第1005話 ヴェルナーの持ち情報⑦本気の怒り
話した通りに、一度流すことにする。
みんな食い入るように見ていた。
一息入れてから、今度は検討しながら見ていくことに。
ヴェルナーの生い立ちには誰も言葉を発しなかった。
わたしを許さないと言いながら、お店を放棄し、わたしに預けたことにもだ。
「許さないし、許されない」発言もダンマリで。わたしは〝誰に?〟と、そこが知りたいんだけどと心の中で思う。
憐んだ発言とそれにまつわる会話まで、止められることはなかった。
「あんたにかかわったばっかりに、私は目をつけられたんだ!」
ヴェルナーがそう言って目を怒らせたところで「止めて」と言われる。
「ヴェルナーは本気で言っているな」
「そうだね」
アダムが呟くとダニエルが頷く。ルシオは腕組み、イザークがまとめる。
「ヴェルナーは、リディア嬢にかかわったばっかりに、誰かに目をつけられたと思っているということだな」
おやつでお腹がいっぱいになったのか、テーブルの上にもふもふ軍団が集まってきた。
アオはテーブルの上に置かれたアラ兄の手の中に頭を突っ込んで、強制的に撫でさせている。
「続きを」
ロサが言って、ロビ兄が再生ボタンを押す。
「誰に目をつけられたんです?」
兄さまに答えようとしたヴェルナーが急にもがき苦しんだ。
大きく肩で息をし、思い当たったように、苦しみながらも笑おうとする。
「そういうことか!」
苦しそうながらも悦に入った顔。
「そいつは正体がバレないよう、制約魔法かそのようなものを使っているようだな」
ロサが映像を見ながら言う。
映像は歪んだヴェルナーの顔を映している。
「気に入ったから、お前の壊したものを教えてやる」
苦しみながらもにやら〜と笑った。
少しヴェルナーが遠のく。
わたしが恐怖から腰が引けたのだと映像でわかる。
「いいから、組織をどうやって知ったか、それを言え。そのためにお前の望む通り、シュタイン嬢を連れてきたんだ」
バンパーさんの大声。でもそれより大きな声のヴェルナー。
「お前が悪いんだ、リディア・シュタイン。お前が壊した。お前が一番大切なものを壊した。お前がめちゃくちゃにした。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前のせいだ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い」
視線はわたしにまっすぐに。わたしを呪っているとしか思えない。
「おい、やめろ」
「やめろ!」
バンパーさんに促され、後ろの騎士が怒鳴ったけど、ヴェルナーはやめなかった。
「お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ」
呪詛シーンだ。目は血走り、顔が歪み、口からよだれがたれてもお構いなし。激しい怒りを言葉に詰め込んで唱えている。
『うわー、気持ち悪い!』
『ヤバイ奴だな!』
『これがヤバイ、か!』
『見ると迫力ですねぇ』
「見えなくてよかったでち」
もふもふ軍団はあのときリュックの中だったから。声だけ聞いていたのだろう。
「おい、やめろ!」
バンパーさんが怒った歩調でヴェルナーに近づいた途端、バンパーさんが吹っ飛ぶ。
後ろの騎士も壁に当たって跳ねる。ヴェルナーが覆われている見えないバリアで弾き飛ばされたかのように。
ここで一旦、映像の再生を停止する。
「ブレドの言う通り、誓約魔法、もしくはそのような何かでその者のことを口にはできないようになっているんだね」
「誓約魔法なら、何かを取り引きしているはずだし、それなら誓約魔法が掛かっているってわかっていないとだ。ヴェルナーはフランツに尋ねられ、答えようとした。それで苦しんだ。ということは、一方的に誓約魔法にかかっていたのかもしれないね」
ルシオが言った。
「いや、その後ヴェルナーは何かに気づいてた」
「〝そういうことか〟って言ったな」
「言ったでち」
アダムが言うと、ブライとアオが相槌をうつ。
「誓約魔法のような知っている言葉ではなく、聞いていたのかもしれないな」
ダニエルが推理する。
「ということは、何かしら取り引きがあったってことでしょうね。何を取り引きしたんだろう?」
アラ兄が呟く。
『取り引きってことは、あの嫌なヤツはもっと嫌な奴から何かをもらったってことか?』
『それはわかりませんが、ああやって怒りを高めるともっと嫌な奴に乗り移られるとわかっていたのでしょうね』
え? クイとベアの会話で何か引っかかったけど、ふたりの声が聞こえるのはわたしだけ。
「……続きを」
ロサに促され、再生ボタンをポチッと。
映像が動き出すと、わたしはそちらに意識がいった。
ヴェルナーから白い湯気のようなものがあがる。
わたしを見たまま、呪文のようにヴェルナーは「お前が悪い。お前が悪だ」と繰り返している。
兄さまがわたしを抱え込む。もふさまもわたしの前に立って虎サイズへと大きくなった。
バンパーさんも騎士も気を失っている。
瘴気ではない何かがヴェルナーを覆っていた。
唐突に呪詛のような呟きがやむ。
「この〝気〟はリディア・シュタイン。元凶、だな」
声は紛れもなくヴェルナー。でも、何か違和感。それに、目がどこを見ているのか微妙にわからない。
「ヴェルナーに〝憑依〟しているあなたは誰?」
兄さまともふさまが言葉を発したわたしを振り返る。
「……フフフ、知らない祝福を山ほど持つ……なるほど手強いわけだ」
ぶちぶちぶちと縄がちぎれていく。
ここから見たくない場面となるので横を向く。
『うっ』
『なんで手が落ちるんだ?』
『誰とも戦っていないのに!』
もふもふ軍団はしっかり映像を見ているようだ。
画面は兄さまの背中だけになる。声がする。
「この器はダメだ。合わない。長くは持たないな。見えないし。まあ、時だけはある。いい器を見つければいい」
映像は兄さまの背中越しにその先を覗き込む。
〝ヴェルナー〟はゆっくり顔をあげた。
「忌々しい。引き戻される。短すぎる。
この〝気〟はクラウス・バイエルン。もうひとつは聖獣? どちらも手懐けているのか。……リディア・シュタイン、お前が壊してきたように、我もお前の愛するものを壊してやろう」
少しズレた方向を見てそう言い、いきなりそのまま前に倒れた。
もふもふたちは驚いたようで、叫び声をあげた。
わたしの手にすり寄ってきたので、びっくりしたねとみんなを撫でまくる。
この子たち大きな魔物もやっつけちゃうのに、こんなことに驚いたりして。そのギャップがまた可愛い。
二回り目を最後まで見て、みんな重たいため息をついた。