第1001話 ヴェルナーの持ち情報③沸点
「離婚後、お店を3件増やし全部で4件に。そしてこの夏前に、親戚のドナイ侯爵さまにシュタイン家の娘と婚姻の打診を受けた。それはドナイ侯爵さまが勝手に思っただけのことでしたが、それを知らずにわたしの栄えあるデビュタント会場でわたしに声をかけた。
もちろんお断りしたところ、それが許せず、ドナイ侯爵さまにわたしに侮辱されたと泣きつき謝罪を要求。ところがドナイ侯爵さまの判断でもあなたに落ち度があるとみなされ、各店舗のひと月の休業、そして100万ギルを支払うこととなる。それに逆上したあなたはわたしに罠を仕掛けた」
ヴェルナーは黙って聞いている。
「元々わたしを娶ってもいいと思ったのも、シュタイン領の商会から発売されているぬいぐるみの中身、それに目をつけていたから。ぬいぐるみの製法などは同盟に入ればわかる。その商品だけでも飛ぶように売れているから収入にはなるけれど、その中身はシュタイン家商会から買うことになる。シュタイン領が独占している状態。
あなたは思ったのでしょう。あれだけ売れるぬいぐるみ自体、独占してしまえばいいのにどうして製法を売っているのか。答えは簡単。すべてを独占するより、ぬいぐるみの製法は売って、その一部の素材を独占する方が、製造料は掛からず、外からも素材を買ってもらえて莫大な利益を生んでいると計算したから。
シュタイン家の娘と婚姻を結べば、その素材が手に入ると思った。
けれど空振りに終わり、店の休業や罰金であなたは焦った」
目の前のヴェルナーは怒りを蓄えてきている。
「わたしに違法物を手にさせ、そこで脅すつもりだった。
店を奪うでも、権利を渡すでも素材を手に入れるでも、何かしらを夢みていたんでしょう。ところがそれもうまくいかなかった。
でもあなたは用意周到で、もしわたしが違法物を手にしていたと認められない状態になったときは山崩れを起こして、すべて土の中に隠すつもりだった。
けれど、わたしは生きた。証人があなたから命令されたことを赤裸々にし、裁判が起こった。
……あなたは女性や子供を蔑んでいた。その子供に何もかもひっくり返された。それで激情して、裁判は中断された」
ヴェルナーは唇を噛みしめてワナワナしている。彼が怒っているときは、触れられたくないこと、つまり事実なのではないかという気がする。
「裁判は中断されましたが、証拠は出揃っていたので、強制労働の刑が言い渡されました。それを聞いたあなたに恨みのあった人たちが、追って訴えを出し続け。それで、あなたは生涯強制労働確定となった」
わたしはふうと息を吐き出す。
「もうすぐ強制労働に移動が決まっていて、わたしになら兼ねてから黙秘を続けていた組織のことをどうやって知ったのかを話すと言った。
わたしが知ってるあなたのことはこれくらいでしょうか?」
感情的にならず、淡々と言えたと思う。
「……とんだ14歳だ。まったくドナイ侯爵さまを恨むよ。なんて跳ねっ返りを押しつけられたんだ」
あんたが勝手に話に乗ったんでしょう、利があると思って。
心の中だけで言葉を抑える。
「ドナイ侯を恨むが、リディア・シュタイン、お前は許さないし、許されない。だが、さすがに気の毒だ。私はお前がいうように生涯、強制労働だ。生きている間は私の物という権利のある店だが、長くは生きられないだろう。私の店が元妻や親戚に行くのは癪だ。だからお前にやろう。弁護士に手続きを頼んであるから、サインをしてお前の好きなようにしろ。権利を放棄するのも好きにすればいい」
店に並々ならぬ執着のあるヴェルナーが?
わたしを許さないと言っておいて?
彼は言った、「お前は許さないし、許されない」。許さないはヴェルナーが主語だと思うけど。許されないって誰に? ヴェルナーが気の毒がるってなんなのよ。そう思った。
ヴェルナーの店なんかいらないと思った。……けど。
「……あなたの店は組織に使われていた子供たちが、生きていくために使わせていただきますわ」
冷静に返した。
「あんたのそういうところがまた癇に障る。それは私だけでなく、みんなそうなんだろう。ま、あんたにやるんだ。あんたがどう使おうが文句はない」
「あなたのしたいおしゃべりとは、そのことでしたの?」
早く話せと促す。
「お前は私を憐んだ」
え?
「裁判でリディア・シュタインは、この私を憐みやがった。自分を憐むことを許せたらこんな生きづらくはなかっただろうってな」
ヴェルナーの顔は形容し難い想いが入り込んだ表情に歪んでいる。
もふさまも、兄さまも、前の椅子に拘束されたヴェルナーにキツイ視線を送る。拘束されているのに、何かしそうな危うさがあった。
「記憶をなくしているんだろうが、自分のことだ。私のことを十分知っているようだし、想像がつくだろう。お前は、私の何を憐んだんだ?」
わたしはヴェルナーを嫌いだけど、あの言葉で彼を酷く傷つけたことを知った。
わたしは多分あのとき、軽い気持ちで言葉を紡いだ気がする。
とにかくヴェルナーが悪いと思っていたから、やり込めたくて、傷つける言葉を探しもした。そして見下している女子供に憐まれるのが、一番堪えるだろうと思ったからそうしたのだ。
けれどその言葉は、契約家族の中で生きてきて、自分で築いた契約の家族もうまくいかなくて、彼の精神を支えていた勝ち続けてきた商売をもなくした彼には、わたしが仕掛けたのよりもっと重い何かとなり彼を傷つけた。
それでも彼にされたことを思うと可愛いものだとも思うのだけど。
……でもやっぱり、踏み込むべきところを間違えたと思えた。
「わたしは記憶がないので正しくはわかりません。わたしがそう申し上げたのだとしたら何を思ってそう申し上げたかの想像になりますが、それで構いませんか?」
ヴェルナーはギラギラした目をしている。