第1014話 古の教え
朝のホームルームで、明日は学園の都合で午前授業になると報告があった。
そしてわたしとアダムは先生から後で職員室にくるように言われた。
お茶会呼び出しの連絡だね、きっと。学園は王家から切り離された機関のはずだけど、そのお茶会に呼び出すために、午前授業にしたんだな。アダムと目があう。
職員室に行くと、豪奢な封書を渡された。
中はお茶会への招待状だ。明日授業の終わったところで馬車で迎えに来てくれるとのことだ。拒否権はないやつ。
制服で参加されたしとのこと。コリン殿下のお披露目であるけれど、贈り物など持ってこないようにと注意書きがあった。
そういえばと思って、わたしはアダムに今職員室にきて、封書をもらったのは2回目なのかを聞いた。
「2回目? どういうこと?」
わたしは声を潜めた。周りにもふさま以外誰もいなかったけど。
「アダムは聖樹さまのところに、いつの時点で呼ばれたの?」
わたし結構ちゃんと眠ったからな。
尋ねるとアダムは合点がいったようで笑った。
「君のことを頼んで教室に戻り、その一瞬後にまた呼ばれたんだ」
え? そうなの?
なんだ。戻される場所でこれ2回目とかあるなら楽しいと思ったのに。
1限は環境学だ。わたしを嫌っているマシュー先生に傾倒している先生。
前回、ハラペニーニョの計算式を習ってないのに、予習して解けと言われ、腹が立ったから前世の記憶を駆使して計算しちゃったんだよな。
嫌味を言われるぐらい覚悟していたんだけど、淡々と授業は進められた。
計算式はめんどくさかった。前世のやつの方がわかりやすい。
なんでここで分ける必要があるわけ? っていうか、ここで分け目をいれるのはどうしてなの? 他のところではダメなの? そこがわからない。でも質問して目立ちたくないし。
と思ったら先生と目があった。
「シュタイン、立て」
わたしはのっそり立ち上がる。
「お前は前回、怪しげな記号を使い解いていたな。それはどこで習った?」
げ、やばっ。
なんて言おうかと悩みながら口を開く。ところが先生は言い募った。
「シュタイン、もしかして、古の教えで解いているんじゃないか?」
わたしはその時、どこにもない瘴気に晒されている気がした。本能的にまずいと思った。聞いちゃダメだ。言わせちゃダメだ。思い通りにさせちゃダメだ。
「よく、わかりましたね」
アダムがギョッとして、わたしの方を見ている。
先生の頬が少しだけ上気する。口の端が上がりかけた。
やっぱり、そっちに持っていきたかったんだ。だからわたしは説明した。
「実はわたしの家、魔使いの家だったものだそうで、家に古い本なんかもあったんです。なぜか外には持ち出せないんですけれど。その本のひとつにあったんです。環境学に関する本が」
古といってもピンからキリまで。古というワードがでたところで、そっち方面に話を持っていこうとしているのがわかった。
そう、古。魔使いさんたちの騒動で魔法が規制された。それがおよそ300年前。本を読むと、それだけでなく、何度か知識や魔法に規制が入っていたんじゃないかと思えた。
古と向こうから言ってきたってことは、落とし所があるはずだ。それは結構悪いことになるんじゃないかと思う、なんなら罰を受けなくてはならないぐらいの。あちらが思う〝古〟に持っていってはいけない。
昔と指定してきているのだから、変に話を広げない方がいい。たとえばテンジモノの書物を読んだ、とかね。規制には引っかからないイメージではあるけれど、そんな本があったって言ったら探しそうだし。実際書物は少ないはずだから嘘ってバレやすい。
規制があるのに調べている点でまずいけれど、痛み分けにしておかないと、向こうの怒りのバンテージが下がらないだろうし。
だから古は古でもわたしの指定できる古。
「魔……使いの本、だと?」
魔使い騒動では規制されたのはあくまで魔力に関すること。だからわたしはすっとぼける。
「今の環境学と300年前は計算式が違うんですね」
魔使いの本はよくないかもしれないけど、魔力系の本じゃなくて、あくまで環境学だから。そして〝書物〟になっていて、その時の魔力系でなければ、処罰される対象のことではないはず。
「……その書物を見ないとなんともいえないが」
と悔しそうに終わらせた。
「あの教師、どうするつもりだったんだか……」
教室を出ていく先生の背中を見ながらアダムが呟いた。
古の教えで何か規制されたのがあるんだろうな。
そしてその規制でわたしを何かすることができるようなもの。
「アダム、職員室つきあってくれる?」
「いいけど、どうして?」
「チクリに行くの」
もふさまがのっそり起き上がる。
「ちくりに、とは?」
「言いつけにいく」
アダムは目をしばたいた。
担任のヒンデルマン先生のところに直行する。
さっきも来たばかりだから、先生は少し不思議そう。
「どうした?」
わたしは少しばかり声を大きくする。
なんだろうと耳をそばだてた人には聞こえるぐらいに。
「実は1限の環境学の授業で……」
わたしは前回の授業のハイライトから、今日の授業で詰め寄られたところまで順を追って話した。
「わたしは家に残されていた魔使いさんの本で知った計算式を使いましたが、それが〝古の教え〟で規制されているものだったんですか? ブルネーロ先生は何か怒っていらっしゃるようで、怖くて聞けなかったんです。
ヒンデルマン先生、わたしはいけないことをしたんでしょうか?」
「……シュタインは古の教えについて何か聞いたことはあるか?」
わたしは「いいえ」と首を横に振る。
「エンターはどうだ?」
「私も知りません」
「先生は聞いたことはあるが、それがあっているかどうか、ブルネーロ先生に聞いてみよう」
そう立ち上がった。
歩き出した先生の後をついていく。
何やら書き物をしていたブルネーロ先生は、やってきたヒンデルマン先生とわたしたちにぎょっとしたようだ。
「先生、お伺いしたいことがあるのですが、今、ちょっとよろしいですか?」
ヒンデルマン先生が、にこっと笑いかけた。