第1007話 ヴェルナーの持ち情報⑨彼の託すもの
「同行者は本当に5人だけ?」
わたしは目を瞬いていた。ふと、頭によぎったから。
「ど、どうした?」
「いや、あのね。ゲームによっては友情エンドなんてのもあって」
「友情エンド?」
「それは悪役令嬢と仲良くなって同行者とは恋愛しないって話なんだけど」
「悪役令嬢? 恋愛??」
「いや、待って。アイリスさまに見せてもらった映像ではそんなのはなかった!」
ロサルートではアイボリーさまがちょっと悪役令嬢っぽい立ち位置だと思った。けれどそのルートの派生、ロサそっちのけでアイボリーさまとラスボスを倒すようなシアターはなかった。
そう言って思い出す。
「あ」
「何?」
「どうした?」
『どうした?』
「どうしたでち?」
『何?』
『なんだ?』
「アイリスさま、最初兄さまを好きだったの!」
言ってから口を押さえる。乙女の秘事を暴露してしまった!
「リディア嬢、それはアイリス嬢の様子でみんな知ってるから、君が知らせたわけじゃないよ」
「そうだ、ブライも気づいたぐらいだから、気にしなくていいだろう」
ロサとダニエルが擁護してくれた。
「なんなら自分で言ってたよ」
イザークが疲れた調子で言う。
アイリス嬢ってば……強者。
コホンと喉を整える。
「特典でね」
「特典?」
「そう。ゲームだからご褒美があって。同行者全てコンプリートすると、隠れキャラルートが開くって聞いたことがある!」
「え? コンプリート? 隠れキャラ??」
みんなわけがわからないという顔。そりゃそうだよね。初めて言うもん。
説明するために、乙女ゲームとは恋愛を絡めたシミュレーションゲームだと打ち明けることになってしまった。ごめんよ、アイリス嬢。
みんな理解する。攻略対象者がいて全員を攻略すると、隠れキャラも攻略対象者になるのだ。それがこの世界にあったかどうかもわからないけど。
でもわたしはそれが兄さまで、実はその隠れキャラルートがこの世界の本筋なのではないかと思った。
だとしたら、わたしは主人公と結ばれる人の婚約者だ。
この世界の道筋を作った創造神にとって、わたしは目障りだろう。
それが事実かどうかはわからない。でも、ヤバイ、筋が通ってしまった。
「うーーん、僕たち5人以外の同行者ルートが、正規のルートという考えは肯ける。なんていうか、みんなはどうかわからないけど、僕が、その〝攻略者〟というのが本筋ではかなりの確率でないと思うよ。なんていうか、僕と聖女さまは本当に……聖女候補と神官ということで幼い頃から顔は合わせていたけれど、それ以上深くなることは決してなかったから」
ルシオが言うと、ダニエルも頷く。
「私も聖女・アイリスさまと、接点自体がなかった」
「俺もだぞ」
ブライも主張する。
咳払いをしてイザーク。
「俺はあり得ない。アイリス嬢の魔力が苦手なんだ」
そういえばイザークは小さい頃、アイリス嬢から漏れている魔力で体調を崩していたな。
みんなの視線がなんとなくロサに向かう。
「私もだ」
ロサも短く肯定。
「隠れキャラルートというのに、一票だけど、フランツは違うな」
アダムが唸る。
え、なんで?
「なんででち?」
アオがわたしと同じ疑問を尋ねる。
「だってヤツが言っただろ? この〝気〟はクラウス・バイエルン、と。もしその隠れキャラだとして正規のルートなら、そしらぬ奴のような言い方にはならないはずだ」
! 確かに!
