第1002話 ヴェルナーの持ち情報④すり替える
「まずはやり込めたくて、あなたの一番傷つく言葉を検討したんだと思います」
わたしは淡々と話す。
「負けが見えてもあなたは引かなかった。そこで引けばそれ以上の被害が出なかったのに。引けないのは負けを認められないから。負ける自分を許せないから。
負けたとしても、未来は何かに続きます。違う未来を許せれば、そんな自分を許してあげられれば、あなたの未来は違っていた。
わたしはそう言いたかったのではないかと推測します」
憐むを〝負ける〟にすり替えた。
彼にとって憐まれるのは、何よりも禁忌なことのようだから。
「ふぅん、そぉかい。
じゃあ、あんたも気をつけるんだな」
気をつける? わたしが?
「あんたも負ける自分が許せないだろ? あんたも決して引かない。負けを認めない。だからあんたは突っ走る」
「……わたしは負けることも多々あると思いますが?」
「わかってないからタチが悪い。記憶が戻ったら、まずそこを悔め。あんたは突っ走りすぎた。私の人生をぐちゃぐちゃにしておいて、自分は涼しい顔だ」
「あなたの人生がぐちゃぐちゃになったのなら、もしきっかけがわたしだとしても、実際そうしたのはあなたご自身でしょう?」
ヴェルナーは一瞬詰まる。
「あんたにとってはそうだろう。けどなー、お前とかかわらなければこんなことにはならなかった!」
「わたしとかかわってきたのは、そちらじゃありませんの?」
わたしはヴェルナーのことなんか知らなかった。そっちが勝手にかかわってきて、それを……。
「あんたにかかわったばっかりに、私は目をつけられたんだ!」
椅子に縛りつけられているのに、立ち上がろうとしたのか、後ろの騎士が椅子を押さえつける。
「誰に目をつけられたんです?」
兄さまが冷静に問いかける。
答えようとしたヴェルナーが急にもがき苦しんだ。
大きく肩で息をする。そして思い当たったように、苦しみながらも笑おうとする。
「そういうことか!」
ど、どういうこと?
「私はお前に人生を無茶苦茶にされた。お前を絶対許さないが、記憶のないお前の答えだけは気に入った。要するにお前は私に恐怖したのだな」
は?
「だから私に打撃を与えようとポーズをとったのだ」
違うが、そう思い込ませた方がいいし、訂正してギャンギャン吠えられるのも面倒なのでそのままにした。
「気に入ったから、お前の壊したものを教えてやる」
苦しみながらもにやら〜と笑う。
一瞬わたしは恐怖した。
腰がひけて、背もたれに背中が当たる。
「いいから、組織をどうやって知ったか、それを言え。そのためにお前の望む通り、シュタイン嬢を連れてきたんだ」
バンパーさんが大声を出す。
「お前が悪いんだ、リディア・シュタイン。お前が壊した。お前が一番大切なものを壊した。お前がめちゃくちゃにした。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前のせいだ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い」
呪詛みたいに繰り返し呟く。視線はわたしにまっすぐに。
「おい、やめろ」
「やめろ!」
バンパーさんに促され、後ろの騎士が怒鳴ったけど、ヴェルナーはやめなかった。
ブツブツと繰り返す。視線はわたしに合わせたままで。
「お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ。お前が悪い。お前が悪だ」
「おい、やめろ!」
バンパーさんが怒った歩調でヴェルナーに近づいた途端、バンパーさんが吹っ飛んだ。
後ろの騎士も壁に当たって跳ねた。
なっ!
ヴェルナーから白い湯気のようなものがあがっている。
わたしを見たまま、呪文のようにヴェルナーは「お前が悪い。お前が悪だ」と繰り返している。
兄さまがわたしを抱え込む。もふさまもわたしの前に立って虎サイズへと大きくなった。
バンパーさんも騎士も気を失っている。
瘴気ではない何かがヴェルナーを覆っていた。
唐突に呪詛のような呟きがやむ。
「この〝気〟はリディア・シュタイン。元凶、だな」
声はヴェルナーだ。でも、話し方に何か違和感が。それに、目がどこか虚ろで、言ってることもなんだか……。
ミミの姿をした〝何か〟を思い出していた。でもあの人ともまた違う。
これはまた別の〝憑依〟?
「ヴェルナーに〝憑依〟しているあなたは誰?」
尋ねたわたしを驚いて見る、兄さまともふさま。
「……フフフ、知らない祝福を山ほど持つ……なるほど手強いわけだ」
ぶちぶちぶちと縄がちぎれる。
ヴェルナーに取り憑いたそいつは軽く手を振る。すると肘より下が落ちた。
悲鳴を飲み込む。
兄さまは位置を調整してわたしから〝ヴェルナー〟を見えなくした。
「この器はダメだ。合わない。長くは持たないな。見えないし。まあ、時だけはある。いい器を見つければいい」
兄さまの背中からこっそり覗き込む。
〝ヴェルナー〟はゆっくり顔をあげる。
「忌々しい。引き戻される。短すぎる。
この〝気〟はクラウス・バイエルン。もうひとつは聖獣? どちらも手懐けているのか。……リディア・シュタイン、お前が壊してきたように、我もお前の愛するものを壊してやろう」
少しズレた方向を見てそう言い、いきなりそのまま前に倒れた。物になったみたいに。ひとつも神経が通ってないみたいに。
わたしは今度こそ悲鳴をあげた。
外で警備をしていた騎士たちが、バンパーさんに呼びかけてから入ってきた。
拘束されていたはずのヴェルナーは縄を引きちぎり、けれどうつむけで倒れている。しかも片方の肘から下が、少し離れた場所に落ちている。
騎士も、バンパーさんも倒れたまま。
倒れたヴェルナーの前には、虎サイズのもふさま。わたしは兄さまに支えられていた。