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第九話 よく祈り、働け

「今はあれの面倒を見ている」

「左様ですか」


 アリウスが指差す方向に司教が視線を移す。じぃっと爪先から頭の先まで舐めまわすような目付きで見つめる。雪絹特有の薄い布地によってスノウエルフの細いシルエットがよく映える、白銀の髪が魔石灯に照らされて輝き、一種の光輝を纏っているかのようだった。


 老いてなお盛んと噂される司教のお眼鏡に叶ったのか、たっぷりと脂肪のついた頬を歪めてにんまり笑う。


「良い方を見つけましたね」

「だろう」


 笑顔の司教に鷹揚とアリウスが頷く。だからこそ、と司教は続ける。


「今一度しっかりと心を入れ替えて、不道徳な行いを戒めた方がいいと思います」

「こんな都市で心を入れ替えるだなんてもっと酷い人間が出来上がるぞ。おいツェーリ! 来い。挨拶しろ」


 視界の端にアリウスを入れていたツェーリがうむ、と頷いて歩いていく。一歩の歩幅が身長の割りに大きいのは、脚の長さを物語る。にまぁと司教は笑う。しゃんと背筋を伸ばして司教を見ると、愛想笑いも浮かべず無表情で会釈する。


「ツェーリと名乗っている」

「始めまして、ツェーリ様。拙僧はライナルトと申します。このカイネ聖堂の長として、またモルンネン司教区の司教として祈りを捧げております」

「大司教位を虎視眈々と狙っている老人と、魔神殺しを目標にしている世間知らずのスノウエルフだ」


 ほう、とライナルト司教が顎に手を当てる。節くれだった指が脂肪にめり込む。


「魔神殺しですか。ノブガルデの? トーヴァの?」

「信用に値する人間にしか話すなと言われている」


 現在確認されているノブガルデ火山封獄の魔神か、トーヴァ廃城天獄の魔神、かとライナルト司教が問えば違うと遠回しに答えるツェーリ。


 ふぅーむとライナルト司教は再び唸って、なるほどと呟く。


「魔神の回歴祓魔(クルセイド)とは徳が高い。実力のほど如何では、こちらも人を出しましょう」


 ライナルト司教は夢物語だのと否定するわけでもなく、物腰穏やかに反応する。教義に則った善行に分類されることを教会の人間は否定しない。


「魔神殺しが適当ぶっこいてるわけでないと実力示せたら武僧貸してくれるってよ」

「努力する」


 教会は信仰のベースとなる神話からして、魔神や魔族、魔に類するものを殺す……浄化することを至上命題に置いている。言ってしまえば世界最大の反魔神勢力である。


 モルンネンのような新興の領地に司教座が置かれているのも、魔に分類されるものを浄化する前線基地機能であって、信仰を広めるという生やさしい目標からはやや離れている。


 そも世界宗教であり神の実在は真実である世からすれば布教はせずとも全員が(こうべ)を垂れるのだから。


「アリウス様から見て、ツェーリ様はどれほどで?」

「難は知識不足くらいか。ノルザ=レカントらしく検知に関しては俺以上、貸し出しなら実力よりも賢くて頭の回るやつがいいと思う」


 アリウスが簡潔に説明するとうんうんとライナルト司教が首を振るう。


「……なるほど、アリウス様が言うのでしたらそうなのでしょうね。もう少し実績を積まれてからお声をかけていただければ人を出しましょう」


 人を出す、というのは教会の人間を傭兵として供出するという意である。ルクレツィア等もこの例であるが、神の恩寵による聖秘術の使い手を冒険者や都市に貸し出し、魔族や魔物をぶっ殺す……浄化するというものだ。


 貸与される回歴聖職者は教会による教育がなされたもので、文盲など多くのお馬鹿さんが多い冒険者の徒党と社会の調整者として機能するほか、教会式の軍事教練を受けている。少人数徒党隊伍の指揮を輔弼する王国軍階級の伍長相当の高練度人員である。


 回歴聖職者の出自は孤児や教会に"寄付"されたものなどの余剰人口で、成育にかかる費用は傭兵代や魔族魔物を殺した魔石売却益から回収される。派遣された回歴聖職者の取り分は教会に分捕られ……貢納される。


 魔物を殺せば殺すだけ利益が出て、死んで孤児が生じれば教会の人的資源として利用される持続可能な構造である。カイネの孤児をカイネで消費する地産地消システムはエコロジーで安心と安全を提供するサステナブルなものだ。


 婚活の相談も教会が請け負う。神の家畜を牧するのも教会の役目だ。


 魔族や魔物を殺すとは単に教義だけの都合ではなく、教会という宗教軍事組織を維持していくために必要な行動なのだ。権力は軍事力に比例し、組織の権力に比例して構成員の得られるものも増えていくのだから、社会というのはどう軍隊を維持していくかで形が変わる。教会も例に漏れない。


 ツェーリを交えながら、司教と話をしていると、教会の奥から金髪を腰まで伸ばした少女が顔を覗かせた。黒い修道女の衣装に身を包み、澄んだ青い双眸を向けている。キューティクルの輝く愛らしいこの少女は、教会の子にして天使族のルクレツィアである。


「お、ルクレツィアだ」

「おはよう、アリウス。お祈り?」

「そのついでにコイツの顔見せに来た」


 顎でツェーリを示すと、てくてくルクレツィアは歩いてツェーリの前に立つ。顔を二秒ほど見てからぺこりと深く頭を下げた。


「はじめまして、ルクレツィアと言います」

「ああ、ツェーリと名乗っている」


 ツェーリも礼に応じて会釈をする。のち沈黙。ルクレツィアも黙る。特別二人に会話すべき内容はなかった。奇妙な間の後、ルクレツィアはアリウスの方を向く。


「アリウス、ご飯食べていく?」

「いらね。不味いし」


 ついついと裾を引っ張るルクレツィアにすげなく答えるアリウス。しょんぼりとするルクレツィア。教会に定期的で多額の寄付をするアリウスはこうして食事に誘われるが、基本的に断るばかりだった。


