第七話 実力と柄の悪さは比例する
魔石を抜き出した手はウィンドオーガの血によって濡れているが、それは急速に揮発していく。早い速度で気化していく血によって手のひらが少しスースーする。
「な、今のは」
「死体を見ろ。死んだ魔物が溶けていくメカニズムは、マナを実体として顕現する条件を生きていることと定めているからだ。魔石を抜かなくても致死ダメージを喰らえば死ぬが」
質問を無視してつんと足の先でウィンドオーガの死体を突く。おぼろげにか輪郭が溶けていくようにゆっくりと形を失っていく。
「怪我をしてもすぐ治る原理も魔石が魔物の形状を保とうとする、この時の足りないものを補うために魔石の力が消費される。どういうことか分かるな?」
「……傷つける度に魔石が小さくなる?」
「そうだ、常に一撃必殺を心がけるように」
そして、と続けて。
「魔物が死んでも魔石は生きている。放置すればまた魔物を産む。飯の種のためにも持ち帰るように」
「それは分かった。聞きたいことがある。いいか?」
「よし」
「今のはどうやった? 素手でオーガの体を裂いたように見えた、そんなに力があるのか?」
そう見えるか? と聞き返すとツェーリは首を横に振った。周りをもう一度見渡す、敵の気配はない。
「その剣は私の目には刃もしっかりとしていないし、作りも安い、なまくらに見える。剣に秘密があるようには見えない」
「硬くて振り回しても壊れない良いものなんだが。刃物としては二流なのは認めよう」
ぶんとだんびらを振るう。分厚い刀身に少し短めの刃。とにかく丈夫なことと市街での振り回しが良いだけの剣。
「先ほどのおさらいだが、魔物とはマナで構成されている。生きた魔法がうろついているというイメージだな」
「そこは聞いた。結論としては?」
あとで口の聞き方教育しておこう。
「干渉して肉をマナにバラした」
「…………」
無表情のまま造形のいい顔がこちらを向いている。しばらく押し黙ってから、ようやく口を開いて出た言葉はエルフにしては意外な言葉だった。
「すごい」
グダグダと無理だの不可能だのという言葉を抜かすだろうと身構えていたが、あんまりにもど直球な褒め言葉にこちらがぽかんとしてしまった。エルフの類も性悪教育を受けなきゃ素直で可愛いもんだな、おい。
「私にも出来る技か? いや、魔神相手にも使えるか?」
「魔神は生けるマナだ。あの程度の魔物だから外皮を少し裂いて内部干渉してバラせるのであって。魔神には無理だろうな」
そして何よりかなりの才能と練習を必要とする。多分お前には出来ない。とツェーリに言う。
構成された魔法を受け止める瞬間にマナを局所的に集中させ、マナ密度を高めて存在の主導権を奪い取り、構成術式をほどいて再構成する技なので、難度の高い技で真似できないとは思う。
専門的教導を必要とする反マナ戦闘技法の一つだ。
「む、そうか。それにしても凄い。アリウスと技を見れて幸いだった。これだけでカイネに来た甲斐がある」
「良かったな」
ここまで真面目に褒められるのは久しぶりだ。タル子もガルーガも昔は素直だったのに、都市に慣れてスレてしまったからなぁ。
ツェーリはああならんように教育してやらんと。
「ま、そろそろ出るか。飽きたし」
「もうか?」
「踏破ならば迷宮でキャンプも張るが、そうでないなら早めに出る。長時間迷宮に留まるのは侵食されかねない」
「……侵食、あぁ、それは問題だ」
俺が魔法や魔物に干渉して再構築出来るように、迷宮も同じように取り込もうとしてくる。一日二日でなるようなものではないが、軽度侵食でも治すのは時間がかかる。何事も固執せずキリよく行くべきだ。
「戻ろう。浸食は避けなければならない」
「ま、飯食った頃には日も傾いている頃だろ。明日もまた潜るんだから早めに寝ておけ」
「そうする」
無表情なスノウエルフは短く同意するのを見て、踵を翻し迷宮から地上へと戻ることにした。
