第六話 初回迷宮潜り
カイネの迷宮群、ミナミに位置する一つに俺とツェーリは訪れていた。
「この辺は運河の影響もあってか、水の影響を受けた迷宮が多い。クジラゴンやオカコンブ、カジキとかが湧きやすい」
「そうか」
そう講義する俺の前を行く白銀の髪のツェーリは半透明な魔法剣を振るいながら、ハイドロマンボーを切り裂いていた。
俺は手伝うわけでもなく、爪先に鉄鋲ついた靴で落ちた死体にひと蹴りくれて死体をバラし、その中から魔石を拾う。
「カイネでも典型的な迷宮の一つだ。犯罪者にならないように暴力を用いて都市で生活するのならここにも慣れておいた方がいい」
講釈垂れている間にも、増援の魔物が次から次へと現れてくる。わざと魔物溜まりにまできた甲斐がある。俺は一切手を貸さずにツェーリの手際を拝見する。
驚くべきか、あるいは目標からして妥当か。このスノウエルフはそこそこ以上に腕が立つようで、早く多い増援のペースにも関わらず淡々と息も荒げず処理していっている。はっきりと言ってしまえば、強かった。
彼女が魔法剣――刀身を魔法で形成したもの――を振るえば吸い込まれるように魔物が捌かれる。間合いの届かぬところにいるものも、無声妖精魔法で射落としてしまう。大変結構なことだ。楽で良かった。
「これで魔神は殺せるのか」
三つ目四つ足の毛がない獣、ウミネコを首を切り裂きながらスノウエルフは尋ねた。敵増援のペースが落ちている、なかなかの増援ペースだったが、そろそろ尽きるらしい。
「魔神を殺すには神殺しが必要で、それを手に入れるのは一朝一夕とは行かない。まずは目先の飯を稼げるようになる必要があるというのに納得は出来んのか」
「納得はする」
「俺が面倒を見るのは"とりあえず"そこまでだが、その間にある程度筋道くらいは立ててやる。それに、これも広義の魔神殺しだ」
俺がそんな詭弁を述べると、ツェーリの耳がピクリと動いた。
「どういう意味だ?」
「魔物の主たる構成要因はマナだからな」
「……もっと分かりやすく」
ツェーリは若干十六である。エルフの教育というものは寿命の長さからか雑で、おいおい覚えれば良いとまとまった時間を取って教育をすることがない。
その知識が必要な時にその中の年長者が口頭で教える、というもので、長命種にありがちな長いスパンでの教育である。ヒトの文化圏に近いところではその傾向も薄いが、ツェーリはどうやら田舎の出らしい。
「そも魔神とは何か、というのくらいは知ってるんだろうな」
そうでもないのに魔神殺しを目標にしていますと言われたら、どういう顔をすればいいのか分からん。
「神々の中で主神に背いた神だ」
「そう、それで戦争の駒に人間や動物らに自身を分け与えてマナを撒いた」
「……たしか、主神の陣営もそれをしていたと思うが」
ツェーリは最後に残ったオオウミネコに剣を突き立て殺し、抜き払ってから残心とともに周辺を見やる。どうやら魔物溜まりは片付いたようだ。
「その通り、神々は尖兵にするべく自身を割いて人間や獣を改良した。……後によりローコストで使えるように神殺しを作ったが、今は置いておく。つまり魔物を含めてこの地上における殆どの生き物は神の落とし子なわけだ」
その品種改良によって、地上には純ヒトと呼べる始まりのヒトは絶滅した。いまヒトと呼んでいるものも大なり小なり加工がなされている紛い物だ。
だから同じヒトであっても力や能力にかなりの差がある。細かく見れば別種だからだ。後期ロットになると安くて弱いが安定性の高くなる傾向がある。まあ初期ロットで高出力に耐えられない不安定なパターンもあるが。
「だから魔物も神であると?」
「魔物と魔族の違いは主たる構成物がマナか肉かであり、マナとは神そのもの」
死んだオオウミネコを蹴りつけて中の魔石を露出させる。
「こいつらは極めて弱い魔神であると言える。魔石は心臓ということになるな」
「それは極論ではないか。原料が同じであるだけで、木と木剣は別物のように」
「学問が足らんな。魔石はより高純度に精製されるようになれば、意思を有するようになり、最後には魔神になるのだ。ウェルギッテ論文を知らんか? 知らんだろうが」
拾い集めた魔石を背嚢へと入れる。日の稼ぎとしては妥当か。『餓狼の牙』にいた頃よりは少ないが、多少はいいか。
