第四話 パーティ結成
冴えない顔の男とギルドに戻ると件のスノウエルフがまた座っていた。ギルドの受付を通り、応接室へと通る。壺と椅子、机の置かれた部屋。座るスノウエルフとヒトの女。
「もう! 待ちましたよアリウスさん!」
「何の用だ」
それじゃあぼくはこの辺で、と冴えない顔の男が下がる。ヒトの女、ギルドの人間であるシンシアがいた。
「えっとですね。この人、アリウスさんが連れてきたんですよね?」
「用件を言えって」
「この人の面倒見てください」
この女は顔が良いから躾を甘やかしてきたが、一発殴った方がいいかもしれない。
俺のやりたい放題に抵抗して何か頼みごとをしてくるときは、ギルドの人間が顔の良い女を介して言葉を発するようになってしまった。
スノウエルフに視線を投げる。彼女は何も言わずにこちらを見ている。整った顔立ちに赤い瞳、無意識に放たれるマナに身体が反応する。
「分かった。自分で喰っていけるようになればいいか」
「ええ、ああまあはい。事情も聞かないで請け負うなんて、流石ですねアリウスさん」
「世辞はいい。部屋を借りるぞ、いまから話を聞く」
「はい。部屋は汚さないでくださいね。では~」
そのまま立って、シンシアは部屋を出ていく。あんな態度、顔がよくなかったら言葉遣いを改めるように教育をしてやるところだが。
ぽつんと残るスノウエルフと俺、どちらも口を開くことないまま、俺は対面の椅子に座る。手すりに膝を置いて相手の顔を見る。
「改めて、スノウエルフのツェーリという」
まずは自己紹介から、とスノウエルフが淡々と無表情で名乗る。短い名乗りではあったが、良しとして俺も名乗る。
「アリウスだ。色々とお前から話を聞くが、まず覚えておけ。嘘は付くな、言いたくないことは言わんでいい、俺に逆らうな。たった三つだ、覚えたな?」
「分かった」
端的な返答、飾り気のない女だな、と思ったが悪い気にはならなかった。どいつもこいつも言葉を弄するだけの馬鹿ばかり、下手に言葉を飾らない方がいっそ好ましいと言えるだろう。
「何の用でギルドに来た」
さてどこから話をしたものか、と思ったのでまずは用件から尋ねることとした。人にとって大事なのは何を成すか、だろう。
「魔神を殺したい」
少し黙る。魔神、こいつは今魔神と言った。呆気に取られたようなボケた顔をしてしまってはいないだろうか。
魔神、かつて神話の時代で主神に背いた神々を指す。自身を裂いて地にマナを撒き、魔法を授け、魔物と魔族を産んだ存在。大戦に負けたあと神々の国から追放され、脆弱な身になり果てて人の世界を彷徨っているという。
「理由は?」
「言えない」
「どの魔神だ?」
「言えない」
「どこで」
「言えない」
数秒の無言の間。
「まあ、言いたくないことは言わんでいいと言ったが」
「ありがたい」
氷の彫像のように無表情、ツェーリは悪びれるわけでも、からかっているわけでもなく、じっと見ている。
「つまりお前は理由も言えないし、何の魔神を殺すかも、どこで殺すのかも言えないが殺すための手段を求めている、と」
「然り」
身勝手な物言いに聞こえるが、えてして冒険者というものはこういうものだ。厄介な奴だな、と思って少し根がいるな、と考えて扉に向かって声をかける。
「茶ぁ持ってこい!」
『……はーい』
聞き耳立てていたのだろう、シンシアが返事をした。
後で確認するが、おそらく流れとしては魔神を殺したいからパーティを募集したいと、訪れた物知らずのツェーリの扱いに困ったから俺を呼び出し、押し付けてきたのだろう。
馬鹿な奴と追い出すこともしなかったのは、治安の悪化を嫌ってか。ちょうど暇している俺に首輪をつける腹積もりだろう。あるいは善意で暇潰しの玩具をくれたのかもしれないが。
俺に投げてきたこと自体は構わない。俺はよくド素人を集めて面倒を見ることはやってきた。『餓狼の牙』も都市で迷ったガルーガの世話をしたのが始まりだった。