「え、じゃあ誰が?」
「それこそ、ラスレッド殿下じゃないのか?」
ブライが言った。
アイリス嬢が好きになった人。ラストレッド・カイトス・ヘリング・フォルガード。フォルガード王国の第5王子だ。
「……わたしが接点ないんだけど」
わたしラストレッド殿下とアイリス嬢の恋愛を壊すようなことはしていない。そもそもアイリス嬢が彼に恋をしてから接点がないからだ。ま、フォルガードの店のことでロサ経由で頼み事はしたことあるけど。恋路の邪魔は絶対してない。むしろけしかけた方だと思うぞ。
みんなで唸る。
「あのさー、アダムってことはないかな?」
イザークに言われて、「僕?」とアダムは自分を指差した。
「いやいやいやいや。僕ってあり得ないよ。影だし」
「でも一番リディア嬢とかかわって、立場が変わっていって、変動がある」
ダニエルが肯定する。
顎のへこんだところに指を当てて考える仕草だったロサが呟く。
「兄上」
え?
みんなに見つめられていたことに気づいたロサはハッとする。
「あ、アダムも考えられるけど、それなら兄上にも可能性はあるんじゃないかって思っただけだ」
ロサの兄上はひとり。陛下の第一子にして第一王子。呪われた王子と言われ、膨大な魔力ゆえに器の体がついていかず、ほぼベッドの上で生きていた人。それなのに常に外敵から狙われていた、ゴット・アンドレ・エルター・ハン・ユオブリア。
彼は2年前、謀反事件に便乗して、弱い自分の体からアダムの体乗っ取りを考えていた。体を侵していた毒で魔力の使用リミッターが外れ、人には扱えないほどの魔力をバンバン使って、体をボロボロにして亡くなった人。
アンドレ殿下が隠れキャラ?
確かにゲームの隠れキャラに王族は定番だ。他攻略者の兄弟だったり、王弟のイケオジだったり、隣国の王子、とかね。
設定としてはあり得る……。でもアンドレ殿下は亡くなった。
なんか思考が停止する。
そのときアダムが机を叩いた。
驚いて顔を上げる。
「検討はできるけど、事実はわかることじゃないかもしれない。
検討したいのは今後の対策になるかもしれないからだ。だから対策にはならずに気落ちすることだけのことには悩まないこと。だって実際どうなのかはヤツにしかわからないんだから」
「そうだな。対策できるならしとくって意味で、検討してるんだ。それ以外は排除していい」
ブライはそういうの得意そう。戦いに勝ち抜いていくには引きずってられないもの。考えることは考えることだけど、優先順位を決めて彼は突っ走るのだろう。だから突っ走ることができるといえる。
「そうだぞ、リー。全部推測なんだから」
ロビ兄にも言われるってことは、わたしが悩みそうに見えたんだろう。
「なんにしろ、ヴェルナーはバッカス情報の出どころより、君のためになることを教えてくれたんだ」
え?
驚いてアダムを見上げる。
「そうだね。ヴェルナーにとって君の存在は許せない、だけれど憐れんだことに対しても君の答えが、彼を慰めたんだろう」
え。ロサはそっと目をつむる。
「だから、誓約違反になるのは思ってなかったみたいだけど、知ってからも、それを君に伝えることを選んだんだ」
「リディア嬢の喝が効いたんじゃないか?」
「わたしの喝?」
ブライは頷く。
「負けを認めろって。そうして行動したことは違う未来の道が開けるって」
あ。
「ヴェルナーは実行したんだ。そう考えたかはわからないけど、君の言葉に心を動かされた。許せないけど、でも君のためになることを選んだ」
「わたしのためになること……」
それはなんだろうと、思いを巡らす。
ヴェルナーはあの呪詛みたいのを唱えると、ヤツが現れることを知っていた。わざとそうした。あの場で。
「そうだ。君の〝敵〟を教えたんだ」
わたしの敵。
「敵にしたら、君ほど怖い人はいないかもね。なんせ敵対していた人も味方につけてしまうんだから」
ロサが優しい顔で笑う。
そっか。ヴェルナーは……。
わたしに教えてくれたんだ。後ろにいたわたしの〝敵〟を。