カイネの大通りはこの時間帯は人が多い。日も傾いて街並みが橙に染まっている。ゆるゆると衛兵が同僚とくっちゃべりながら街灯に光を灯して回っていたり、一仕事を終えた冒険者が酒場に向かって歩いている。
彼ら衛兵は元冒険者の人間がカイネ家に雇われ、都市の常備軍として従事している人間だ。冒険者のゴールの一つでもある。所帯を持つにあたって不安定で死にやすい冒険者をやるよりかは、冒険者比で安いが都市での住居が提供される衛兵の方が都合が良い。ギルドで一定の活動が認められていれば斡旋してもらえる。
この迷宮都市に冒険者が集まるのは交通の便だけではなく、きちんとした貢献さえしていれば都市から離れたモルンネン伯領のてきとうなところで土地を持って畑をやることも出来るし、商人とのコネも持てれば店だって構えられる。うまいことやれば騎士にだってなれる。
と、周辺の領地で吹聴することで喰いつめ農民や賊一歩手前のクズがやってくるというわけだ。周辺と比べれば多くの常備兵を有しているモルンネン一帯では賊も殆どいない。ま、賊やるよりはモグラで稼いだ方がまだましだろう。
「……私を見る人間が多いが、なぜだ」
「俺の隣にいるからだろ。気にするか?」
歩いて進めば人が退く。ひそひそと噂話をするものすらいる。
「気にはなる。こんなに人がいるところにはいなかったから」
「そうか。気になるか」
くるりと振り返り、こちらを見てぼそぼそ言っている二人組と目が合う。装備を見れば冒険者、ヒトが二人、髭の男と痩せた長身の男、美少女ではない。にたぁと笑みを浮かべてそいつらに向かって歩いていく。二人はうっ、眉を潜めて逃げ出そうとするがそうはいかない。髭の方の肩当てを掴んで止める。
「おい。俺見てひそひそ話をして逃げるってぇ意味はどういうことか分かるか? あ?」
「いや、ちがう――」
肩当てがべこりと音を立てて歪む。
「俺が違うと? なあ。もう一回言ってみろよ。"俺が"何を違えた? 教えてくれよ」
「アリウスさんすいません! 悪気があったわけじゃないんで――」
痩身痩躯を裏拳で黙らせる。顎が砕けるほどの力は出していない。
「すいませんって言葉は、なんか悪いことしたときに使う言葉だろ、な? 使う言葉には気をつけろよ」
「い、痛ぇ……」
「おいどうしたヒゲ、答えろよ。俺が何を違えた?」
「あ。……ち、違えてたのはおれたちで――あがっ」
殴打。
「主語がねえんだよ。主語が。あ? 主語って分かるか? 分かんねえよな馬鹿だもんな、俺が悪かった。馬鹿だから痛くしないと覚えねえんだよな。人の面見てぼそぼそ喋られたんじゃどう殺すか相談されてるように見えるし、逃げようとしたらそうとしか取れねえんだよ。これお前ら馬鹿には何回殴ったら理解できるか今から一緒に実地で試して――」
「アリウス、待て。なぜそうなる」
「良い質問だな、ツェーリ。カイネでは不快だと思ったらその場で言わないと分からん馬鹿しかいないんだ」
「分かった。いきなり人を殴るな。不快だ」
「ふぅん……。お前ら良かったな。ツェーリが賢いからお前らは今から一発ぶん殴られるだけで説教終了だ」
双方一発づつ拳骨を俺から下賜してやって、周りを見る。そそくさと視線をそらして散っていく。
「ほら、これでじろじろ見るやついなくなったろ?」
「…………」
よろよろと立ち上がる髭と痩せぎす男に視線を移し、忠告する。
「これ、今俺が面倒見てるやつだから、手ぇ出したら殺す。拳骨はいるか?」
「へ、へえ。うっす。分かりやした。あの、それじゃあ」
「おう、散れ」
へこへこと頭と腰を下げて、殴られた箇所を擦りながら二人は散っていった。
「アリウスは……性格が悪い」
「そうとも言われる。今日は優しい方だ。飯行くぞ」
じっと睨みつけられながらも、特別頼るべき人を知らないツェーリは不承不承についてくるのであった。
Q.衛兵! なにしとる!
A.「武装している人がこっち見てなんか話してるから、何の用か聞きにいったら逃げたので殴りました」という道理が通用する。力が法なので(この程度の事件は日常風景)。