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嫁と霊狐狩りにいく

作者: 小野遠里

 やっと茸の山を見つけて、胸の辺りから二、三本抜こうとそっと近づた処で寝返りをうたれてしまい、こっちはつんのめって、腐葉土の上に倒れ込んでしまった

 茸男がのそのそと起き上がって、歩き出した

「まて!」

 慌てて追いかけたが見失ってしまった

 灌木の中を走り回ったせいか、自分の居場所がわからない

 まあ、そのうち嫁が見つけてくれるだろうと、気にせず歩き続けた


 昼飯に、ハンバーガーを食べよう、なんて気を起こしたのが間違いだった

 近くのマク◯かモ◯に行こうと思って言ったのに、嫁は自分で作ったほうが美味しいよ、と言う


「材料をとりに行こう」

 とりに、と云う言葉に引っかかるものを感じた

 取り、採り、獲り、と色々ある

「買いに!、じゃないのか?」

「スーパーなんかで売ってるのじゃダメ。恐霊山おそれいやまへ行こう。あなたはきのこを、あたしはお肉をとるの。パンは帰りに買う」

 恐霊山とは近くある山で、正式には違う名前なのだが、山の一部を嫁が勝手にそう呼んでいるのである


 そう云う訳で灌木に分け入って、茸男を探している

 中々見つからないし、見つかっても逃げられる、その内に迷子になった、踏んだり蹴ったりである


 横のしげみがごそごそいって、何か、と身構えていると、髪に木の葉を一杯つけた嫁が現れた

「きのこ、採れた?」

「逃げられてばかりだ」

 溜息まじりに言って、嫁を見ると、腰の辺りに鼠を三匹ばかりぶら下げている

「止めろよ。鼠は食べるなって言ってるだろ」

「霊コンが獲れなかった時の予備だわよ。あなたの分はお肉屋で買うから、心配しないで」

「家で鼠を料理するなって。不衛生だし、臭いし」

「いいよ。生で食べるから」

「止めろって。口が臭くなる。キスできなくなる」

「もう! 二十も年下の生娘を家つき持参金付きで貰ったんだから、細かい事は言わないの!」

「細かくない!」

「そうだねー、大丈夫、生で鼠は食べないから」

 そう言いながら、捨てない処が不安だった


 嫁の名前は絢香といい、十年前、公園のベンチで本を読んでいる私の横に座ったのが出会いで、その時、まだ九歳の少女だった

 その娘が段々身を寄せてくる

 何なんだと思いながら無視していると、突然私の首を舐めた

 わっ、と思い、立ち上がろうとする私の腕を掴んで、

「行っちゃダメ」とか言って、腕を舐める

「よせよ、誤解されるだろ。逮捕されたらどうする」

 其処へまた叔母さんがやってきて、横に座った

「その子の母です」

「誤解です。ぼくは何も・・・」

「わかってます。お願いですから、暫くの間、その子の好きにさせてやって下さい」

「はあ?」

 話を聞くと、人に馴染まず、学校にも行かず、いつも公園で鼠を獲ったり、蛇を捕ったり、そんな事ばかりしてる。今日みたいに、人に懐いているのを見るのは初めてだという

「これからも、よければ時々遊んでやって下さいな」

「はあ」

 母親が美人だったので、まあ、いいか、と引き受けて、週に一二度、公園に来て、娘と遊んでやることにした。

 私が公園にやって来ると、娘はどこからともなく現れて、私に抱きついてくる

 芝生に座って、身体を寄せているのが好きみたいで、しょっちゅう舐めたがるのが困った癖だ

 猫みたいな感じで、実際のあだ名も猫娘というらしい

 小娘相手に変態に見られるのが嫌で、止めたかったのだが、母親が、アルバイトと思って下さいな、とその都度小遣いをくれるのでやめ難い

 実を云うと、私はその時二十九で無収入だったから、小遣いが有り難かったのだ

 私が十八の年に、両親が交通事故で亡くなって、その時の保険金で、大学を出た後は遊んで暮らしていた

 保険金は多額であったが、一生遊んで暮らせるほどではなかった。だから、貰えるお金は少しでも助かったのだ

 しかし、ある時、娘がネズミの死骸を持ってきてひざに乗せた時には吃驚した

 あげると言うのだが、とんでもないと、逃げ出したものだ

 その夜、母親が娘を連れて現れ、二度としないように約束させましたから、これまでと同じ様にお願いしますと、多めの金を置いていった

 それから十年ほど経って、貯蓄も底をついて、小娘の子守りだけでは暮らしていけず、家を出て行かなくてはならなくなった

 いよいよお別れだと告げると、娘は涙ぐんで

「何とかするから、少し待って」

 と言った

 数日後、母親がやってきて

「絢香を嫁に貰って欲しい。家つき持参金付き、返品不可でお願いします」と

「はあ」

 と引き受けて、新しいマンションで新婚生活を送ることになった

 

