第1004話 ヴェルナーの持ち情報⑥新秘密基地
放課後になった。ノートをバッグにしまっていると、アダムから声がかかる。
「リディア嬢、場所はどこだい? 伝達魔法で知らせる?」
わたしは首を横に振る。
「引っ張ってくれるから大丈夫」
「引っ張る?」
アダムが微かに首を傾げる。
説明になってなかっただけなんだけど、そんなアダムはレアなのでちょっと楽しい。百聞は一見に如かず。
わたしは目を閉じてお願いをした。
聖樹さま……。
目を開けると木漏れ日の空間。
「聖樹さま、ご機嫌よう」
『ご機嫌よう、リディア・シュタイン』
「え、ええ?」
アダムには聖樹さまの空間のことを何度か話したことがあったと思うけど、衝撃が大きいみたいだ。
『ご機嫌よう、ゴーシュ・エンター。いや、アダムでいいかな?』
「聖樹さま、お会いできて光栄です。アダムでお願いします」
アダムはわたしが見上げている方に向かって、正式な礼をした。
そしていつも守ってもらっていることのお礼も言った。
次々にみんなが集まってきて、呆けて、覚醒し、感動して挨拶している。そしてやはり学園生を守ってくれていることに深く感謝した。
アラ兄とロビ兄は挨拶のあとわたしに駆け寄る。フォンで無事は伝えてたけど、無事な姿を見て安心できたとギュッとしてきた。わたしはその背中を軽く叩く。大丈夫、ありがとうと思いをこめて。
その後、聖樹さまに賄賂の魔力玉とお菓子を献上した。
そして家の居間セットを収納ポケットから出す。
テーブルとソファー。テーブルの真ん中にはお菓子をこんもりと。ポットもしっかり持ってきた。
そしてもふさまともふもふ軍団用にお茶と飲み物もセットした。
これで万全ね。
『リディア・シュタイン、自由だな』
聖樹さまがボソッと言った。
「お褒めにあずかり光栄です」
『…………』
聖樹さまはその言葉のコメントは控えるようだ。
わたしはみんなに説明する。生徒会に通いすぎることで注意を受けたので、話が漏れることなく秘密裏に話せる、お城での地下基地のような場所を探していた。そうしたら聖樹さまがここを使ってもいいと言ってくださったので、それに甘えることにした、と。
またみんな神々しいスマイルで聖樹さまにお礼を言った。
ダニエルが茶葉からお茶を入れてくれた。
その香を楽しんでいるとアダムから催促が。
「君のことだから、ヴェルナーに会ったときの様子、録画してたんだろう? それを見せてよ」
「わたしに魔具をつけているから、わたしから見た映像になるよ?」
部屋に取りつけられた魔具からの全体を見渡せる録画をみたいところだけど、それは議会が持っていっただろうし。申請すれば見られるだろうけど、通るまでに時間がかかるだろう。ロサみたいに権力があれば別だけど。
わたし視点になる録画だけど、それでもいいという。
わたしはテーブルの真ん中に再生させるための魔具を置き、チップと呼んでいる録画したものをセットした。
音を拾うのはネックレスの位置で問題ないけれど、録画となるとブローチでは場所が低すぎる。わたしチビだしね。それで一番いいと思ったのがカチューシャ。リボンを立てるようにしてカチューシャにつけ、その結び目に仕込んでみた。反射しても怪しまれないように周りに宝石をつけたよ。制服には悪目立ちする派手なカチューシャだ。だからせめてリボンを地味目の深緑にしているんだけど。
再生する。
録画はバンパーさんの笑顔から始まった。
「お久しぶりです」
バンパーさんはわたしの横の兄さまにまず挨拶をして、わたしにも丁寧に挨拶をした。
自分の声が聞こえると、……何度も録画や録音は見たり聞いたりしているけど、なんだか気恥ずかしい。
映像の中でお礼を言われ、彼も同席をすると言った。
頷いたのか、画面が上下に大きく揺れる。
これ、酔うな。
魔法の使えない部屋での面会だと注意があり、一室に入っていく。
部屋の真ん中に座らせられているヴェルナーが映る。
その異様な様子に、みんな息をのむ。
わたしが椅子に腰掛けて視界が下がる。正面からヴェルナーの様子が映し出された。もふさまの白い毛がアップになり、わたしは忙しくその毛を撫でている。
うっ。こんな動揺してもふさま撫でてたんだ。わたしの心理描写まで映し出されているようで恥ずかしくなる。
ヴェルナーの耳当てが外された。
俯いていたヴェルナーが顔を上げる。
「目隠しも外してくださいよ」
「話すだけなら、関係ないだろう?」
ヴェルナーがおちゃらけた様子で要求を述べると、バンパーさんが即答。
「この目で確かめなくては、本物のリディア・シュタインを連れてきたのかわからないじゃないですか?」
ヴェルナーの後ろに控えた騎士が困った顔をしている。バンパーさんに向けられたその表情が急に変わり、騎士はヴェルナーの目隠しを取った。
面がわりした暗い目をしたヴェルナーにみんな圧倒される。
ヴェルナーがニッっと笑う。画面がびくっと揺れる。
「よぉ、リディア・シュタイン」
「ご機嫌よう、モーリッツ・ヴェルナーさん。あなたがわたしにならバッカスのことをどう知ったのかを話すと聞いたので、そのためにきました」
声は揺れてないけれど、画面の揺れで、わたしの心情がまる写りだ。
今後、わたしが録画したものを極力見せないようにしようと決意する。
魔具はわたしとヴェルナーの会話を忠実に再現していく。
あの日ヴェルナーがわたしを呼び出した1番の目的。なぜ憐む発言をしたのか。
それを聞かれて、わたしは推測を話し、本当の意をすり替えた。
彼はその答えに満足したようだ。
「ふぅん、そぉかい。
じゃあ、あんたも気をつけるんだな」
映像の中のヴェルナーはわたしに注意する。
「あんたも負ける自分が許せないだろ? あんたも決して引かない。負けを認めない。だからあんたは突っ走る」
「……わたしは負けることも多々あると思いますが?」
ヴェルナーは真っ直ぐにわたしを見ている。
「わかってないからタチが悪い。記憶が戻ったら、まずそこを悔め。あんたは突っ走りすぎた。私の人生をぐちゃぐちゃにしておいて、自分は涼しい顔だ」
「あなたの人生がぐちゃぐちゃになったのなら、もしきっかけがわたしだとしても、実際そうしたのはあなたご自身でしょう?」
ヴェルナーは一瞬詰まる。
「あんたにとってはそうだろう。けどなー、お前とかかわらなければこんなことにはならなかった!」
アダムが足を組みかえた。
「わたしとかかわってきたのは、そちらじゃありませんの?」
「あんたにかかわったばっかりに、私は目をつけられたんだ!」
ヴェルナーはわたしに向かってきそうな勢いだ。椅子が動きそうになり、後ろの騎士が椅子を押さえつける。
「誰に目をつけられたんです?」
兄さまが問いかけた。
「止めて」
ロサに言われて、一時停止する。
「どうしたの?」
「いや。気になるところはこれからも出てくると思うけど、一旦流して最後までみよう。その後、気になるところで止めて検討していこう」
みんな頷いて、ダニエルの紅茶で喉を潤す。
おいしい。
あれ、精神体だけどなんでお茶が飲めるんだろう? おいしいと思ったし。
「リディア嬢?」
呼ばれてハッとすると、アラ兄が変わりに一時停止を解除してくれた。