「迷宮が人を集めたりマナを集積するのも、魔神の再生能力の一つとされる。とはいえ、迷宮から魔神になれたところで、それは過去の魔神ではなく新しい魔神としての誕生になるだろうが。これを倒せばお前の目的は果たされるか?」
「……いや、果たされない」
「なるほど」
つまりある特定の魔神を殺したいのであって、魔神殺しそのものが目的ではないと。ということは地上のどこかに生きた魔神がいることになる。三柱ほどは生きた魔神を知っているが、おそらく違うであろう。
「お前は賢いな」
感心した様子でツェーリが言う。おだてているのかと思ったが、顔を見るとうんうんと頷いていて、本心からのようだった。
「お前じゃなくてアリウスと呼べ」
「ではアリウスもツェーリと呼ぶべきだ」
よろしい、と返事をすると無表情ながらも満足げに首を振ると、ツェーリはまた口を開く。
「アリウスは賢いな」
「俺もそう自認している」
「どこで教わったのか尋ねても良いだろうか。冒険者の来歴が長いとシンシアが言っていたが、冒険者をしながら学んだのか?」
「俺はもう二十六。お前より物事を知っていて当然だ。……迷宮を出たら教会に行くぞ、説諭の一つでも聞けば多少マシな教養が身につくだろ」
「教会で『うぇるぎって論文』なども教えてくれるものか?」
無表情な顔してぐいぐいと聞いてくる。そしてなかなか読みが悪くない。論理的思考が出来るようだ、育てば悪くない冒険者になるだろう。
「俺のことが気になるのは分かるが、質問は迷宮を出てからにしろ。一応は戦場だ」
「む。たしかに。すまない」
素直に謝りやがる。なんだか毒気が抜かれるというか、どうカモにするか悩んでしまう。尊敬の眼差しで見られると、なんかもうなんかだが。ピクピクとツェーリの耳が動くところを見ながら思う。
ガルーガやタル子は適当に暴力で腕っ節を見せたりする工程が挟まるのに、この女ときたらガキのように真に受ける。俺も老いたか。
「報酬が二対八なのも頷ける」
まあ既に報酬ボってるんだが。
「これで腕が立つなら非の打ち所がない」
「腕の方こそ俺が……あ? なんかきてるな」
全身に張っているマナ探査にたわみを感じる。この感触からするとウィンドオーガか、まあスノウエルフに任せれば良いかと見るか、彼女もこちらを見ている。試すような目ではなく、純粋に期待するような視線。ちっ、顔が良くなければ人を試すなと殴っているところだが。
「……ま、よかろう。秒殺してやる」
にしても俺より先に気付くとは、さすが豪雪地帯の索敵ユニット、そのハイチューンモデルと比べればヒトの身である俺が後塵を拝するか。
少し待って、奥からゆっくりと緑の巨躯が現れる。のっしのっしと完全にこちらに気付いた様子でギロリと睨みつけている。
「お前ならアレをどう料理する」
「オーガの類は物理干渉を受けづらい、あしらいながら距離をとって火の妖精で焼く」
「手本通りだな。見ていろ、一流の狩りをな」
腰からだんびらを抜く、鈍色に輝く刃が今日も頼れる獲物だ。刃物を抜くと高揚する心を落ち着けながら、いつも通りに呼吸をする。右手に持っただんびらの重さも、いつも通り。
「ウ、ガ」
完全に相対する状況になり、ウィンドオーガが上段に戦鎚を構えた。先端に金属のついた戦鎚は下手に受ければ即死する。あれと真正面から殴り合えるようになったら冒険者として一人前だ。
今日は盾を置いてきたから、だんびらと籠手胸甲でこれを相手する。過剰すぎるな。
にたぁ、と犬歯を見せて笑い、俺はぐっと踏み込んで距離を詰める。ウィンドオーガの間合いに入ると同時に振り下ろされる戦鎚、躱すわけでもなく籠手でそのまま受ける。
インパクトの瞬間、身に纏うマナを炸裂させることで無理やり衝撃を殺す。そのまま右手を横一線に振り払い、ウィンドオーガの胸を掠める。じりっと生き物の肌とは思えないような音、わずかに浮かぶ赤い跡。
「グフッ」
ウィンドオーガがに笑う、俺も笑う。
瞬間、左手でわずかに負わせた傷跡に触れ、そのまま俺の手はぐちゅりと音を立ててウィンドオーガの体内に潜り込んだ。
「はい、おしまい」
ずぶりと引き抜いた左手には、ウィンドオーガの魔石が握られていた。
Q.晩御飯に悩みます。
A.とりあえず鍋が最強です。