第1015話 コリン殿下のお茶会①麗しき花
次の日の放課後、わたしたちは王宮に向かう馬車の中にいた。
同じ馬車だったのはアイボリーさまとマーヤさま。
「そういえば、昨日ブルネーロ先生に言いがかりをつけられたのですって? 大丈夫でしたの?」
そう、わたしは難癖つけられたくらいに思ってて、チクリにいったら、割と騒動になり、先生は1週間の謹慎となった。
〝古の教え〟というのは、かなりやば目なことを指すらしく、たとえわたしにその疑いがあったとしても、クラス全員の前で槍玉にあげるようなことではない。指導者らしくない行動ということで謹慎を喰らったらしい。
「担任のヒンデルマン先生が対処してくださったので。ただわたしにはよくわかりませんでした」
「私もよく知らないのですが、カザエルの教えや計算式がとても理にかなったもので、そう呼んだって聞いたことがありますわ」
「カザエルのよくない話しか聞きませんから、その教え自体に蓋をした。現代では侮蔑の言葉として使われているようですね」
ふたりともよく知らないと言いつつ、情報通だ。
「でもブルネーロ先生が謹慎となったのは校長派閥だから、の意が大きいのではないかしら」
アイボリーさまは口元に指を置く。子供っぽい仕草なのに、どことなく色気がある。
「校長派閥、ですか?」
もふさまを撫でながら尋ねる。
陛下はよくわかってらして、今日のお茶会にお使いさまも参加オッケーだ。
「学園の先生方には派閥があります。理事長に与するものと、校長に与するもの。どちらにも属したくない方々」
「理事長は王太子にロサ殿下を推していて、校長はロサ殿下が王太子になるべきではないと反対している一派です」
先生たち子供に指導する以外にも、そんな派閥問題があるなんて大変。
あれ、でもロサが王太子になるべきではない派って間口が広すぎない?
「ということは校長派閥はたとえばバンプー殿下を推していたり、第五王子を推していたりと微妙に目的は違ったりするわけですか?」
尋ねると、アイボリーさまは美しく微笑んだ。
「そういうことですわ。ブルネーロ先生もそちらの派閥。マシュー先生と同じで、ロサ殿下を王太子にしたくないというより、第二夫人のご実家を敵視されているんですのよ」
え。
誰々に次期王になって欲しいからというならまだわかるけど、第二夫人の子供を王にならせてたまるかって思いなら、それってどうなのって思っちゃう。ま、そういう人もいるってことね。
なんて話しているうちに、王宮に到着した。
小さな窓から覗き込んで見ていると、本殿ともアダムの秘密基地とも違う方向だ。
「コンサバトリーで開かれるようですね」
「コンサバトリー?」
「ガラス張りの温室です。王宮のはとても素敵です。いつでもお花がいっぱい咲いていて、寒い日でも部屋の中のように暖かいし、それでいて外が見えるからか、開放的に感じますわ」
けっこうお城には行っていると思ったけれど、そんな場所もあるんだね。全然知らなかった。馬車が止まり、ドアが開く。
王宮の騎士のエスコートで、アイボリーさまが降り、マーヤさまが降りる。
もふさまを抱えると、ひょこっと顔を出したのは兄さまだった。
「兄さま!」
「ご機嫌よう、リディー」
昨日の定時報告のフォンで、明日会えるねって話はしていたけど。
どうぞレディーと手を差し出され、その手に手をのせ、降りる。
この馬車の踏み台っていつになっても慣れない。降りるのすっごく怖い。
なので、ちょっと手に力が入ってしまった。
「ありがとう、兄さま」
下についてからお礼を言うと、胸のところで手をあて、淑女にするような仕草をした。
サンルームのでかいやつねー。お茶会の開催場所であるコンサバトリーはもう見えている。御者さんに軽くお礼をして、向き直ると。
あれ、あそこにいるの。
「兄さま、わたしちょっとご挨拶してくる」
「ご挨拶って、リディー?」
わたしは水色の控え目なドレスを着て、木に隠れるようにしてこちらをみている少女に近づいた。
「ユオブリアの麗しき花、アガサ王女殿下にご挨拶申し上げます」
カーテシーをし、許しをもらってからご挨拶をする。
「リディア姉さま、大変な目にあったと聞いてわたくし……。記憶がないと聞きました。わたくしのことがわかるのですか?」
あ、そうだった。記憶をなくしたままの設定だった。でもアガサ王女ならいっか。
何度か王宮で会ったときに懐いてくれたんだよね。謀反事件のとき、アガサさまとフローリアさまには魔力遮断の腕輪を壊すのに協力していただいた。そのとき、見咎められることなく自由に動くことができたのが王女さまたちだけだったから。ご本人は怖かっただろうに、それを〝勤めを果たせた〟と覚えてくださっていて、子供扱いをせずに王女として信じてくださったことを感謝していますって言ってくださった。フローリアさまはまだお小さいので自由はないみたいで話せていないけれど、アガサさまとは会えば少しお話をさせてもらってきた。
「ご心配、ありがとうございます。兄たちから聞きました。わたしの無事を王女殿下が祈ってくださったと。記憶は内緒ですが戻っています。でもまだ秘密にしてください」
シーっと人差し指を口の前に立てると、王女殿下がわたしに抱きついてくる。
あれ、って言うか、背丈が同じ感じなんだけど……。
ギュッとしてくれたので、わたしもギュッと返す。
「お帰りなさい、リディア姉さま」
「ただいま、です。アガサさま」
ゆっくり離れると目の端にうっすら涙を浮かべている。
「今日は、お兄さまのお茶会に?」
「いえ、妹のわたくしがお兄さまのお披露目のお茶会には入れません。でもリディア姉さまがいらっしゃるってブレドお兄さまから聞いたから、ここでお姿だけでも見ようと」
じーん。なんていじらしいのかしら。
アガサさまはエリンたちと同い年だから9歳。アガサさまのお茶会でのお披露目があってもおかしくない年だ。けれど、コリン殿下がお披露目をしていないから、できてなかったんだね。