第1003話 ヴェルナーの持ち情報⑤相殺
バンパーさんも騎士さんも、外から入ってきた騎士さんが声をかけるとすぐに体を起こした。ほっとする。
ヴェルナーは手当てのために運び込まれる。息はあるようだ。
バンパーさんはどこかを痛めているようで、そこを庇いながら兄さまに事情を聞いている。
わたしたちの面会は録画されていたから、後で確かめてもらうこともできる。
ヴェルナーの様子を見たいと言って、処置室に入れてもらう。そしてこっそり光魔法を使った。アレはなんなのか聞かなくちゃ。回復してもらわないと困る。けれどヴェルナーは眠ったままだ。
わたしも一応何があったかをバンパーさんに話し、ヴェルナーはいつ起きるかわからないので、帰らせてもらうことにした。
馬車に乗り込むと兄さまがわたしに尋ねる。
「憑依とはミミに成り代わっていたあれと同じだね? でもあいつとは違うよね?」
わたしは兄さまに頷く。
「うん。正確には憑依かわからないけど。ヴェルナー本人とは思えなかった」
人格が複数ある症状を持つ話を聞いたこともあるけれど、あいつははっきり〝器〟と言った。そして合わない器、と。それが事実であるように、肘から下が落ちた……。
弁護士とは別にわたしの敵はいた。
ヤツはわたしを元凶と呼んだ。
器に憑依できる。
〝気〟で判別してた。判別したということは〝知っている〟ということだ。少なくても兄さまともふさまのことを。兄さまを〝クラウス・バイエルン〟と認識。
そしてわたしが壊してきたと言った。
わたしが壊した? 何を?
自分を〝我〟といい、わたしの愛するものを壊してやろうと言った。
ということは……わたしは敵の愛するものを壊したということだろう。
わたしは敵の愛する何かを壊した。それゆえに恨まれている。
何を壊した? いつ? どこで?
王都の家に帰れば、父さまが待ち構えていた。
〝敵〟のことを話すと、仕切りに顎を触る。
父さまを交えて敵のことを話したけれど、やはりわたしが思ったことと同じ見解だ。答えは出ない。というか、はっきりしない。
落ち着かないのでお菓子を作りまくった。ご飯もだ。
考え込んだら眠れなくなりそうなので、くたくたになるまでご飯とお菓子を作り続けて、眠たくなったところで寝た。
スッキリはしなかったけれど、しっかり睡眠をとったので、週の後半も頑張れそうだ。よし、シャッキリ行くよ!
わたしは自分の頬を二回ペチンペチンと叩いた。
学園の前で止めた馬車。
デルがドアを開け、わたしの手を取る。降りるのを手伝ってくれた。
「ありがとう、デル」
「お嬢さま。こうして送り迎えできるのもあと少しです」
「……そうね」
「僕はシュタイン家で執事見習いをできて幸せでした」
デルは帽子をとって、それごと胸に置く。
「使用人にとても温かく、平民にも優しくしてくださいました。僕だけではなく、祖母のこともいつも気遣ってくださいました。アルノルトさんには本当に何もわからないところから育てていただきました」
最初はアルノルトの影に隠れるようにして、自信なさげだったのに、いつの間にかデルはどこに出てもやっていける〝執事〟になっていた。
「でもここにいるとどうしても甘えてしまうので、他で学んでこようと思います」
「なにごとも真面目に取り組み、優しいデルだから、どこに行ってもやっていけると思うわ。でも、何かあったら、いつでも頼ってね」
「ありがとうございます。皆さま、同じことを言ってくださいます。
これから貴族のお屋敷で仕事をしていくことになりますが、僕にとって〝お嬢さま〟はリディアお嬢さまです。とても優しくて、可愛らしいお嬢さま。どこにいてもお嬢さまの幸せを祈っています」
帽子を胸にあて、デルは深く頭を下げた。
「……ありがとう、デル。ウチの執事があなたでよかったわ」
デルは顔を上げてにっこり笑う。
「お嬢さま、行ってらっしゃいませ」
「ええ、行ってきます」
デルに片手を上げて、わたしは学園の門をくぐった。もふさまと一緒に。
デルの言葉で元気をもらった。
〝憑依〟できるような手強そうなヤツの愛する何かを壊したみたいだから、そんなのに目をつけられたのはやはりショックだった。
デルに負けていられない。甘えていられない。しおれるのは昨日の馬車の中だけで十分。わたしも顔を上げていこう。
何かを壊したわたしもいるけれど、わたしの幸せの祈ってくれる人もいるんだから。
「おはよう、アダム」
「おはよう」
歩いていると、どこからともなくアダムが現われる。この察知能力も何気にすごい。
「フランツから聞いたよ」
「え、もう?」
わたしが驚いて聞き返すと、アダムはなにを驚いているんだという顔。
「うん、みんな知ってるよ。ブレドなんかは録画したのを見せてもらったって言ってたよ」
昨日の今日なのに、早っ。
「放課後、話し合おう。……生徒会室は行きにくいかい?」
「ああ、いい場所があるの」
「いい場所?」
「うん。話は漏れないし、学園生しか入れないのが難だけど。もう話はつけてあるのよ」
「え?」
「要らぬところで軋轢があるのも面倒でしょ。これ以上問題増やすことないし。だから場所は大丈夫よ。時間もね。
見えないところなら一緒にいていいかって問題はあるけど、そこはねー」
「え? 最後、声小さくて聞こえなかった」
「ああ、聞こえなくていいの」
「え?」
「なんでもない。でも行き損よ。結局当初の目的は得られなかったから」
「それはそうだけど、もっとすごい情報を得られたじゃないか」
「すごい情報?」
首が傾ぐ。
と、予鈴がなった。しまった。今日はデルとちょっとおしゃべりしたからな。
「それについて放課後に話そう」
わたしはアダムに頷いて、本格的に急いで歩き出した。