第1006話 ヴェルナーの持ち情報⑧ルート
「憑依だとなぜわかったんだい?」
ロサはわたしに視線を合わせる。
「声はヴェルナーだけど、違和感があった。ミミの時と同じ違和感っていうか。言ってることもヴェルナーと違うし。憑依が当てはまると思ったの」
「ミミに憑依していた奴とは違う?」
もふもふたちが揃ってわたしを見上げてくる。
「わたしを〝気〟で判別。っていうか〝気〟でしか知らないんじゃないかと感じた。だから別便って思った」
「ヤツはリディア嬢を〝元凶〟と言ったけど、ヤツこそ元凶な気がするな」
腕を組んで言ったのはダニエルだ。
「元凶?」
「その可能性はある」
わたしが聞き返すと、あっさりアダムが肯定する。
「リディア嬢、何か壊した心当たりは?」
イザークに尋ねられる。
もふさまも深い森の色の瞳でわたしを見上げてくるから、頭を撫でる。
「……それが思いつかない。でも、わたし裁判のとき、ヴェルナーを傷つける気満々だったんだけど、あそこまで抉っていたのは、正直なところ驚いた。
そんなふうに、きっと何かを壊してきたんだと思う」
ガネット先輩の件もそうだった。わたしの良かれと思ってやったことが、先輩をただただ傷つけていたのだから。
もふさまが撫でるわたしの指を舐めた。
軍団たちもピョーンと飛んでわたしの胸に飛び込んでくる。
「リー、断言するけど、絶対逆恨みだ。14年ずっとリーを見てきた。リーを知ってる。リーは何かを故意に壊したりしない」
ロビ兄……。
「それには賛成。リディア嬢は故意に壊したりしない。逆恨みだと思う」
ルシオがにっこりと笑った。
もふさまごと、もふもふたちを抱きしめる。
「……ありがとう。故意ではないけれど、不可抗力で壊したとするなら、この世界のシナリオを変えたかもしれない。でも大筋ではないと思う」
だってわたしはモブのモブだもの。母さまが生きていること。わたしが引きこもりにならなかったこと。これが何か影響を与えるようなことになったとは思えないんだよなー。
「ヤツは特殊な存在みたいだから、その愛する何かを壊すのも、普通にいって難しいと思うしな」
「特殊な存在?」
ヤツが? あ、憑依できるから?
「ああ。多分そいつは〝憑依〟の形でないとリディア嬢の前に現れられないんだと思う。
正体を隠すためかとも疑えるけど。
〝いい器を見つければいい〟と言っている。これで2つのことがわかる。
まだいい器は見つけていないこと。
器を見つけて姿を現し、リディア嬢に何かしようとしている」
思わず唾を飲み込む。
もふもふたちがわたしの手に触れてくる。
ありがとうとみんなの頭を撫でる。
「仮にそういうスキル持ちだとして〝憑依〟をしていられる時間に制限がある。合う器になればもっと長い時間そうできるのだろう。
でも自分で動こうとしていない。ハナから憑依前提みたいだ。というかその方法でしか存在できなくて、自分では動けない。という可能性がある」
そう言って黙り込む。みんなだ。何かに思い当たっているように。
「この静けさは何?」
もふもふ軍団がテーブルの上に戻っていく。
そして話す人の方をシンクロして見る。
「だって、ちょうど当てはまるのが一つあるだろう?」
みんなアダムを見た。
動けない、特殊な存在の何か……。
「まさか、封印された見習い神さま?」
シーンと鎮まりかえる。
やめてよ、そのガチな反応。
『本来の創造神か……』
もふさまがため息のように言葉を発した。
「いや、待って。封印されてるなら、無理じゃない? 解けてるってこと?
そ、それに創造神さまの愛する何を壊したっていうのよ、恐ろしすぎるんだけど」
慌てて抵抗。
「君、自分で言ったじゃないか」
え? 自分で?
「え? シナリオを変えたこと? それで怒ってるってこと?
ええっ。でも愛し子のしたことは理からはみ出さないって、聖樹さまが言ってくださったもん」
あわあわしてしまう。
「そうだよ。理からはみ出さないんだ。シナリオが変わったって。でも創造神からするとそれが〝壊された〟というのも納得できる」
ロサが通る声で言った。
『創造したのと違う世界に育っちゃったってこと?』
アリが首を傾げる。
「そーでちね。こういう世界を創ったはずなのに、違うものになっていたら、腹が立つかもしれないでち」
『でも封印されたなら、もうその時点で世界を手放したってことだ。どうなろうと、手放すようなことをした自分が悪いんだ。たとえ何か違ったとしてもそれを怒るのはお門違いだ!』
レオが憤った。レオの怒りはシンプルだ。けれどだからこそ、ありがたく心に響く。その意はたとえ何かを誰かによって変えられたのだとしても、その誰かに当たるのは間違っているということだから。
「それからシナリオのことで聞きたかったんだ。ずっと考えていて。
リディア嬢のシナリオって同行者が違う何通りもあるよね? 一体どのルートが正規のシナリオなの?」
ダニエルが首を傾げる。
「え? だから、それはプレイヤーが選べるもので……」
「プレイヤーは制作者ってことかな? 制作者が同時に複数選べるものなの? そのおとめげーというものは?」
わたしは息をのんだ。
「いいえ。……道筋は1つ」
攻略者を一度に複数は選べない、はず。
「同行者は、ロサ殿下か、わたしか、ブライか、イザークかルシオだったね。どの道筋が正規のものなんだい?」
尋ねられて頭が真っ白になる思いだった。
そうだ。ゲームのシナリオだから選んでいくのが当たり前。複数のルートがあると思い込んでいたけど。プレイするときは、道は1つしか選べない。
神さまが世界を創るときにどうやって創るのかは知らないけれど。
複数の道筋を考えるか?
……確か箱庭の記述で〝始めから終わりまで存在した〟ってあった。
創造したときは、ひとつの道筋があったはずだ。
「……正規というのはゲームにはないの。どれを選んでもいいから。でも、世界が造られた際には、どれか一つに絞られていたと思う……」
「その各ルートで、同行者が違う以外に大きな相違点は?」
「ラスボスを倒すときの技と主人公の未来の立ち位置が違うだけで、そう違いはないと思うんだけど……」