第1013話 早急案件
「早急に決めるのがクラリベル嬢の件だな」
「グレーン酒を飲まされたら厄介だ」
「まず、証書だな。それを手に入れないと」
問題点が挙げられる。
「もうひとりは誰って言ったっけ?」
イザークに聞かれて答える。
「ニーナ・ブルンツェワ男爵令嬢」
「ブルンツェワ男爵……なんか聞き覚えが」
アダムが額に手をやった。
「ダニエル、何か思い出さないか?」
「感覚として3のCだ」
ダニエルも思い出そうとしているのか、こめかみに指を置いている。
「あー、そうだな。その分類だな。まったく関係はないんだ。ただ何かで名前を……」
ふたりでよくわからない会話をしている。情報の分類法が同じなのか、このふたり!?
ふたりで唸り出したけど、同じタイミングでお互いに指を突きつけた。
「「砂糖!」」
「砂糖がどーした?」
記憶まで分類してるのかよとわたしと同じことを思ったのか、疲れた顔のブライ。
「砂糖の流通を狙っているんだ」
ロサが顔をしかめる。
「それって、ザラメンをワーウィッツから輸入して、加工した砂糖を売ろうとしているって報告のあれか?」
アダムとダニエルはすっきりしたとばかりに頷く。
ザラメンの輸入はロサの事業のひとつだ。ウチはそこからザラメンをいただいている。
ただロサが独占しているようなのはよくないと、議題にあがったことがあるそうだ。ワーウィッツは小さい国で輸出の規模は小さい。今までセインにだけ卸していたのだけれど、王女を巻き込んでの婚約破棄からの、賠償問題まで発展し脅された。
そこに手を差し伸べたのがロサだ。セインの情報をくれれば助けてあげてもいいよ、と。そんな経緯でザラメンを手に入れられるようになった。
それを独占って。いや、商人がやってたら独占じゃない?って話になってもわかるけど、王子殿下だよ? ロサの事業はほぼ国益に回されるんだから、独占も何もないと思うんだけど。どこでも難癖つける人がいるのね。
その難癖つけたひとりが、ニーナ嬢のお父さま、ブルンツェワ男爵だという。
「どうしてそのニーナ嬢とクラリベル嬢を引き入れようと思ったんだろうね?」
ルシオが呟く。
「扇動には話し方も大切になってくるわ。説得力がある、引きつける何かを持っていないと。ふたりは演劇部だからちょうどよかったんじゃないかな」
それからわたしは見た目の話をした。手を繋いで教室から出て行くのを見た時、金髪で青い目。背丈も同じぐらいで、清楚な少女のイメージ。双子って言いたくなるぐらい雰囲気が似ているのだと。ちゃんと見れば、当たり前だけど、似通ってないんだけどね。そう、雰囲気が似ているんだと思う。
それからクラリベルの自分分析では、自分が平民だから貴族からのお願い事は断りにくいだろうって思ったんじゃないかと言っていた、と。
「台本でふたりは男爵家令嬢だったんだけど、シュタイン領が事業の邪魔をして、陥れてきて平民に落ちたんですって。
わたしに直接会ったときも意地悪されたことになっていて。双子のアニー役のニーナさまが栄養不良で一時期体が動かなくなってしまった。そんなときに、この集会を知ってイライザ役のクラリベルが参加するようになった。辛い思いをした気持ちを分かち合う、そんな集会だと言われてね。
集会で痛みを分かち合ってくれて、イライザはアニーの足が動かなくなったのは自分のせいだと思うようになった。
悪いことをしたというのなら、意地悪をしたリディア・シュタインを恨んだことだけで、それが〝世界〟の怒りを買いアニーの足が動かなくなったというなら、その罪は私のものだ、私は動けなくなってもいいからアニーを助けてと祈るようになったら、アニーが回復したんですって。
それで恨むのはやめて、全部自分が持っていくから痛みを分かち合ったみんなも救ってと思っているの。みんなにも教えに従い、自分の罪を悔いて告白し、次の世界を待ち望みましょうと演説するみたい」
ブレーンたちが目を閉じて何か考えている。
「そのお芝居、やってもらおう」
アダムが判断した。
「え?」
「恐らくいくつかの集まりで同じ話をさせるつもりなんだろう。証書が手に入れば彼女たちがやらされたことだという証拠になる。それから録画の魔具を持たせてくれ」
ああ、なるほど!
わたしはわかったと頷く。
「彼女たちは、何か事を起こした時の裏の人物という設定だと思う。まさに教祖じみたね」
そうなんだよね。多分サクラがいて、この話に感銘を受けたと双子をまつりあげるのだろう。何も起こらなければ彼女たちは信者?というかこの集会のアイドル的存在。憧れ、みんなもそんな風に次の世界を待ち望む指針となる。
ところが何か起こり、集会が調べられたとき、何かした人はもちろん、身を偽って演技をしていた彼女たちは探られることになる。
彼女たちは証書も書いたしと頼まれたことをお金をもらってやっているつもりでいる。でも探られたら依頼者は「知らない」といえばいい。彼女たちのでっち上げだと。自分たちは痛みを分かち合う集会に参加していただけだ。そこに身を偽って人々を混乱させた彼女たちこと何者なのだ。そう憤ればいい。
バルバラ・デルコーレ嬢は都合の良い前例になってしまった。
身を偽って集会に赴き、嘘八百の演説をしていた。それはなんの目的だ? 厳しく追及されるだろう。けれど彼女たちにだって目的はわからない。彼女たちはただ渡された台本通りに演じただけなのだから。
こんなことを企てる目的はわからない。追及される駒は作り出す。
未成年ゆえに修道院に行き、やがて強制労働が待っている。平民のクラリベルは修道院の措置は取られず、子供用の強制労働場に連れて行かれるだろう。
「だから何かが起こるまで、教祖として浸透するまでは大事にされる。危険はない。グレーン酒だけは飲まないで欲しいが」
アダムはちょっと考える。
「あ、演技指導してもらおう。明日の放課後、手配しておく。きっとクラリベルの〝テンション〟があがるだろう」
と意味不明なことを言った。
「ニーナ嬢はもうすでに飲んでるんだよな?」
イザークに確かめられ、そう聞いたとわたしは伝える。
「ひとりで何かをやらされるとなると不安になる。それがふたりだから、そして演技するのが依頼内容で自分たちが演劇部員だったから。そう思えたら安心してしまうな。
雰囲気が似ているということでちょうどよかったと選ばれたならいいけれど、何か他に意があるかもしれないし、そこは調べていこう」
そうやって淡々とブレーンたちは決めごとをし、布石を打っていった。