、ノエル、アガサ王女殿下にご挨拶させていただきなさい」
エリンとノエルは水色のドレスの王女さまに正式な礼をとる。
「リディア姉さまの妹ぎみと弟ぎみですね」
とアガサさまが声をかけてくださる。
「ユオブリアの美しき花に、シュタイン家第四子、エトワール・シュタインがご挨拶申し上げます」
「ユオブリアの華麗な花に、シュタイン家第五子、ノエル・シュタインがご挨拶申し上げます」
ああ、よかった。きちんと挨拶できてるわ。わたしは胸を撫で下ろす。
「わたくしはリディア姉さまを尊敬しておりますの。これからどうぞよろしくお願いしますね」
にっこりアガサさまが笑う。可愛らしい!
アガサさまはロサに連れられて、主催者側のテーブルの方に歩いて行った。
代わりに兄さまとロビ兄、アラ兄がやってくる。
今日は兄さまがエリンとノエルの手綱を取る役を任されているらしい。王都の家に出向いて、エリンとノエルを連れてきてくれたようだ。
わたしは謀反事件のときにコリンさまと顔を合わせたことがあるけれど、みんなは初めましてだと言う。そっかと思ったときに大変なことを思い出した。
そういえばこのお茶会、バンプー殿下もいらっしゃるのよね?
エリンとバンプーさまも初めましてなんじゃない?
もしエリンが騒いだら、試験の云々は置いておいて、コリンさまのお披露目お茶会がめちゃくちゃになってしまう。わたしは釘を刺すことにした。
「エリン」
「なぁに、姉さま」
「バンプー殿下もいらっしゃると思うの。初めましてよね?」
「ああ、第三王子? 初めてよ」
「第三王子殿下、よ。不敬にならないように気をつけてね。それから気に入らないからって叩いたりしちゃダメよ。魔法を使ってもダメ。わかってるよね?」
「姉さま、大丈夫よ。あたしをいくつだと思ってるの?」
エリンの頬が膨れる。
そ、そうよね。エリンも9歳だ。バッカス退治でも名を挙げた。公けの場での行動も身についているはずだ。
「やるときは誰も見ていないところで、証拠が残らないように、見る影もないぐらいけちょんけちょんにやり倒すから」
とニッと笑った。
ええええええっ? いや、それ大丈夫の方向違うから!
「これはこれは、シュタイン家の皆さま」
エリンに突っ込もうと思ったところで背中に声をかけられる。
正装したバンプー殿下だ。前髪を半分固めて上にあげている。
後ろにはロサと同じぐらいの近衛兵を連れていた。
わたしたちは一斉に礼をした。