 一緒に暮らすようになって初めてわかったのだが、とんでもない嫁であった。

 家つき持参金付き返品不可の意味がよくわかった

 蛇やらネズミやら捕まえて来て、それを生で食ったりするのだ

 気持ち悪いから、舐めるなキスするな、近寄るな、と怒ると、やめたようだが、それでも時々口の端に血らしきものがついているのが不気味であった

 夜の散歩が好きで、二人で公園を歩くのだが、、真っ暗な中でもよく見えているようだった

 一度、公園で猪とばったり出会ったことがある

 嫁がひと睨みすると、慌てて逃げていった

 夜、私が眠ると出て行って夜明けに戻り、シャワーを浴び、裸のままベッドにもぐり込んで舐めるのである

 暫くの間離れていて、寂しかったからという

 何してたときくと、浮気なんかしてないよっと答える

 それは信じるけれど、気になる処ではあった

 妖怪猫娘ではないかと本気で疑ったりして、その疑いはまだ晴れていない


 其れらを除けばいい嫁だった

 料理が上手くて、分厚いステーキ肉を買ってきて、自分は生で、私にはレアで食べさせてくれる

 ビフテキなど、両親が死んでから食べた事がなかったから、感激ものだった。しかも、そんな食費やら住居費やら、全部出してくれているのだ

 貰った持参金は殆ど手付かずで残っている


 ハンバーグなんかもよく焼いてくれるのだが、これがまたとんでもなく美味い

 ただ肉は牛でもなく豚でもない感じなのだ

 何の肉だか、聞くのが怖いが、勇気を振り絞ってきいてみた

「美味しいけど、何の肉なの? このキノコも美味しいけど」

 褒められて嬉しかったのか、珍しく素直に教えてくれた

「恐霊山にいるキノコと霊コンよ」

「霊魂? 恐霊山? いるキノコ?」

「近くに恐霊山て山があるの。其処にいる茸男に生えてるキノコと、狐の事」

「茸男? そんなのが、いるのか?」

「いるよ。今度一緒に行こうね。きのこ刈りは楽しいよ、きっと」

「う、うん。処で、今、食ったの、狐の肉?」

「そうだよ。鹿とか猪とかは普通に食べるけど、実は霊コンが一番美味しいのね」

 そんなこんなで、きのこ刈りに時々付き合わされる

 灰色のキノコを全身に生やした茸男は中々ユーモラスで、胸の辺りから何本か取るのは面白く、時には話す奴もいたりして、何言ってんだか殆ど分からないが楽しかったりするのだ

「茸男のキノコを食べて映画のマタンゴみたいに自分も茸男になったりしないかな?」

 心配してそうきくと、嫁は笑った

「大丈夫。牛肉食べても、牛になったりしないでしょう」


 そんな訳で、ハンバーガーのために恐霊山にやって来たのである

 キノコ狩りは昼間に私とするが、狐狩りは夜、嫁ひとりでやっていたのに、この日は昼間から両方いっぺん片付けようとしていた

 キノコの方は、嫁が見つけたのを、私が採取して、簡単に終わったが狐はなかなか見つからない

「夜行性だからねえ」

 と嫁がいう

「別に売ってる肉でもいいんじゃないかな」

 いい加減面倒なので、私はそういった

 私のいうことを聞いておけば後の面倒は起こらなかったのだが、嫁は変にこだわる性格をしていて、諦めが悪い

「初めて作るハンバーガーだもの、狐の肉が欲しいよねえ」

 