そうして美味しくなってきたところで追放されたわけだが、よくあることだ。少なくともこれで四度目だからよくあることだ。
「カイネの連中は自己中心的で、どいつもこいつも我田引水、わがまま放題のクズばかりだ。文句ばかり達者で文字も読めなければ人の言葉を聞く耳も持たない」
「いやな都市だ」
「それでも一つ、不文律な法がある。しっかり覚えておけ。力が法だ」
「……分からないが、分かるようにする」
「お前、素直だな……」
面白いな、こいつ。結構気に入ったかもしれない。
「歳は幾つだ。出身は?」
「十六。……出身は言えない」
「十六!?」
スノウエルフの十六など、赤子も同然だ。肉体こそ成長こそすれ、寿命の長さと教育ペースを考えれば、やたらと素直なのにも納得がいく。子供だったか。
「俺はお前の面倒を見る。とりあえずは、お前がこの都市で食っていけるようになるまで、だ」
「感謝する」
「口にせんでもいいが、その理由を考えろ」
馬鹿は考えないですぐなんでなんでと答えを聞きたがるから好かん。
ぴくりとツェーリの耳が動く、それから廊下を歩く音が聞こえてくる。シンシアが茶を持ってきたのであろう。
「お茶でーす」
ガチャと音を鳴らして扉を開けて、お茶を置く。シンシアがこちらを見た。
「どうですか? 面倒見れそうですか?」
「見ないと言ってないだろ」
「ふぅーん。出自不明で魔神殺しを口にするスノウエルフの子供相手に、……今後どうする予定なんですか?」
もう盗み聞きという体すらやめて、単刀直入にシンシアが聞いてくる。
「あー。そうだな」
幾つか考えはある、スノウエルフであり見てくれがいいから娼館に案内するというのもあったが、魔人殺しがしたいとなれば話が違ってくる。
「戦えるのか?」
「スノウトロールまでなら、狩ったことがある」
スノウトロール、北方の魔物であり白い巨躯、第四位階ノルザ=ウンデルの子、はっきりと強いと言える類の魔物だ。
「では、まずは迷宮へ向かってモグラ……迷宮探索を行う」
「うむ」
「そこで様子を見て、後を判断する」
「分かった」
もう少し言葉について疑ったり、考えたりすることもした方がいいと思えども、まあそれは追々学べばいいか。多少の痛みを覚えずして賢きには至れまい。
「魔神を殺すのであれば、力よりもまず先に"神殺し"の遺物を手に入れなければならない。手に入れる見通しはあるのか?」
「ない」
「じゃあそれを手に入れるところからか。カイネに来たんだ、手段は問うまい?」
「手段を選ぶことが出来ないから来た。いかなる手段をもってしても、やらなければならない」
よし、と頷く。きれいごとばかり浮かべて動かないやつに比べれば遥かにマシだ。
"神殺し"の遺物は発掘され次第、教会の管理に置かれてしまう。俗界にあるのは隠し持たれているものくらいなもの。神が殺せる以外に大して目立つ機能がないものばかりだから、誰もが大人しく教会に渡す。
「遺物は迷宮か、教会への押し入りか。ま、そんな先のことよりも身近なことだろう。宿は俺の取ってる宿に部屋を取れ、空きがあるかは知らんが無ければ空ける」
「……感謝する」
シンシアはふんふん頷いている。茶を置いたのに下がったりしない。
「それじゃあまずはお宿を取って、それから迷宮に潜るんですね。キタとミナミのどちらに向かう予定ですか?」
「ミナミだ。キタに行って親方に見つかったらうるさいからな」
椅子から立って、ツェーリに手を向ける。ツェーリも手を差し伸べて握手を交わす。
「暫く世話をしてやる」
「礼は必ず」
これにてツェーリと俺の間で、パーティが結ばれた。
Q.報酬とかの話もなく請け負うの?
A.相互の信頼関係があるのと、初めに規定しないことで、後々適正額を請求したりふっかけたり義務ではないと言い切れるらしいです。