 じっとアリウスを見つめて裾を引っ張るルクレツィアに何歩か移動する。


「どうせ粥に草だろ。量だけあって不味いやつ」

「今日はおさかなに豆もある」

「魚ってあれだろ、腐りかけのやつ。俺は貧乏食しねぇんだよ。寿命が縮む」

「腐敗じゃなくて発酵」

「どっちにしろ食いたくねぇなぁ。ルクレツィアもあんなもん食うくらいなら外でしっかりした飯食えよ。肉体労働なんだ」


 ぺしぺしと気軽にルクレツィアの頭を叩く。抵抗するわけでもなく、金髪の少女は裾を握ったまま離さない。


「つうか、今日は潜らんのか?」

「ん、今日はおやすみだって。アリウスのいた時は潜りすぎってグルルが言ってた」

「あー。あの後ろにいた獣人か」


 アリウスは追放された時、ルクレツィアらの後ろにいた二人を思い出す。男だったのでうすらぼんやりしか覚えていないが、まあまあくらいのやつらだったなと。


「ま、いいけどな。もう俺の知ったこっちゃねぇ」


 おらいい加減離せ、とアリウスがルクレツィアが裾を掴む腕を引っ張る。幼げに見える少女の腕はたやすく離れる。


 愛らしくあどけない無垢そうな彼女であるが、そう見えるように設計された天使族だというのがその認知を加速させる。自然と保護したくなる認識異常を起こす聖性(マナ)によってプロテクトを受けている。


 天使族の出生は特殊で、敬虔な処女から生まれ出る。神の恩寵による処女受胎である。染色体の都合で女しか生まれない種族として有名だ。


 その殆どは教会によって回収……保護され、赤子から教会の子として育てられる。十二歳で成体となり、適性を鑑みられて教会の仕事を任ぜられることとなる。


 その美しさは外見だけに留まらず、体臭すらも好感に感じる香りとなり、食味にも優れる。柔らかな肉は上品で旨味のある味、血も甘く滑らかなな舌触りで杯がすぐに空になる。飲みやすさの割に聖性に満ち満ちているため酔いやすいので気をつけたい。


 総じて刺身などの生食から炙る程度に表面に熱を通す食べ方の方がオススメで、熱を通しすぎてしまうと肉が崩れやすいので注意。特別な日に食べたい個体だが、捕獲した時自害しやすいので管理は厳重に。


 ――『魔族必見、お肉の大図鑑』より。


「で、ツェーリ様はどこまでアリウス様をご存知で」

「殆ど知らない。会って二日になる」


 左様でございますか。とライナルト司教は呟く。アリウスはルクレツィアと話していてこちらの様子は気にしていないようだった。


「もし、アリウス様から離れられたり、困ることがあれば来てもらって構いません。適当な僧侶に一声かけて頂ければ、体で支払ってもらうことになるでしょうが、宿や食事などは面倒見ましょう」

「有難い」


 体で支払ってもらうと言ったとき、ライナルト司教の目が鋭くなったが、ツェーリはそんなこともあろうと流した。世間を知らないというのは幸いである。


「こちらも聞きたいが、アリウスはどこから来た誰なのか?」


 さて? と首と頰の境が分からぬ首を傾げるライナルト司教。


「どこから来たのかは拙僧らも存じ上げず。アリウスなどと南方の帝国風に名乗ってはおりますが、立ち居振る舞いは王国のもの、おそらく偽名でしょう」

「偽名……」


 視線の先のアリウスはルクレツィアの鼻をつまんで笑っていた。そこそこに神聖な生き物相手にも茶髪の男は憚ることはない。


「あれが平民の服で初めてここを来たとき、丁度現王、父殺しが粛清をしていた頃でしたから。どこかの貴族の子やそれに仕えていたものやもしれませんな」


 いずれにせよ、よく働く猟犬です。とライナルト司教は打ち切った。


 王を父殺しと呼んだ時のライナルト司教は忌々しげだったが、教会では親殺しは大罪である、祖神の考え的に。兄弟殺しもしていると噂される王だが、そこはライナルト司教は気にしていない。


「もしなにか分かれば拙僧の耳にも入れてもらえれば」

「そうする」


 丁度アリウスがルクレツィアを弄るのに飽きたのか、ツェーリらの方に寄ってくる。


「飯食ってモグラするぞ。神々の御為に、だ」

「分かった。ではまた、司教殿、ルクレツィア殿」


 くるりと踵を返そうとしたところで、司教が声をかける。


「ルクレツィアは今日は休みとのことで、連れて行ってはどうでしょう」

「いらね」


 アリウスは足を止めるわけでもなく、そのまま立ち去っていく。ツェーリは振り返って何か言おうとして辞め、アリウスの背を追った。


 残った二人、当然教会ではまだ祈りをするものもいるが。ライナルト司教は、はぁと深くため息を吐いて、ルクレツィアの両肩をがっちりと掴む。肥満体型で大柄な司教と比べると、よりルクレツィアの華奢な体躯が対比となった。


「あとで拙僧のところに来なさい。分かってますね?」

「……はい」


 教会には救いを求める祈りが響き続けていた。

Q.なんか人肉レビュー入ったんだけど。

A.金飯女の描写は細かくしていいってじっちゃが言ってた。

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