 話しながら、灌木の間をのんびり歩く

 と突然、嫁が手に持った網を投げた

 見ると、網に絡まって、狐がもがいている

「捕まえた」

 と笑うと、腰からナイフを引き抜き、狐の胴を掴む

 首を落とそうというのだろう

 体長六十センチばかりの小柄な狐である

 私は視線を逸らした

 その時、「待って!」と女の声が響いた

 声のした方を見ると、女と数匹の狐がいた

「仲間なの。放してやってくれる」

 と女が言う

「やーよ。ハンバーグにして食べるんだから」

 と嫁が答えた

 女は嫁を睨みつける、手に木の鞭のようなのを持っている

「生きものを食べるなんて良くないわ」

「そっちだって、霊鼠やキノコを食べるでしょ。同じだわ」

 嫁は狐の首にナイフを当てたままである


 私は事態を全く理解できずにいた

 女が現れて、狐の仲間だという

 確かに、狐たちは女の配下に思える

 女は狐なのか、狐が化けているのか

 そんな事があり得るのか?


 剣呑そうなので私は一歩下がった

 逃げ出したいのだが、嫁がいないと道が分からない

 我ながら、頼りないこと夥しい

 さて、どうしようかと考えていると、背後から手が伸びてきて、口を塞がれ、抱き抱えられ、そのままの体勢でどこか穴の中に連れ去られた


 洞窟の中を、女が私を抱えたまま走る

 柔らかな胸が背に当たる

 甘い息が顔にかかる

 嫁のより良い匂いがするが、そんな風に思うのは嫁に悪いから考えないようにして、何処へ連れて行かれるのだろう、なにをされるのだろう、と不安でいっぱいになった

 

 やがて、やや広い部屋に行き着いた

 中央に検死に使われるような台があり、私は仰向けに寝かされ、手を縛られた

 女が妖しく笑うのを見つつ、嫁とどちらがより美人だろうとこの際どっちでも良いような事を考えていた

「色々話して欲しいことがあるの。だから悪いけど拷問するわね」

 女が言い

「何でも話すから、拷問はやめてくれ」

 と私は答えた

「そうはいかない。嘘をつかれても困るから。まず拷問してから聞くことにする」

「嘘なんか言わないから。信じてくれ」

 懇願する、私は歯医者も苦手な方である

「痛いのと、痛くないのと、どっちがいい?」

「痛くない方」

「そう? 痛くない方ね」

 と女はいって、私のズボンとパンツを脱がせ、自分も着物を脱いで、私の上に跨った

「待て、何をするつもりだ」

「拷問よ。決まってる」

 恐怖で縮こまった私のを自分の中に迎えると、腰を動かし始めた

「あら、あなた、其れほど怖がってないのね」

「・・・・・・・・・・」

「一回」

「やめろよ」

 と私は力無く言った

「二回」

「やめてくれ」

「嘘だわ。こんなに気持ちいいのに。本当の事を言うようになるまで、やめる訳にはいかないわ」

「嘘じゃない」

「三回」

 と、突然、女が前のめりに倒れた

 女の向こうに、棍棒を持った茸男がいた


 茸男が縛っていた紐を解いてくれたので、私は女の下から抜け出して、慌てて身繕いをした

 その間に、茸男が女を棍棒で二度ほど殴ると、女は死んで狐の姿に戻った

 やはり狐が化けていたのか、と納得する一方で、狐が化けると云う不合理に驚く

 しかし、茸男を前にして、今更、驚く程の事でもないのかも知れない

「可哀想に」

 死んだ狐を見ながらそう言うと、茸男が首を振った

「とんでもない、そいつはあんたを殺すつもりだったんだ。男が乾涸びて死ぬまで男の精を吸い尽くすのが牝狐のやり方だから。女狐に言わせれば、男にとってこれ程幸せな死に方はないらしいが」

「そうなのか。ありがとう。しかし、なんか、雰囲気が違うなあ。いつもは話すのが辿々しいのに」

 縛っていた紐を解いてくれたり、手先も器用である

「戦士タイプだからな。ぼーと歩いてる仲間を守らんといかんのだ」

「色々いるんだ」

「そうなんだ」

「で、なんでぼくを助けてくれたの?」

「助けない方がよかったか? もう一回くらい後の方がよかった?」

 冗談も言えるようだ

「いや、もう、感謝、感謝であります」

「うん。いつも君の嫁さんに助けられているから、お返しだなぁ」

「そうなのか?」

「そうなのだが、のんびり話している場合じゃない。脱出しよう」

「そうだね」

 茸男が走り出し、私も走る

 ぬかさんの後なので多少ふらついた

 


 茸男が「こっちへ」といって、洞窟をどんどん進んでいくのを、ふらつきながら追いかけて、やっと出口に着いた

「嫁は何処だろう?」

「あっちだ。まだ睨み合ってる筈だ」

 また走りだして、息が切れ、倒れそうになった辺りで、やっと茸男が

「あそこだ」

 と指さす先に嫁の姿が見えた。

 狐を捕まえたまま、女狐と睨み合ってる。

 嫁の横に数人の茸男が立っている

「無事戻ったぞ」

 私が言うと、狐を投げ捨て、駆け寄ってきた

 私を一瞬抱いて、「変な匂いがする」と言う

「う、うん、拷問されたから」

「大丈夫なの?」

「多少ふらつくけどね。危ないところを茸男さんに助けられた」

「まあ」と言い、茸男に「ありがとう」と礼を言った

「お互い様です」

 と茸男が言葉を返した

「帰ろうか。あなた、お風呂に入らなきゃ」

 私の腕を取って、家のほうに歩き始める

「待って!」

 と離れた処から、苛立つ女狐の声が聞こえた

「なによ!」

「このまま帰るつもり⁉︎」

「うん」

 と頷き、後ろに軽く手を振って、歩き続ける

 茸男たちも嫁に連れて退がって行く

 振り向くと、女狐が天を仰いでいた

「また明日ね、バイバイ」

 と茸男とも別れる

「いいのか? こんなんで」

 と、私がきく

 私が殺されかけ、女狐が一匹死に、ひと戦か、乱闘でも始まるか、と思っていたのに、あっさりバイバイなのである

「あなたが狐臭くて、こんなんじゃ、霊コンのハンバーガーなんか、食べる気がしないもの。帰るしかないよ。早く、シャワーを浴びなきゃ

 でも、心配したんだよ。突然消えて、何処に行ったかわからないんだもん。女狐を捕まえて吐かせようと思ったら、茸男が現れて『仲間が追ってる、旦那の事は任せろ』と言ってくれたから、イライラしながら待ってたの。無事でよかった」

 

 家に帰ると、すぐバスルームに放り込まれた

 服はビニール袋に入れて、明日捨てるという

 すぐに自分も裸になって入ってくると、私の身体を乱暴に洗い始めた

 下腹の辺を怒りながらゴシゴシ洗う

「怒るなよ。捕まってて、仕方なかったんだから」

「あなたに怒ってるんじゃないけどね。ねちゃねちゃしてる。固まってる。何してたのよ。 ・・・答えなくていい。聞きたくないから。とにかく、綺麗にしなくっちゃ。女狐は明日殺す」

「もう茸男が殺したよ」

 そういうと、嫁は少し表情を和らげた


 滅茶疲れたので、少し眠って、目覚めると、夕食の用意ができていた。

 ハンバーガーとウオッカ入りのコーラだった

「普通のお肉よ」

 と言う

「君のも?」

「こっちは霊鼠」

 機嫌が悪そうなので、文句は控えておく

「鼠といっても、霊鼠は臭くないからね。・・・あなた向きの味じゃないけど」

 そう言って睨んだあとで、少し伏せ目がちになって

「御免ね。あなたを狐狩りになんか連れて行かなきゃよかった。酷い目に合わせて・・・」

 と謝って、それから、キッと目を上げて

「酷い思いじゃなくて、いい思いをしたのね」

 と睨んだ

 睨まれるのは筋違いな気がするが、嫁も複雑な気分なのだろう

 話題を変えねばならない

「茸男が、世話になってると言っていたけど、どういうこと?」

 嫁は自分のコーラにウオッカを注いで少し飲んだ

「あそこは元々、茸男の山だったんだけど、狐が増えて、茸男や霊鼠を食べるのに、身体から生えてるキノコだけならいいけど、身まで食べちゃうから、茸男が死んじゃう。それで、生えてるキノコを取らせてもらってるよしみで、狐を狩って欲しいって頼まれたの。あたしも殺しまくるのは嫌だけど、自分が食べる分くらいなら、やっつけてあげてもいいよ、て引き受けた。霊コンの肉は美味しいものねえ」

 そして今度は悪戯っぽく私を見て

「明日からまた食べようね」

 と言った

 女に化けた女狐を見て、性交までしたのに、それをまた食べるというのは・・・


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